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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1章 地下シェルター
6/18

6 ダクト

「はっ…………はっ………」


 無意識に呼吸が荒くなる。

 ただでさえ動きづらい防護服に身を包み、通信機のケーブルを引きずりながら、ジローは極狭のダクト内を這いずる。

 前も後ろも、冷えた静寂に満ちていて、自分の息遣い以外に聞こえる音はない。

 いつものように独り言を言う余裕もないので、嫌でも孤独を感じざるを得なかった。


「……おっ…………」


 あるとき、分かれ道に突き当たった。

 狭い空間で身を捩り、通信機に手をやる。


「アキラ、聞こえる?」


 スイッチを入れ、マイクに吹き込む。


『……────聞こえるわ』


 少し間を置いて返事が来た。


「最初の分かれ道についた。どっちにいけばいい?」

『――……ちょっと待って……────』


 雑音は多いものの、ここにいない姉の声がたしかに聞こえる。ジローの鼓動も少し大人しくなった。


『────え~……っと……右よ』

「了解」


 シェルターの構造図を見ているアキラの指示に従い、進む。

 すぐにまた分かれ道がある。


『左よ』


 次は左。その次は真っ直ぐ。

 その次をまた右に。迷路のようなダクトをひたすら進む。

 するとある時、いきなり壁に突き当たった。


「これは……」

『ウソ、やっぱり行き止まり?』

「行き止まりに案内した気だったの?」


登り道(・・・)だよ」ジローは冷静に上を見た。そこに垂直のダクトが続いている。


 リュックサックを開いて、取り出したのは先端に(いかり)のようなものがついた銃型の装置。自作のフックガンだ。

 懐中電灯(ライト)で照らしながら、十数メートル上の天面に狙いを定める。

 引き金を引くと、強烈な反動とともにワイヤーつきフックが射出された。

 遠くでゴインと音がして、メッキ鋼板の天井に突き刺さる。ワイヤーを引っ張ってしっかり固定されていることを確かめてから、装置を腰のベルトに固定した。


「よし……」


 装置上部にある巻き取り機のスイッチを入れる。

 銃身の後ろに備えられた円柱型モーターが作動し、ジローの身体をゆっくりと引き上げていく。

 こうして垂直ダクトを登ると、横穴に身を滑り込ませた。


「聞こえる? いま、二層との境い目まで来た」


 区画貫通部と呼ばれる換気システムの中継点。シェルターに行き渡る空気を除染する、巨大清浄機がそこにあった。ダクトはこれを介して上層に繋がっている。


「これが老朽化してた奴だな。う~わ、見るだけで鼻がムズムズするなァ」


 せっかくなら修理したい所だが、いまは後回しだ。

 埃だらけのフィルターを注意深く取り外し、妨げになるパーツを分解して、中をくぐり抜けた。


『次はどっち?』


 机に置いた通信機から弟の声が響く。

 アキラは片手に赤ペンを持ち、構造図の道に線を引きながら、もう片手で慎重に通話ボタンを押し、「右よ」と吹き込んだ。


『オッケー』


 ぶつ、と通信が切れる。アキラは通信機を手放した。

 数分に一回、声が通信機から聞こえると、道を教える。それだけを繰り返していると、だんだん待っている間の時間が長く、心細く感じてくる。

 まだそんな感情があったのか、とアキラは自分でも意外に思った。

 いつも狩りに行く時は何も感じないのに。なにが違うのだろう。


『アキラ。次は?』


 考えごとをしていると、またジローが聞いてきた。

 まずい、と構造図を見直す。ペンの線を辿り直し、なんとか弟の現在地を見つけた。


「えと…………ひ……だり」

『……え?』

「左。左に行って」

『ホントに?』

「ホントよ。ちゃんと確認したってば」


 彼女は強く通信機に吹き込んだ。

 ジローは若干の不安を覚えながらも先へ進んだ。

 そうしてしばらく行くと、また垂直のダクトになる。彼はフックガンを取り出してそれを登る。

 第一層との境目に到達した。


「来た……」


 とりあえず安堵した。案内は正しかったようだ。

 二層と同じ要領で慎重に清浄機のフィルターを外して突破する。

 再びダクトに這い出した直後、胸に着けた線量計(メーター)がけたたましいブザーを鳴らした。


「うおっ!?」


 思わず飛び上がり、天井に頭をぶつけた。

「お゛っ…………てぇ~……」痛みに身を縮こまらせながら線量計の音を止める。


『なに今の声?』

「いや……大丈夫」


 計測した放射線が一定値に達すると、線量計は警告音を発するようになっている。


「もうすぐリアクターだ。汚染濃度が上がってる」


 汚染による“変異”には前兆症状がある。頭痛、発熱、嘔吐感など。

 いまはそのどれもない。このダクトの壁は一応、鉄板製なので、ある程度外部からのM線を防いでくれる。第一層の濃度が高いとはいえ、まだ安全なはずだ。


「はっ……はっ……っ…………」


 つりそうになる足を叩き、擦り切れた手をついて、なんとか先へ進む。

 脇腹がズキズキと痛んだ。こんなに運動したのは何年ぶりだろう。

 手汗でグローブが湿る。ただでさえ狭いダクトがもっと狭く、息苦しいマスクの中がもっと苦しく感じてくる。


「はぁっ…………はっ……!」


 これが、外に出るということ。

 姉がいつも感じていた恐怖なのだ。


「アキラ……」


 通信機に話しかける。


『なに? もう次の曲がり角?』

「いや…………ごめん。僕やっぱりわかってなかった」

『は?』

「外のこと。……アキラがいっつも……どんな気持ちで狩りに行ってたのか。軽々しく、手伝うとか、言って……ごめんなさい」

『…………』


 するとしばらく通信機が沈黙した。ノイズは流れているので、アキラはまだ通話を切っていない。


『……それは…………私も――』


 姉が何か言いかけたそのとき、ジローの腰が急にぐいと引っ張られた。

「っ!?」見ると通信機に繋がるケーブルが伸びきっていた。


「ジロー……こっちのケーブルが無くなったわよ」


 同じ頃、異変に気づいたアキラは地図をかなぐり捨てて、弟に呼びかけた。

 大量の束で用意していたケーブルがもうなくなってしまった。


「足りない。もうケーブルが足りないわ。ここまでよ……引き返して!」


 通信機に吹き込むが、返答はない。


「……ジロー?」


 しばらくの沈黙。


『………………ごめん。やるだけやってみる』


「はァ??  何言ってんのよ戻っ――」


 通信は一方的に途切れた。


「嘘でしょアイツッ……ジロー!? ジロー!」


 必死に呼びかけるが、返事はない。弟の作った機械は、既にうんともすんとも言わなくなってしまった。


「なん……あの、バカガキっ!」


 通信機を放り投げようとして、しかし思い留まり、

 それを胸に抱えたままダクトの前に立ち尽くす。


「…………」


 どうしよう。

 いままでに無い焦燥が全身を包んでいた。心臓の鼓動が早くなり、手が小刻みに震え始める。


「っ……」


 いてもたっても居られなくなり、防護服を着てダクトに潜り込もうとしたが、やはりアキラの体ではつっかえた。

 肩の関節を外したらいけるか、などと考えたが、無理をして入れば中で身動きが取れなくなりそうだった。


「……」


 諦めて梯子を降り、座り込む。

 通信機を目の前に置き、膝に顔を埋めて、不安に耐えながら再び弟の声が聞こえるのを期待するしかなかった。


「……よし」


 ケーブルを抜いたジローは、いまいる場所の壁面にナイフで印をつけ、先へ進んだ。

 もはや後戻りはできない。道案内もない。しかし、できるという自信はあった。

 もう動力室が近い。この辺りの配管図はなんとなく覚えている。


「はぁ…………ふぅ……!」


 なかば過呼吸になりながら、ジローは角を曲がる。瞬間、またブザーが鳴った。

 ビクッと身体を跳ねさせる。が、今度は驚きより嬉しさが勝った。

 線量計を見ると数値が急激に跳ね上がっている。

 それだけの放射線(M線)を放つモノがこのすぐ近くにある。


「ここだ……動力室」


 やっと着いた。

 ジローはすぐさまダクトの壁面にナイフを突き立てた。

 ひとまず丸く、慎重に小さく穴を切り抜いて、外をライトで照らす。


 まず見えたのは、だだっ広い天井だった。


「……でかいな……リアクターは……」


 あった。

 ひと目でわかった。その空間の中心で佇む、異様に巨大な、円柱形の装置。いくつもの太い配線が壁や床に繋げられて、左右を囲うようにハンガーがついている。まるで巨大な猛獣を封じ込めている檻のようだった。


「あれが動力源(リアクター)…………」


 目を凝らして、その全容を注意深く観察しようとする。やはり停止しているのは間違いなさそうだが……。


「…………ウ~ン……やっぱ……ここからじゃよくわからんな」


 詳しい診断のためには、やはり装置に近づく必要がある。

 ジローは外に出るため壁面の穴を広げようと、突き立てたままのナイフを強く引いた。


 ガギギ、


 と、金属が擦れる嫌な音が空間に響く。


 そのとき、ふと穴から見える外の視界に、動くなにか(・・・)が映った。


「ん……?」


 目を凝らす。

 だが闇に溶け込んで見失ってしまった。

 でも確かに見えた。

 なんだ。いまのは。


 なにか、人の形に似ているようなものが────。


「ぴする──ぴする──」

「ぴする――」

「ぴするぴする――ぴする――」


 次の瞬間、そこかしこから無数の異音が鳴り響く。


「う………あっ!?」


 ライトで照らすと、見える範囲の空間を埋め尽くすほどの、大量の黒い影がうごめいていていた。

 おもわず悲鳴が漏れ、すると影たちは一斉にこちらを向いた。


「ッ――」


 脳裏に記憶がフラッシュバックする。図書館で見た血溜まり。倒れる遺体。


「アアアィアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 脊髄反射が彼の体を動かした。


 ※


 長い時間が経った。

 呆然と座り込んでいたアキラの頭上で、不意に大きな物音がした。


 天井のダクトの穴から防護服の脚が覗いていた。

 バタバタと暴れている。


「じっ、ジロー!」


 アキラはすぐさま弟を引っ張り出した。

 二人揃って脚立から転げ落ちる。


「痛ったぁ……」

「ハァッ! ぐぅ、はっ!」


 ジローは酷く動転していた。防護服を脱ごうと必死にもがく。


「ちょ、ちょっと待って、落ち着けバカ!」

「ぷはっ……!!」


 マスクを外してやると、「はっ……ふぅ……」彼は大きく息を吸った。アキラの膝の上で、何度も深く呼吸し、汗に濡れた額を拭う。

 なんだかわからないがとんでもない目に合ってきたようなのは確かだ。


「だからっ、行くなって言ったのよ……なにがあったの」


 ようやく息を整えたジローは、俯いたまま数秒沈黙した。


「…………奴らがいた」


 一言、そう漏らした。

 

「……大量にいた。リアクターの周りに群がってた。なんでか……わからないけど……でも」


 俯いたまま途切れがちに呟く。それからまた少し口をつぐんで、


「あいつらがリアクターを壊したんだと思う。とにかく…………直すのは無理だった」

「……そう。わかった」


 悔しげな弟の表情を見て、アキラは、努めて平静な声を発した。


「いいから。とりあえずあんたはシャワー浴びてきなさい。あとは私が片付けるから」

「……うん……」


 姉から杖を渡されたジローは、こくりとうなずいて、立ち上がる。

 トボトボと廊下を歩いていく。

 ふと、立ち止まり、先ほどの姉の態度に違和感を持った。ただ……振り向いてそれを指摘するほどの気力は、そのときは彼にはなかった。


「…………ふぅ」


 独り廊下に残ったアキラは、ふと手の中の通信機を見つめた。

 それを強く握ろうとして……やっぱり止めて、床の隅に投げ捨てた。

 そして、いつもより少し速い足取りで、自室に戻った。

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