8 脱出作戦
暗闇に小さな明かりが点る。
ライトで照らされた机の上に、ジローは折れた杖を置いた。
片方の継ぎ目に接着剤を塗り、もう片方と押し当てて、しばらく固定する。それからテープでぐるぐる巻きにしていく。
「いや~、まさか杖まで折られるとは」
ジローはまだ少し鼻声だった。
「……悪かったわよ」
隣でライトを持つアキラはそっぽを向いて謝った。
「アキラも謝れたんだね」
「うるさい。ホントはそんな気ないけど、あんたがピーピー泣きまくるからよ」
「はァ? 泣いてないよ。違うよあれは……ホコリアレルギーだよ」
「へぇ~そう」目を細めたアキラの視線を、机に目を落として回避する。
「これで……よし!」
テープで巻いた杖の継ぎ目に金具を通し、ビスで完全に固定する。
治し終えた杖を満足気に掲げた。
「ちょっと不格好だけど、前よりは頑丈でしょ」
その後、ふたりは防護服に身を包んだ。
荷物を詰め込んだリュックサックを背負う。
「用意できたよ」
相変わらずぶかぶかな防護服姿でいうジローに、「いい?」アキラは指を立てて注意する。
「ここから先は私の命令を厳守して。
勝手な行動はするな。外の世界を拝む前に死にたくなかったらね」
「わかってるって!」
いてもたってもいられない様子の弟に、ため息をついたアキラは「じゃあ……いくわよ」除染室の扉をこじ開けた。
簡素な室内に踏み入る。さっそく壁についた開閉スイッチを押すが、外扉は無反応だった。
やはり停電により扉も機能していない。
「ふんっ…………」
手で押してみたが、さすがに外扉は内扉よりも遥かに頑強で、ビクともしなかった。
「銃で撃つ?」
「いや、弾は温存しよう。それよりもっと確実な方法がある」
ジローが取り出しのは細長い筒。タオルで包んだそれを丁寧に開封する。
中身は、切り取った水道管か何かのように見えるが、端に短いワイヤーが付いている。
「なにこれ」
「ふっふっ。名付けてパイプ爆弾」
いわゆる、即席爆弾である。
筒状のケースに爆薬と金属片を詰め、両端を密閉し、導火線を付けた代物だ。
ちなみに爆薬は農耕用に保存されていた肥料、硝酸アンモニウムである。
「衝撃とかでも爆発するから取り扱い注意ね」
「……もしかして、私の部屋の扉吹っ飛ばしたのって……」
「そう、コレ」
アキラは思い返して呆れた。
弟はあの状況で自分の自殺を止めながら、同時に爆弾を仕掛けていたのか。
「あんたって本当に頭おかしいわね」
ジローは構わず設置作業を続けている。
「これで……よし」
爆弾を外扉の接合部にテープで貼り付けると、マッチを擦って、慎重に火をつけた。
内扉まで退避する。
数秒後、凄まじい爆音が扉越しに聞こえ、痺れるような耳鳴りがした。
扉を開けると、破砕した外扉の枠が床に落ちていた。
「成功だ!」
「これは……」
想像以上の威力。これが爆弾か。
アキラは破片を拾い上げ、あらためて認識を刻み込んだ。
「よぅし……じゃあ扉もぶち抜いたことだし」
一方、ジローは既に意気揚々と扉の残骸を踏み越えている。
「行こう! 脱出作戦開始だ!」
「そんなことより。これから先は私の言うこと絶対守りなさいよ」
「…………」
ふたりは懐中電灯を点け、暗闇に足を踏み入れていく。
アキラは、最後にもう一度、背後を振り返った。
砕かれた外扉のむこうに、約6年、ふたりが暮らした“家”があった。
「……」
数秒眺めたあと、背を向け、もう振り返らなかった。
前を行くジローに追いつくように足早に歩き始めた。
除染室から隔壁までの通路は、汚染域ではあるものの、まだ異獣はいない。
隔壁まで到達したふたりは、そこで一度、作戦を整理した。
「ここから先の二層、一層は奴らがウジャウジャいるわ。
私も奥までは行ったことない。普通に突っ込めば、奴らのエサになるだけよ」
アキラがまず前提を話す。
「うん」ジローは防護服をまだ若干動きづらそうにしながら、構造図を広げた。
「最下層から二層に上がる物資運搬用エレベーターがあるけど、ここからは遠すぎる。
隔壁を挟んでだいたい100メートルぐらい進んだところに上層に登る非常階段がある。まずはそこを目指そう」
さっそく隔壁を開ける作業に取り掛かった。
要領は除染室の外扉と同じで、パイプ爆弾を使う。
サイズや強度が高いことを考慮し、構造的に脆そうな中開きの接合部に4本を貼り付けた。
「よーし、さっそくフットバそう!」
導火線に火をつけようとするジロー。「ちょっと待って」アキラが止めた。
「爆発起こしたら奴らがすぐに集まってくる」
「階段まで走れば大丈夫でしょ」
「走れねーだろあんたは。……最悪、私が背負ってくから」
「え~……」
「え~じゃないわよ。言っとくけど、私だってぜんぜん嫌だから」
爆弾を点火し、狩りの時に使っていたバリケードまで離れた。
直後、外扉を破壊した時とは比べ物にならない爆音と衝撃波が生じた。
「行くわよ!!」
と同時に、ふたりはバリケードを飛び出す。
アキラが先導して崩れ落ちる隔壁をくぐり抜け、その後ろをジローが右足を引きずりつつ走った。
なんとか足と杖を動かし、アキラの背中を追いかける。
隔壁を通り抜けた直後、背後に大量の瓦礫が落下した。
「あっぶねェ!」
非常階段の入口は廊下の壁沿いにある。
あと十数メートル先。
その距離が、ジローにとっては果てしなく遠かった。
あっという間に息が上がって、脇腹が痛くなってくる。
と、前を走るアキラが一瞬スピードを落とした。
「……来た。1匹よ」
小声で報告する。「え?」ジローの視界では、前方に広がるのはただひたすらに暗闇である。
アキラの天然暗視つき猫目は、暗闇から染み出すように現れた人型を捉えていた。
「見えるの?」
「そのまま、私の後ろを走って」
短く言ったとたん、彼女はスピードを上げた。
「ォアアアアアアア!!!」
獲物を見つけた人型――異獣がけたたましい咆哮を上げる。
走りながら無骨な猟銃を取り出すアキラ。
彼女が長年憎用してきたその鉄の塊は、ジローの手によって改良が施されていた。
『前から考えてたんだ。外に出るなら、弾が無くなっても戦える武器がいる』
銃身の下に、長さ1メートルくらいの金属箱が取り付けられていた。
箱の下面には数センチのスリットがあり、銃のグリップ側についたレバーを押し込むと、内部機構が連動。
肉切り用ノコギリの刃がせり出してくる。
ジローによれば、
『名付けて、散弾銃剣!』
「オィアアアアアアアア!!」
諸々のパーツ増設によって重量はさらに増えていたが、アキラの腕力を持ってすればさしたる問題ではなかった。
迫る異獣に対し、刃を展開した銃を構え、姿勢を低く、肉薄する。
「ふっ!!」
巨体の股下に滑り込むようにして、すれ違いざまに左足首を斬り払った。
「ゴギィアアアッ」
三枚重ねの刃が肉をえぐり、骨を断つ。
ガクンと姿勢を崩す異獣。その下をギリギリくぐり抜けたアキラは、すかさず切り返して、獲物の背後から渾身の力で刃を振り下ろした。
刃は、異獣の頭蓋にめり込み、一撃でその機能を永久に途絶えさせた。
アキラは軽く息をついて背後を見る。
ジローは口をぽかんと開けて立ち尽くしていた。
「す……すごい、すごい! こんな簡単に倒しちゃうなんて!!」
大きな目を輝かせて、駆け寄ってくる。
「もしかして、アキラって、めちゃくちゃ強い?」
「あ? 知るか」
仮に強かったとして女子がそれで喜ぶか。
ぶっきらぼうに返しながら、気持ちは廊下の先に切り替える。
「早くここ離れるわよ」
実際立ち話をしている猶予はなかった。
音に釣られて、“奴ら”は続々と集まってくる。
既にまた廊下の曲がり角から二匹、こちらに向かってくる人型が見えた。
「階段の入口は??」
「こっち!」
ジローが指す先、壁に隠れるように埋め込まれた非常階段の入口を見つけた。
錆び付いた扉を蹴り開け、中に駆け込む。
非常階段は足場もかなり錆び付いており、踏む度にギギギ、と嫌な音を立てた。
出口の扉には『第二層』と記されていた。
「…………」
「何してんの。早く」
一瞬、躊躇ったアキラを後ろからジローが急かす。
「……わかってるわよ」
音を立てないように、ゆっくりと扉を開ける。先にアキラが顔を出し、続いてジローが通路に出る。
「ここから居住エリアを通って、一層に行く。地上につながるエレベーターシャフトには一層からしか行けないんだ」
構造図をライトで照らしながら彼は説明した。
「…………居住エリア……」
アキラは口中に繰り返さざるを得なかった。
そこはあの日以来、一度も戻っていない、ふたりの故郷だった。
運搬エレベーターから居住区に繋がる通路を歩く。
見覚えのある壁。見覚えのある天井。
そこはかつて姉弟を最下層に送り届けるため、母を含む数人の大人たちが犠牲となった場所だった。
通路に遺体は見当たらなかった。
床の片隅でまばらで細かい白骨らしきものがいくつか転がっているが、それだけだ。
「…………」
跡形もなく食われたのか。
それとも。
アキラは落ちていたナイフを拾い上げた。
「それって……」
ジローが覗き込んで尋ねてくる。
「ユウトお兄ちゃんの?」
「…………うん」
アキラはナイフの刃をしばらく見つめて、やがて大きく息を吸ったあと、腰のホルスターに収めた。
「……言っとくけど…………異獣の“元型”を見分けるのは無理だから」
いきなりそう言った。
「見た目は完全に変異してるから、どれが誰とか、そういうのを判別することはできない」
弟への念押しは、自分に言い聞かせる意図の方が強かった。
「うん。わかってる」
ジローもうなずく。
ここにない遺体たちが、いまどこにいるのかはわからない。
それが誰なのかも。
「いまは……僕たちが地上に出ることを最優先にする」
この先に何を見つけても。
ふたりは暗黙に了解し合った。
居住エリアに入る。
そこは広大な地下空間に建造された一個の街だった。
高い天井でさんさんと輝いていた人工日光灯は、いまは光を失い、街に永遠の闇を落としている。
廃墟と化した建物たちは六年前から何も変わっていない。
特に破壊されることもなく綺麗に残っている。
ライトで照らした先に『石埋市小学校』の看板があった。
ふたりはその前を黙って通り過ぎた。
通路だらけの最下層と違い、二層は街という地形上、異獣がどの方向から来るかがわからない。
この暗がり、アキラの超人的な視覚をもってしても、周囲数メートルに近づくまで姿を視認できないのは致命的だった。
そこで彼女は音と線量計だけに集中することにした。
異獣が近づく時、線量計のM線濃度数値が上昇する。
「……いる」
手で合図する。ライトを消し、物影に身を隠す。
「ぴする――ぴする――」
人型の獣が、十字路からゆらりと現れる。
ふたりに気づく素振りはなく、そのまま横切っていった。
このように隠れながら進み、ふたりは第二層《居住エリア》を突破した。
第一層に続く非常階段にまでたどり着いた。
第一層《研究エリア》。
姉弟が入るのは初めての領域である。
二層とは対照的に窮屈な通路が増え、空気は湿って極めて埃っぽく、最下層に似ている。
ただ、倉庫が並ぶ単調な作りだった最下層とも異なり、第一層の通路は複雑に入り組んでいた。
「本当にこの道で合ってんの? なんかどんどん狭くなってるけど」
アキラが周囲を警戒しながら聞く。
「大丈夫。エレベーターシャフトまでの道のりは暗記してる」
「しっ」
ジローの返答をさえぎって、立ち止まった。
「ぴする――ぴする――」
異獣の背後から忍び寄り、ナイフで頭を一突きして絶命させる。
亡骸を音を立てないよう床に寝かせた。
「まだよ。あと二匹。前から来る」
通路に隠れ場はない。
ふたりはとっさに近くの扉を開け、中に入った。
その部屋は研究室だったらしく、床に実験道具が散乱していた。
「ガラスとかあるから、防護服に傷つけないよう気をつけて」
「うん」
「奴らが通り過ぎるまで、ここで待つ」
ジローは姉に返事しながら、デスクの上で乱雑に広げられた資料に目を落とした。
《新元素の最初期発生について》
資料をめくると文章が続く。《マギスリウム粒子放射線は交暦-1年12月東京都で初めて確認された。都内各所に生じた柱形発光現象が発生源と思われ……》。
「ジロー? 何してんの、いくわよ」
アキラに呼ばれて、はっと顔を上げる。
「いや、ちょっと待って、これ……」
「さっき言ったこと、忘れたの?」
資料に目を戻したい、が、姉の鋭い視線が許してはくれなかった。
「……わかったよ」
彼は資料のページを破り、ポケットに押し込んで部屋を出た。
「ねえ、奴らを狩るコツとかってあるの?」
第一層に入って幾度目かの交戦の後、それまで黙って見ていたジローは、アキラに尋ねた。
「は? んなの……知ってどうすんのよ」
姉は面倒くさそうに、散弾銃剣についた血糊を払う。
「僕もアキラみたいに戦えるようになりたい」
「……はァ?」
大真面目な表情で言う弟。「……」アキラは頭をかき、銃に弾を込め直しながら少し考えた。
「…………」
まあ、基本的な意識くらいは確認しておくべきか。
「……とにかく、頭を潰す。あいつらの再生力は人とは比べ物にならないから、それ以外じゃ致命傷にはならない」
銃剣を亡骸の頭に突き刺しながらいう。「フンフン」ジローは興味深そうに唸った。
その様子を見たアキラはすぐに「でも」と付け足す。
「あいつらの爪とか牙は、こんな防護服なんて簡単に引き裂くわ。少しでも傷を受ければそこから汚染される。だからまずアンタは当分、戦わず逃げることだけを考えて」
そう強く念押すると、「……ハイ」ジローは少しうつむいて顎を引いた。
「……で、エレベーターまであとどれくらいあるのよ」
「ウン……もうそんなに遠くないよ」
防護マスクに着けたライトで、構造図を照らしながら言う。
「えーっと次の、次の角を右に曲がったらあとは一直線だ」
そう言いながら一つ目の角を曲がろうとした。
その時、ちょうど同じタイミングで向こう側から人影が現れた。
「あっ」
しまった。
ジローが声を上げ、一拍遅れてアキラが動く。
「オ――ァ――……」
銃剣のひと振りで、異獣の首を落とす。
悲鳴もあげずに絶命した獣を見下ろし、ジローを睨んだ。
「気をつけて」
「ごめん……」
弟は死体に目を落としたまま黙る。
「なに?」
「いや……こいつ、いまリアクション薄くなかった?」
「リアクション」
「見て」
ライトで照らすと、死体の全身には、無数の噛み跡があった。
「……この傷って……」
ジローがしゃがみこんで観察する。
「異獣の歯だ」
傷に刺さった長細い牙を抜いて、「まだ新しい」と付け足した。
「共食い……?」
異獣の生態の全容は、姉弟はよく知らない。
M線によって“元の形”から変異した姿。ということ以外は、経験で得た習性や肉体的な基本情報しか知らなかった。
「見たことは無いけど、考えられなくはない。僕たちが狩りのエサにしてるのも、奴らの肉だし」
生物は、普通なら共食いを忌避するようその遺伝子を作られているはずだが、異獣はそもそも遺伝子の異常変化で出現した種だ。
ジローが顎に手を当てて考えていると、「とにかく……」アキラがつぶやいた。
「この先に、こいつを食おうとした奴らがいるってことでしょ。噛み跡の数的には……数十体くらい」
共食いをするほど飢えた、異獣の群れが。
「シャフトに繋がる他の道は?」
「……ここしかない」
「そう……」
「一回、様子を見ない?」
ジローが提案する。
「わかった。後ろについて」
アキラは弟に指示し、慎重に角を曲がった。
そのまま進んで、エレベーターシャフト直前の一本道までやってくる。
銃剣を構え、曲がり角から慎重に顔を出した。
「っ……」
予想通り、そこには無数の異獣がいた。
見たところ10やそこらという数ではない。少なく見積っても30匹以上。
うぞうぞとうごめく黒い影たちの、向こう側に、僅かな光がもれ出す隙間が見える。
「あれが……エレベーターシャフト」
2、3匹ならともかく、これほどの数を一度に相手した経験はさすがにアキラにもなかった。
加えて、いまはジローがいる。
足の悪いジローを守りつつ、この数の群れを果たして突破することはできるのか?
「…………」
否、だ。
「たぶん、あいつらもこの先に行きたがってるんだ」
独り言のように呟いたジローは手に赤黒い塊を持っていた。
「ここを通るしかない……念入りに臭いを消そう」
さっきの異獣の肉。
アキラがなにか言いかけるより先に、彼は腐臭が滴るそれを自分に塗りたくった。
「嘘でしょ……」
「ホラ、アキラも」
「う……ぐ……」
ジローが差し出す肉塊を受け取ったアキラは、「クソ……」息をとめ、防護服の上に滑らせる。
濡れた感触、融解した表皮と皮脂の臭いが、防護マスク越しでも鼻腔に絡みつく。
嫌悪感が込み上げる。が同時に、これほど強烈ならたしかに誤魔化せるかもしれないとも思った。
一本道の長さは100メートル弱。
ここを通り抜ける間だけ、その数十秒だけ、奴らに仲間だと認識してもらえればいい。
「……よし。行くわよ」
アキラが先行し、小声でジローに合図する。
全身を異獣臭まみれにしたふたりは、姿勢を低く保ち、通路の角を曲がった。
「うっ…………」
一本道に入るなり、むせ返るような血と獣の臭いが押し寄せてくる。「……ぷっ……」嗚咽が出そうになり、アキラは反射的に防護マスクの上から口をおさえた。
「ォアア……」
異獣たちの足元に潜り込む。最も近くにいた一匹がさっそくふたりに気づいた。首をかしげ、こちらを凝視してくる。
「っ……」
ジローは息を止めて、アキラは背中に隠した猟銃の銃把に手をやった。
しかし異獣は、少し鼻を鳴らした後、興味を失ったように離れていった。
誤魔化せた。
エレベーターシャフト前の一本道に群がる異獣たちは、なぜか心なしか、皆呆然としているように見えた。
廊下の向こうから漏れ出す光に吸い寄せられるように巨体を寄せあっているが、そのせいでギチギチに詰まったお互いが身動きを取れなくなっている。
先行し、異獣たちの足元を縫うようにくぐり抜けながら、アキラはジローが先ほど言ったことを思い出していた。
『たぶんあいつらもこの先に行きたがってるんだ』
地上から地下に隠れ、いつか地上に戻ることを望んだまま叶わなかったものたち。
もしかしたら彼らは、既に変貌した今でも地上に出たがっていて、光の下で群がっているのかもしれない。
「…………」
有り得ない妄想だ。首を振ったアキラは、後ろで待つ弟に合図をした。
ジローはうなずき、アキラがいま通った導線をたどるように異獣たちの間を這っていく。
自分の脈の音が床についた手のひらまで伝わるようだった。
頭上に複数の息遣いが聞こえる。異獣たちは光の方に夢中で、足元にいるジローなど気にもとめてなかった。
やはり、臭いさえ誤魔化せば見つからない。
これなら行ける。アキラのいるところまではもうあと少し……。
というところで、近くにいた異獣が不意に動いた。
「…………っ!」
慌てて腹這いになる。その頭上を、巨大な獣の足裏が通り過ぎた直後、ミシリという重圧が、右のふくらはぎ辺りに置かれた。
「ジロー……?」
物音にアキラが振り返る。「くっ……」異獣の足元で何やら格闘している弟。
(なにやってんのよ……!)
(抜けない……!)
ブカついた防護服のズボンの裾を、踏まれてしまったようだ。ジェスチャーを読み取り、「マジかよっ」慌てて引き返す。
「このっ……」
異獣の体重は平均200キロ以上ある。弟の腕力ではまず退かせない。
アキラが勢いよく引っ張ると、裾はズポン、と勢いよく抜けた。
拍子でふたりとも尻もちをつく。
「あてっ……」
通路に、くぐもった金属音が響いた。
「ォアア………………」
ふたりはわかった。
それは、パイプ爆弾を収めた鉄製ケースが、床にぶつかった音だった。
「…………」
頭上からうめき声が途絶える。
暗闇に輝く無数の赤い瞳が、一斉にふたりを見下ろしていた。




