第二十八話 終話
暗闇に立っているのは“僕”だった。
もう名前も思い出せない。今は“サリア”として過ごしていたことしか覚えていない。
曖昧の意識の中、目の前にはココットが立っていた。白いシスターの衣装を身に着けた彼女は、ただ柔らかくこちらを見つめている。
「あぁ、あなたが変えたのね?」
クスクスと笑う彼女は、どこか困った様子だった。
「本当なら、未練なく生涯を終えられたのに……あなたのせいで、私は未練たらたらだわぁ」
その言葉に、僕はだったら生きようと答える。
「それは無理よぉ。私は化物だもの」
彼女はそっと近づいて、抱きしめてきた。
「でも、あなたは生きないといけないわ」
光が流れ込んでくる。焼けたはずの皮膚の痛みが遠のくような気がした。
ココットが傷を癒してくれているのだと気づいたのは、少し遅れてだった。
「それじゃあ、“それ”で私を殺してちょうだい」
彼女の言うそれとは、自分がいつの間にか握っていた剣だ。そっと手を添えるように自身の胸元に剣先を持ってくる。
押し込めば、すぐにでも殺せる位置に。
「そしたら、すべてが終わるわぁ」
その行動に僕は──
「──ふざっけるな!」
“サリア”はココットに思いっきり頭突きをかました。彼女は羽に覆われた手で頭突された頭を抑える。
目を白黒させて尻もちをつく彼女に、サリアは睨みつけた。
「お前の選択を私に押し付けんな! 私はただの女の子だって言ってるだろ!」
サリアの声が中庭中に響く。静かになった教会で異様に大きく聞こえた。
「でも私は怪物よぉ?」
「怪物が何? ココットは今自分の意思で話してるでしょ?」
「……」
彼女はサリアの言葉に深く考え、確かにって顔をした。
今目の前にいるココットは“いつものように一歩引いたように接してきている”。
「というか元々違和感があったの」
大きくため息をつきながら、サリアは後頭部をかいた。
「ココット、もしかしなくても力を抑えてたでしょ?」
「……いや、それは」
「言い訳しない。状況が物語ってるから」
そもそも、一撃で人を葬り去るような突風を巻き起こしていた。
剣でさえ傷をつけられないサリアの防御壁にヒビが入るくらいなのだ。人間なんて彼女の意思一つですぐに細切れだ。
しかし、倒れている教会の人たちは、大怪我を負っているものの誰一人として死んではいなかった。
教皇が成功だと喜んでいた。つまり、“今までは失敗”だったことも示唆している。
何を持って失敗と言っているのか。それは“今での奴らは制御ができなかったからではないのか”?
人間の象徴とするなら“力を制御できなければ意味はない”。
「ココット、私たちに殺されようとしたでしょ?」
「……それは」
彼女は目をそらす。しかし、ジーッと見つめるサリアの視線に耐えきれなくなって、苦笑を漏らした。
「だってこんな姿になってしまったしぃ?」
羽を広げ、たパタパタと動かした。その姿に思わず可愛いと思ってしまったサリアは、おかしいのだろうか。
咳払いをして、自分の邪念を追い払う。
「あのね、姿は変わってもココットはココットだから」
「……本当?」
「本当」
そう断言すると、彼女は一瞬顔を明るくさせる。しかし、すぐに視線を落とした。
「でも一緒にいれないわぁ」
「なんで?」
「なんでって、私はみんなに怖がられるし何より教会に楯突いたのよ?」
その言葉を聞いて、サリアは大きく息をつく。
「そんなの私たちには関係ないから。それに、教会に楯突いたのは私たちも同じ」
手を差し伸ばして、彼女の顔を見る。
「私たちと一緒に逃げよ?」
その言葉を聞いて、ココットは怯えながらそれでもしっかりと手を握り返した。
※※※※※※※※※※
朝の日差しはいつもようにサリアを起こしてくれる。
まるで羽毛に包まれているかのような柔らかさと考えたところで、目を覚ました。
「ココット!?」
いつの間にか布団の中にココットが潜り込んでいた。彼女の羽に包まれる温もりが体を満たす。
あれからサリアたちのパーティーは、街を逃げるようにそのまま飛び出した。どこかの村に流れ着き、宿屋へと止まった。
今頃は指名手配されているところだろうか。しかし、そんなことはどうでもよくなるくらい、この暖かさは魅力的だ。
「……成敗」
短く言うとマイが、ココットにチョップをかました。彼女は悲鳴を上げながら起き上がる。
そんな悲鳴を聞きつけたのか、遅れてリオとロイスが入ってきた。
パーティー五人は、これからも続いていく。




