⑮天国から地獄
その時だ。傲慢なヤンキーの振る舞いと一方的にやられるだけの哀れな子羊、自分たちの不利益に繋がるかもしれないふたりのやり取りにさすがに何か思うところがあったのか、そこにある人物が割って入ってきたのは。
きた…!と思った。
天はまだ俺を見捨てていなかった!
その人物の背景に俺は七色に光る後光を見た気がした。しかも現れたのは現在あるカードの最上、最強の手。この集団のリーダー格で、おそらく年齢も腕っぷしも一番上の、俺がナンパしたあのミオとかいう女の(本当かどうか分からないが)兄貴だった。
最初はその威圧感と凶器のような顔面の恐ろしさに身が竦みもしたけど、それにちょっとした言葉の齟齬や行き違いがあったり…。だけど俺は今まで自分に起こった都合の悪い事は全部忘れて、今目の前に垂らされている蜘蛛の糸だか何だかに取り敢えず全力でしがみ付いた。
―――やっぱ人間てのは見た目じゃ分からないもんなんだな。むしろ人よりがたいが良かったり、飛び抜けて力が強かったりする分、他人に対しては優しくなれるものなのかもしれない。
(あんなの都市伝説かと思ってたけど、案外当たってるな…)
逆に悪いのは周りの方で、勝手に怖がったり、先入観や固定観念に縛られ、踊らされたりして、彼奴もこれまで随分と損や苦労をさせられてきたんじゃないのか?なんて。
それが酷い曲解だって事にいっぱいいっぱいの俺は気付かない。
普段の俺なら絶対にしないだろう思い込み。だけど、そうやって俺は自分でも無意識の内に男に気に入られたい、取り入りたい。そしてナンバー1の庇護下に入れてもらって楽になりたい、守ってほしい。(やっている事はまんま虎の威を借る狐だけど)
そうすれば、取り敢えず現在の苦境からは逃れられるし、この先だって自分の身の安全は保障される、なんて思っていた。
更にはその先も、
―――もしかしたら本格的に仲間に入れてもらえたりとか……。
そうしたら俺を馬鹿にした元ダチ…あいつらの鼻の穴を明かしてやれるかもしれない。これはある意味チャンスだ。と、そんなスケベ心も有ったり無かったり。
勿論目の前のヤンキーにももうこれ以上デカい面はさせない。
だから俺はこの一瞬で、無意識無自覚のままに、このリーダー格の男に媚び、取り入ろうと決めていた。
調子の良いことだが、正に俺のヒーロー!俺の救世主!
助っ人としてはこれ以上ない、頼りになる強力な存在だった。だから俺がこの時、ちょっと得意気になってヤンキーに(ざまあみろっ!)って顔をしてしまったり、逆に武闘派男に縋るような眼差しを向けてしまったりしていても、それはそれでしょうがない事だったと思う。
だけど流石、クールな漢はそんな俺に一瞥さえくれずに言った。
「おい、残る痕は付けるなよ?価値が下がるからな」
……Whats?ぱーどん?
男は今、何と言った?…何を…?
かち……カチ……価値?……価値が、下がる…?
何の……何が……俺の?……カチ、カチ、カチ……それは一体……。
何ヲ言ッテルンダ?
俺は耳がおかしくなったのか。それとも、おかしくなったのは頭の方か。
意味が分からない。いや、理解したくないだけだ。
何で…。でも、まさか…。
そう言えば需要がどうとか言ってたか…?
そこから導き出される答えは一つしかあり得ない。
でも、嘘だろう?信じられない。信じたくない。
そんな理不尽、あってたまるもんか!
受け容れられるはずがなかった。
―――こいつら、俺を売りものにするつもりか?
どうやって。何を。いつから。
―――まさか、最初からそのつもりで……?
駄目だ、頭が混乱して上手く働かない。
そして、俺の思考は更にその先を行く。
俺は顔も体もそこそこだが歳はもう30も目前だし、決して若くはない。体も特に手術してからは健康体とはとても言えなかった。そんな俺の何を売り物にするというのか。
(顔が関係あるならホストにでもするつもりか…?)
だけどそう自問自答して、即座に俺は『いや、それはない』と自分の回答を否定する。
さすがに俺もそこまで己惚れちゃいない。
なら、もっと先の…体を資本にする方のやつか。例えばデートクラブとか、ホテトルの男バージョンとか、AV男優とか…?
でも、―――勃たないのに……?
体力もない。なら…。
おいおいおいおいっ、嘘だろうっ!と俺は焦る。
それからも俺の大して良くない脳ミソはいくつかの可能性を弾き出すが、そのどれもが、俺の思考が先に行けば行くほど、一つの可能性を否定する毎に、
―――それは最早『男として、人間として終わってるんじゃないか?』そうとしか思えない。その後では、『それはもう物であって人じゃ無い』。そんな答えしか出てこなくなる。
そして遂にはプスン…と音を立てて俺の脳ミソは活動を停止した。
そんな俺にあと出来ることと言ったら何が残ってる?
「冗談きついぜ…ハハハ…」
俺はそう言って力なく笑う事しか出来なかった。
そしてこの日、俺こと三島亜季人、年齢―――当年取って29歳と数か月は出所後わずか数時間という短時間でこの地球上から事実上、姿を消した。
だけど刑務所から出所したばかりの三十路手前の前科者がこの世から一人いなくなったところで社会には何の影響もないし、誰一人として困る者もいない。俺を探す者も失踪届けを出してくれる者もいなかった。
結局、俺の失踪が明らかになったのはその3週間後のことで、精神科の定期検診や保護観察官との面接をすっぽかしたり、裁判所に提出義務のある住民票の届け出が一切なされていなかった為、発覚した事だった。
そして―――、
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