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第八話:売れなければ残る

新しいことを始めるとき、

一番怖いのは失敗ではないのかもしれません。


売れなければ、残る。

残れば、損になる。


そんな当たり前の現実を、

今回はきちんと言葉にする回です。


大きな挑戦ではありません。

でも、小さく踏み出すことには、

それなりの覚悟が要ります。



五家宝ごかぼう、か……」


翌日のバイト前。

事務所の小さな机で、店長は五家宝を一つつまみ、静かに呟いた。


きな粉が指先に少し残る。


私は向かいに座ったまま、その横顔を見ていた。


昨日、煎餅屋で断られた帰り道。

可能性は見えた。でも、確信はなかった。


店長が管理ノートを閉じる。


「正直に言うとね」


少し間を置いて、続けた。


「こういう商品は、怖いんだ」


私は黙ってうなずいた。


「昔、一度だけ、菓子を置いたことがある」


視線は机のまま。


「最初の週は、まあまあ動いた。

でも、その次の週で止まった」


店長の指先が、ノートの端を無意識に擦る。


「残った分は、全部廃棄。

報告書を書いて、本部に説明した」


少しだけ笑う。


「“挑戦は評価するが、数字で示せ”ってね」


その言い方は軽いのに、目は笑っていなかった。


「それから、怖くなった」


静かに、そう言った。


「何かを増やすのが。

減らすのは慣れてるんだけどな」


その一言に、私は何も返せなかった。


店長は、ずっと“減らす”側にいたのかもしれない。


在庫を減らす。

コストを減らす。

期待を減らす。


「置いた分だけ、責任が増える」


五家宝をもう一口かじる。


「でもね」


今度は私を見る。


「このままずっと、何も増やさないのも、

それはそれで、負けてる気がするんだ」


その声は強くない。

でも、本音だった。


しばらく沈黙が続いたあと、私は言った。


「……たくさんじゃなくていいと思います」


店長が視線を戻す。


「まずは、少しだけ。

売り切れるかどうかを見るだけでも」


私は続けた。


「売れなかったら、一緒に考えます」


守れます、とは言わない。

成功させます、とも言わない。


一緒に背負う、とだけ言った。


店長は長く息を吐いた。


「……十袋にしようか」


小さな数字。

でも、今の私たちには十分重い。


少し間を置いて、続ける。


「一週間。様子を見ようか。

難しければ、そこで止める」


怖さは消えていない。


でも、それをわかった上で決めた。


売れなければ残る。


その前提で、置くことにした。


この回で、はるかは何かを成功させたわけではありません。


ただ、「怖い」という気持ちを共有し、

それでも置くと決めただけです。


店長はこれまで、減らすことで店を守ってきました。

はるかは、少しだけ増やす側に立とうとしています。


売れなければ残る。


その前提を飲み込んだとき、

初めて“商売”に足を踏み入れたのかもしれません。


次は、十袋が棚に並びます。

数字はまだ動いていませんが、

空気は、少しだけ変わり始めています。


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