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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1章 地下シェルター
9/18

9 エレベーターシャフト

 

「あ――――」


 気づかれた――爆弾――衝撃――誘爆する。

 瞬間、思考が駆け巡り、ジローは反射的に地面に落ちたケースを宙に放り投げていた。


「アキラ!!」


 彼女も速やかに動いた。

 猟銃を構え、空中にばら撒かれたケースの中身――パイプ爆弾のひとつに狙いを定め、引き金を引く。


「伏せてっ!!」


 弟を押し倒した瞬間、凄まじい爆発が巻き起こった。


「ギィオアアアアアッ!!!」


 爆弾6本分の衝撃波と炎が通路を満たし、轟音と悲鳴が響き渡る。

 数秒後、うっすら目を開けると、異獣たちは散乱した大量の破片に引き裂かれ、さらに表皮に引火して火ダルマになっていた。

 阿鼻叫喚で暴れ周り、狭い通路は大混乱に陥る。


「行くわよ!!」


 ふたりは異獣の体が遮蔽物になり爆風をもろに受けずに済んだ。

 今しかない。苦しみ悶える巨体の間をすり抜けるように走る。

 奴らが動揺している今この瞬間が、唯一、突破のチャンスだ。

 一本道の先に見える光を全速力で目指す。


「ギェアアアアアアアッ!!」


 そこに、炎に包まれた三体の異獣が立ち塞がる。

 アキラは壁を伝って飛び上がり、一体目の首をすれ違いざまに斬り飛ばした。

 さらに空中で体を捻り、二体目が振るう巨腕をかわし、その足元に着地。

 顎下から散弾銃を突きつけ、ゼロ距離のスラグ弾で頭部を吹き飛ばす。と、三体目の顔面に、間髪入れずスピンコックでひるがえした銃剣(ノコギリ)の切っ先を突き刺した。


「アキラ! 後ろ!」


 銃声でジローの叫びがかき消される。撒き散る血飛沫を横目に背後を見た。


 視角外から四体目の異獣が、既に目の前に迫っていた。


「ッ――――」


 全身がほぼ真っ黒に炭化しているが、まだ生きていた。

 銃剣は三体目に刺さったままだ。

 間に合わない――と思った刹那、小さな体が飛び込んでくる。


「アギィオオオオ゛……!!」

「うぅぐっ……ッ!」


 当然、それはジローだった。

 渇いた呻きを上げながら異獣は彼の腕を掴んだ。ナイフのような爪が防護服に食い込み、凄まじい握力で、肉と骨が一気に押し潰される。

「ッぐぅ……!」激痛に奥歯を軋ませながら、彼は杖を異獣のこめかみに突き刺した。

 頭を潰す。頭を潰す――!

 そう念じながら、ズブズブと奥深く刺し込み、何度も捻じる。


「ジロー!!」


 駆け込んできたアキラが即座に銃剣でトドメを刺す。「っ……!」鋭い痛みとともに右腕が開放される。


「うっ……ぐ」

「行くわよ!」


 アキラは弟を無理やり立ち上がらせ、再び一本道を走った。

 立ち塞がる異獣を殺し、その亡骸を踏み越え、半壊した隔壁をくぐり抜けると、視界が開ける。

 エレベーターホール。あまりに高い天井に、一瞬呆気に取られて、足を止めかける。


「あ――あれだ!」


 目の前の壁に開きっぱなしの巨大な扉がある。いままで見たものの中でおそらく一番大きい。

 地上まで続く、エレベーターの入口だった。


「このまま昇ろう……!」


 背後からは傷を再生し始めた異獣たちが迫ってきている。

 ふたりはエレベーター内に駆け込んだ。


「これが……」


 昇降機の中は広々とした箱上の空間になっていた。

 スイッチ類は当然作動しない。天井を見ると、食い破ったような穴があった。そこから光が漏れだしている。

 穴から天井にはい上がると、エレベーターシャフトはさらにはるか上に続いていた。

 頂上までの距離は目算ではとても測れない。長大な四角柱の空洞だ。

 昇降機は両側の壁にあるレールに固定され、巻き上げ用の6本の太いケーブルに吊り下げられている。


「フックガンを……」


 ふたりはリュックサックから銃型の装置を取り出した。垂直ダクトを昇るために使ったジローの制作品。


「先に登って。私は足止めする」


 アキラが穴から下の様子を見ながら言う。


「……でも……」

「いいから。早く!」


 一喝すると、ジローは口を噤み、準備を始めた。

 頭上から伸びた6本のケーブルのうち1本を固定具で腰のベルトに繋げる。杖もベルトに抜け落ちないようにしっかりと挟み、フックガンの銃口を上方に、狙いをつけて撃つ。

 射出されたフックはワイヤーを伸ばしながら飛翔し、ケーブルを数メートル間隔で束ねている中継リングにひっかかった。


「来たわ!」


 足元の穴から昇降機内を覗いたアキラが呼びかける。

 ジローは支えになるケーブルの一本に掴まり、腰に着けたフックガンの巻き取りを開始した。


「ォアアアアアアアアッ!!」


 そのとき、昇降機内に入った異獣たちの雄叫びが聞こえた。

 足場がぐらぐらと揺れる。アキラがケーブルを登るジローの下について支えていると、足元の穴から異獣が顔を出していた。


「ガァアア――!」


 身をよじって天井に登ってこようとしている。


「くっ……」


 落ち着け、大丈夫だ。

 あの穴は狭い、1匹ずつしか通れない。出てこようとしたところを仕留めていけばいい。


「アアアア!!!」

「ガァアアアアア!!!」


 と、今度は足場が軋み始めた。下から天井を外そうとしているらしい。

 まずい。アキラは咄嗟にケーブルにしがみついた。

 直後、足場が崩れ落ちる。残骸を押しのけ、無数の異獣たちが顔を出す。

 獰猛な目でふたりを見上げながら、壁に爪を立てて、よじ登ってくる気だった。


「アキラ? 無事!?」

「こっちに構うなッ!」


 上からのジローの声に答えながら、アキラは自らもフックガンを取り出そうとして……それが無いことに気づいた。


「嘘でしょ」


 群がる異獣たちの足元にその装置が落ちていた。おそらくさっき足場が崩れた時だ。


「クッソッ……!!」


 異獣は続々と登ってくる。取りには行けない。仕方なく、そのまま素手でケーブルを登り始めた。


「……マジか」


 ジローがその様子を見た驚愕したとき、頭上でなにかが弾ける音が響いた。


「うぉっ!?」


 目と鼻の先に金具が降ってきた。

 6本あるケーブルのうちの1本がちぎれて、たわみながら落ちていく。

 急激な不可に、老朽化した根元の部品が耐えきれず、ちぎれたようだった。


「まずい、ケーブルの耐久がもたない……急いで!!」


 下のアキラに呼びかけている間に、また破砕音がなり、ケーブルが1本が落ちてくる。

 残り4本。


「……んな事言ったって……ッ! こっちは素手なのよ!」


 アキラはケーブルにしがみつきながら、ジローの数メートル下を必死に登っていた。

 落ちたら死ぬ。落ちたら死ぬ。

 全神経をケーブルにしがみつくことだけに集中させ、急ぐとかいうレベルの状態では無い。


 だから、上からなにかが垂れ落ちてきたことにも、すぐには気づけなかった。


「……あ?」


 マスクにぽたりと赤い滴が付着して、初めて気づいた。

 その滴は、ジローの右腕から垂れていた。

 さっき異獣に掴まれた腕。

 そこには大きな裂傷があった。


 防護服が破れ、血が肘を伝い、垂れ落ちている。


「あ……」


 バキン、とまたケーブルの1本がはずれて、アキラの視界が揺らぐ。


「……だ……大丈夫っ!」


 ジローは姉に気づかれたことに気づき、平常を装った。


「いや、本当に、大丈夫なんだ。変異が始まるまではまだ数分かかる……。

 登りきったら、ナイフを消毒して、汚染部をえぐり出せばいい」


 母を失ってからというものその勉強だけは欠かさなかった。

 部分的な身体汚染への対処法。最悪、汚染部()をまるごと切除すれば、理屈上は助かる。


「大丈夫っ……まだ……」


 そのとき、彼の腰に着いたフックガンのワイヤーが大きくたわんだ。

 遠くでまたなにかが弾けた音がする。


 そしてジローの全身から重力が消えた。


「――――あれ?」


 宙に放り出されていた小さな体が、輪状の金属片と、ちぎれたケーブルとともに降ってくる。

 フックガンのワイヤーを繋いでいた中継リングが1本のケーブルごとちぎれたのだ。


「ジロー!!」


 アキラはとっさに弟の手を掴んだ。


 瞬間、彼の右腕に全体重の不可がかかる。


「いぃ゛い──――ッ!!」


 尋常ならざる悲鳴がアキラの鼓膜をついた。


「ッてぇぇちぎれるうゥアアアアアでも離さないで──ッ!!」

「っ――――耐えて!!」


 傷口から噴き出る血を見ながら、息を整える。

 ジローを引っ張りあげようとしたそのとき、ケーブルを掴んでいる反対の手が滑った。


「くッ────?」


 あわてて掴み直す。

 伸ばしきった彼女の腕はブルブルと痙攣していた。


 ここまで幾多の異獣を斬り殺した。

 いま、左手でジローを掴み、右手でケーブルにぶら下がっている。この状態を維持するだけで既に限界の力を使っている。

 ここから筋肉ひとつでも動かそうものなら、張り詰めた糸が切れ、指がケーブルから離れてしまいそうだった。


「う……ぅ……!」


 ドクドクと心臓が早鐘を打つ。


 どうすればいい。ここからどうやって……。


 既にパンクしそうな頭で考えていると、ジローの声が聞こえないことに気づいた。

 見下ろすと彼は虚ろな顔をしていた。

 激痛で意識を失いかけている。


「離さ──――──……」

「バカッ、起きて……!!」


 握った手から伝わる力が急激に弱まり、直後、するりと抜け落ちた。


「ッ────」


 ジローの身体が落下する。


 その瞬間、アキラは躊躇なくケーブルを離し、弟を追って空中に身を投げた。


 エレベーターシャフトの底で待つ大量の黒い影が、歓喜の雄叫びとともに、ふたりを出迎えた。



 ※



「ひゅ~……」


 次々に群がり、手を伸ばし、引き裂き、噛みちぎる。

 無数の黒い影が我先にと群がる。


「……ひゅう…………」


 奴らはあっという間にジローを覆い隠した。影の隙間から伸ばされていた白い腕が、ほどなくだらんと垂れ下がる。


「こひゅ……」


 細く息をしながら、アキラは昇降機の床に寝転がって、天井の穴から見えるその光景を眺めていた。


「ひゅう~……」


 もう一度、ありったけの息を吸い、腹に力を込める。

 が、やはり起き上がれない。

 目だけで見下ろすと、防護服の至る所に穴が空いていた。

 右腕が、持っていた猟銃ごとない。両足は歪な方向に折れ曲がっている。

 腹の大穴から垂れ出た腸を、数匹の“奴ら”がむさぼっているのが見えた。


「……ひゅ」


 血溜まりに脱力する。

 もう身体に痛みはない。ただ、息を吸う喉が震える。

 血とともに全身の熱が抜けていくのがわかる。


 意識がぼやけていく。ふわふわとして――丁度布団に包まれて寝る前の、あの微睡みに似ていた。

 このまま目を瞑れば自分は無になる。

 もう二度と目を覚ますことはない。

 現実に戻ることはない。

 これでもう終わる――そう考えるとなんだか気分が楽になってきた。


 ただ、決して目を瞑ることはなかった。


 重いまぶたは今にも目にくっつきそうだが、ギリギリで堪えていた。

 呼吸も、続けていた。


 あと数秒で命が尽きると思いながら、その数秒はとうに過ぎていた。


 まだ諦めるな。


 不思議なことにそう思う自分がいた。思っていることに自分でも驚いた。


 いま、誰かに背中を押されたわけでも、母との約束を思い出したわけでも、ジローの涙を見たわけでもなかった。

 それは彼女自身の中から生まれた原動力だった。


 死んでたまるか。


 グツリ、と腹の底から沸き上がる感情。


「ひゅう……」


 呼吸を続けろ。意識を失うな。

 まだ私は生きている。可能性は……ゼロにはなっていない。

 こんなところで死んでたまるか。


「ひゅううっ……」


 彼らの最期の表情を思い出す。姉弟を助けるため命を捧げた人たち。

 母も、友達も、好きだった人も、みんなこの世界に奪われた。

 このクソみたいな世界に。


「…………ひゅうぅッッ……」


 負けてたまるか。


 ずっと奥底にあった、でも長く放置され、冷め忘れていた感情が、いま再沸騰する。

 煮えたぎる意志とともに息を大きく吸い込む。


「ぶッ…………ク……ル……ッ……!!」


 そのとき、群がる無数の黒い影の隙間から、小さな何かが落ちてきた。

 それはジローの杖だった。


 ドッ、


 と、アキラの胸にぶつかり、重い音を立てた。


 ドッ、





 ――――――――ドクン。



「――――ッぐ――――あ!!」


 唐突に大きな脈動が生じた。

 血液が凄まじいスピードで循環する。

 全身が、燃えるように熱くなる。


「――――ぉ――――あ――ア――!!」


 熱い。熱い。


 そして死ぬほど、腹が減ってきた。


『アキちゃんとジローは他の人とは違う。特別なの』


 頭の中で、何かのスイッチが切り替わった感覚がする。


 むくりと体を起こす。ちょうど自分の腹に食いついている異獣が目に入った。


『お父さんの血を引いてるから』


 口の端から(よだれ)が溢れ出す。

 抑えきれない本能のままに、アキラは異獣の頭に噛み付いた。


「ガッ、ギィアエ────」


 骨を噛み砕き、肉を咀嚼し、溢れる血とともに飲み込む。異獣は驚きとも疑問ともとれる呻きを上げ絶命した。

 そのまましばらくの間、死体に顔をうずめて血をすすり、喉の渇きを癒す。


 すると、身体の疲労も回復していくのがわかる。傷から流れる血が止まり、折れた両足に感覚が戻ってきた。

 その間、彼女の傍にいたもう一匹の異獣が気づいて、背後からにじり寄ってきている。


「ギィォアアアアアッ!」


 アキラはおもむろに、近くに落ちていたナイフを左手で拾い、口にくわえた。

 突進してくる異獣。筋肉質に発達したその腕をかいくぐり、懐に潜り込む。

 くわえたナイフを腹に突き立てた。


「ギッ――ア! ギァアアア!!」


 そのまま腹を()(さば)き、傷口から手を突っ込む。

 暴れる巨体を腕力で押さえ込みながらまさぐり、硬い感触を指先に捕らえると、一息に引きずり出した。


「ギェアアアアアア──ッ!!」


 胃液にまみれた散弾銃剣が、ちぎれた右腕とともに出てきた。

 異獣がたたらを踏んで後ずさる。

 アキラは取り戻した武器を間髪入れず、その脳天に振り下ろした。

 銃身下部に装備された肉切り刃で、頭蓋を叩き割るように両断する。

 鮮血がシャワーのように撒き散った。


「は……んく……ごく……」


 彼女はそれを浴びるように飲みながら、ちぎれた右腕を、肩の付け根に押し当てた。

 断面がじんと熱を帯びたと思うと、目に見える速度で肉が盛り上がっていく。


「……」


 繊維同士が次々とくっつき、ものの数秒で右腕が繋がった(・・・・)

 アキラは指を数度動かし感覚を確かめると、強く握りしめた。


 ジローに群がる無数の異獣たち。既に無惨な肉塊と化した彼の頭にかじりつこうとする。


 その首が、音もなく飛ぶ。


 同時に、アキラは銃剣を振り抜いた姿勢で群れの中心に着地した。

 異獣の腕から滑り落ちるジローの体を抱きとめる。


「…………」


 弟の状態は見るも無惨なものだった。

 が、その口に耳を近づけると、


「…………ひゅ……ぅ……」


 ごくか細いが、まだ息がある。

 やはり(・・・)まだ生きている。


「アアウウウ゛ウ゛…………」


 異獣たちは困惑していた。

 いま彼らの前に立ちはだかる食事の邪魔者は、さっき食い殺した少女のはずだ。


「ヴヴヴ……」


 彼女は弟を丁寧に床に寝かせた。

 その周りを異獣たちがじりじりと囲む。


 いつもなら獲物を前にすれば瞬時に飛びかかる彼らだが、今ばかりは動けなかった。

 なぜ動けないのか彼ら自身も理解できていない。ただ、この得体の知れない少女を目の前にして、本能が危険信号を発している。

 こいつは人間でも異獣でもない、もっと未知の存在(なにか)だ。


「あんた……たち…………」


 その存在は、手に銃剣をぶらさげ、ただ待ち受けるように佇んでいた。


「今まで、さんざん食い散らかしたからには…………そうなる覚悟もできてんだろうな」


 獰猛な輝きを放つ赤い瞳が、彼らを見据える。


「来いよ」


 瞬間、限界に達した異獣たちが獲物に襲いかかる。

 アキラは機械的に彼らを葬った。

 あれだけ吐き気がした血の臭いは、今では何も感じなくなっていた。

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