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昼食を食べ終えてから、海渡に店内と寝室を案内してもらった。
「本当は働く前にすることっすけどね。順番が逆になっちゃってすいません」
店内をじっくり回って見てみると、スタッフとして動いていたときは忙しすぎて見落としていたことに気づく。
仕事が終わって余裕が出てから、奏介の中にずっと既視感があった。同じことを、彼方も感じていたらしい。
「……ここ、カフェライナーに似てる」
「俺もそう思った」
温かみのある内装。テーブルや椅子など、インテリアの配置。外よりもゆったりと流れる空気。それから、さっき食べた手料理。至る所に、カフェライナーの面影を感じ取ることができた。
「なんか、不思議」
「これも、何かの縁かもな」
従業員専用の扉を開けて2階に上がると、そこは家族専用の居住スペースだった。階段を上がると廊下が伸びて、一番奥には小さめのリビングらしき空間が見えた。その手前、左右等間隔に2つずつドアがある。
「右手2つが、寝室に使ってもらう部屋っす。手前が彼方さん用の1人部屋。元々空き部屋だったんで今は何もないっすけど、後で布団と座布団は持ってきます。それから奏介さんは申し訳ないっすけど、オレと相部屋ってことでいいっすか?」
「いいよ。むしろ悪いね、お邪魔する形で」
「とんでもない! ってか、本音はどうなんすか?」
「本音って?」
すると、海渡はぐっと顔を近づけて耳打ちした。
「ぶっちゃけ、オレなんかより彼方さんと相部屋になりたかったんじゃないんすか?」
「い、いや、それは……!」
「そっすよねー! ただの武者修行で終わるわけないっすもんねー!」
さっきの昼食の席で、奏介と彼方は千葉で組んでいるバンドを離れての武者修行、という嘘とも本当とも言い切れない身の上を話していた。
「まだ何も言ってないだろ!」
「いやいや、今の反応見たら一発で図星だってわかるっすよー!」
「何の話?」
「いや、彼方には関係ない話だから早く部屋を見に行こう!」
露骨な誤魔化し方にクスクスと笑う海渡を無視して、奏介は手前右側のドアを開けた。
今日からしばらく彼方が住むことになる部屋。小さなクローゼットと簡素なテーブルだけが備え付けられた、がらんとした畳の部屋。
だけど、大きく真正面に開けた窓の外には。
「この景色、うちのちょっとした自慢っす! 最高じゃないっすか!?」
一面に広がる、真っ青な海と空があった。
吹き抜ける海風。それに乗って羽ばたく海鳥。遙か遠くの水平線。すぐ近くまで打ち寄せる波の音。
夏の全てが、ここにあった。思わず窓から身を乗り出す。両手を広げて捕まえたくなるような、夏の景色だ。
奏介はしばらく、時間も忘れてその景色に心を奪われていた。自慢の景色を見せつけた海渡は、隣で誇らしげに腕を組んで立っている。そして、奏介はふと気づく。彼方の姿が見えない。
「そういえば彼方は……?」
振り返って確認すると、彼方は部屋の中にいた。いつの間にか畳の上で横になって、すやすやと寝息を立てている。
海渡と奏介は、そっと寝顔をのぞき込む。その安らかな表情は艶やかな長い黒髪と白い肌にマッチして、まるで童話の眠り姫のよう。海渡がひそひそ声で言う。
「ぐっすりっすね。すぐには起きなさそう」
彼方は表情には出さなかったが、実際かなり疲労が蓄積していたんだと思う。いきなり慣れ親しんだ研究所を飛び出して。船の上で夜を明かして。初めて来た北海道の地で初めてのアルバイトをして。これだけの緊張の連続で、疲れないほうがおかしい。
「しばらく、そっとしておこう」
「そうっすね」
それから彼方に別の部屋からもってきたタオルケットをかけてあげると、2人は彼方の部屋を後にした。