第七話:一徹の洗礼と、五色の気づき
うまくいくと思っていたわけではありません。
それでも、思い出に頼れば、
少しは道が開けるのではないかと、どこかで期待していました。
けれど、商売は思い出だけでは動きません。
断られることもある。
手応えがないこともある。
今回は、そんな小さな洗礼の話です。
店長の休日。
本部の担当が店に入ってくれるというので、
私はこなつとかえでに声をかけた。
「煎餅屋さん、ちょっと付き合ってくれない?」
「面白そうじゃん」とこなつは即答し、
「私も行きたい」とかえでも笑った。
店長も、少しだけ迷ったあとで言った。
「……僕も行こうか。はるかちゃん一人じゃ、心配だし」
その声は、いつもの弱々しさとは少し違っていた。
どこか緊張しているようにも見えた。
住宅街の路地。
目指すのは、おばあちゃんが通っていた煎餅屋『一徹』。
小さな木の看板。
焦げた醤油の匂いが、夕方の空気に溶けている。
私は胸の奥が少しだけ熱くなった。
「ここです」
店内は静かだった。
炭火の前に立つ店主が、私たちを一瞥する。
私は深呼吸をして、緑風園のことを話した。
お茶に合う煎餅を一緒に置けないかという提案も。
店主はしばらく黙っていた。
店長も横で、何も言わずに立っている。
いつものように愛想笑いもせず、ただ静かに。
やがて店主が口を開いた。
「うちは卸はやってない。店で売る分だけ焼いてる」
それだけだった。
怒鳴られたわけではない。
でも、道は閉じた。
「……そう、ですか」
私の声が、少しだけ震えた。
外に出ると、店長が小さく頭を下げた。
「すみません。無理を言ってしまって」
誰に向けた謝罪なのか、わからなかった。
「店長が謝ることないです」
私は言ったけれど、胸の奥は重いままだった。
思い出だけでは、商売は動かない。
それを目の前で示された気がした。
帰り道、こなつが足を止める。
「ねえ、あれ」
指さした先に、小さな菓子店があった。
古びたガラス戸の向こうに並ぶ、素朴な菓子。
『五家宝』『かりんとう』と手書きの札が揺れている。
「五家宝かぁ……渋すぎない?」
こなつが笑いながら一袋買い、四人で一つずつつまんだ。
きな粉の軽い甘み。
あとからふわっと広がる素朴な味。
かえでが目を丸くする。
「これ、桜茶と合いそうじゃない?」
私はもう一口かじり、店長のほうを見た。
店長は黙ったまま、少しだけ考えるような顔をしている。
「……悪くないかもしれないな」
それは確信ではない。
でも、否定でもなかった。
煎餅の“強さ”とは違う。
けれど、邪魔をしない。
袋の中には緑、茶、薄桃色。
緑風園の棚に並んだらどうなるだろう、と一瞬だけ想像した。
でも、私はすぐに考えるのをやめた。
まだわからない。
売れる保証もない。
仕入れられるかどうかも、わからない。
それでも。
完璧な「相棒」は、思い出の中にあるとは限らない。
一徹で断られた悔しさを抱えたまま、
私はその小さな袋を握りしめた。
可能性というのは、
成功の形をしているとは限らないらしい。
この回で、はるかは成功していません。
煎餅は断られ、
売上も変わらず、
状況はまだ厳しいままです。
それでも一つだけ変わったことがあります。
「これしかない」と思っていた選択肢が、
「他にもあるかもしれない」に変わったこと。
固定観念が崩れる瞬間は、
成功よりも静かで、少しだけ痛みを伴います。
次は、その“可能性”をどう扱うのか。
焦らず、もう一段だけ、階段を上がります。




