表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1章 地下シェルター
5/18

5 暗転

「これはっ……アキラ?? そ、そこにいるよね??」

「いるわ。わかってる。待って」


 カチ、と小さい音で暗闇に光が灯る。

 ライトを持って歩いてくるアキラを見て、必死に杖を抱きしめていたジローは胸をなでおろした。


「停電?」

「……調べよう」


 ふたりは電力室へ向かう。錆び付いた分電盤をこじ開けたアキラは、中を覗いて、顔をしかめた。


「何が……何だかわかんないわ」

「見せて」


 ジローが代わって見る。いくつもの表示盤の上にそれが何を示しているのか、難しい漢字で書いてあった。

 なるほどアキラの漢字知識は小5で止まっている。


「ブレーカーが落ちたわけじゃない……送電線も……無事だな……えーっと……」


 ブツブツ呟いていた彼は、あるときハッと息をのむ。


「まさか、反応炉(リアクター)が……」

「……なに? 何が起きたの?」


 置いてきぼりになっているアキラに、彼は表示盤のひとつを指して見せた。

 《反応炉》。表示盤は《停止》を示していた。


「リアクター……このシェルターすべての動力源が、止まった」


 そのとき、ゴトト、という大きな音が天井を揺らした。

 換気ダクトの空気の循環音が、消える。


「……止まったら、どうなるの」


 聞き返す姉に、ジローは深刻な顔で告げた。


「うん、僕たち、死ぬかも」



 地下200メートルのシェルターにおける停電は、言うまでもなく致命的な事態を意味する。


 そもそもが本来人間が住むような環境ではない世界だ。

 地下鉱物から継続的にエネルギーを生み出す反応炉(リアクター)によって、各種生活設備を稼働させることで、初めて人の住処として成り立っていた。


 それがひとたび停止してしまえば、ただの巨大な棺桶(かんおけ)に閉じ込められているのと変わらない。

 電気は点かず、水は出ない。

 栽培室の野菜も育たず、換気システムも止まっているので、酸素も徐々に薄くなっていく。


 そんな環境で、ただ死を待つしかなくなる。


「…………フゥン」


 リビングに戻り、説明を受けたアキラの反応は、ごくサッパリしたものだった。


「リアクション薄! マジでやばいんだよ。いま使ってる非常用電源も、持って三日くらいだし」

「分かってるわよ……じゃ……まあとにかく、そのリアクターってのを元に戻せばいいのね」


 弟の切羽詰まった物言いに、彼女は仕方なく立ち上がり、廊下に出ていく。

 つい数十秒前、自動で切り替わった非常電源により、廊下には電灯が点っている。

 ただ、いつもよりは弱い光だった。


「いやいや……ちょっと待って」


 ジローが駆け寄ってくる。


「そもそもリアクターがある場所ってどこかわかってるの?」

「どこって……この上のどこかでしょ」

「そんなテキトーじゃ見つかるわけないよ。こっち来て」


 せかせかとリビングに戻っていくジローの背中を、アキラはため息をついて追った。


 テーブルから食器をどかし、代わりに倉庫から引っ張り出してきた、大判の紙を広げる。


「なにこれ?」

「シェルターの構造図だ」


 そこには三層のシェルター内の構造断面図が、いくつにも分かれて立体的に、複雑な詳細まで描かれていた。


「ここが、僕たちが居る最下層。で、上に第二層 の《居住エリア》がある。

 リアクターがあるのはその更に上の一層……《研究エリア》だ」


 一般市民には極秘な研究エリアの存在は、アキラも母から聞かされていた。地上汚染より前、このシェルターが核研究施設だった頃の名残である。

 母はそこに勤めるエンジニアだった。


「ここだ。電力室」


 構造図の中でも、一箇所だけ隔離された大部屋を指して、ジローは言う。


「……じゃ、とにかく……そこに行けばいいのね」


 アキラは説明を聞くのも面倒臭いので、すぐさま防護服のジッパーを閉めた。


「さっさと終わらせましょ」

「だから待ってってば。アキラだけ行っても意味無いでしょ」

「なによ。私じゃ直せないっていうの?」

「直せないじゃん」

「…………」

「壊したことは数あれど」

「うるさい」

「だからさ、僕が行かなきゃ」


 そう言って弟は胸を張った。

 予想はしていたが、アキラはその言葉に即座に首を横に振る。


「それこそ無理でしょ。たどり着く前に異獣のエサよ」

「大丈夫。そうならない方法は考えてある」


 ジローは自信ありげに、机にもう一枚紙を広げる。簡易的な構造図に、細かな血管のような線が張り巡らされた絵。ダクトの配置図だった。


「各層に繋がってる換気ダクト。この中を通って、リアクターのある動力室まで行ける」


 彼は部屋の天井にある換気扇を指した。


「あそこから入れる。僕なら防護服を着てても、ギリギリ通れるはず」

「本気で言ってんの……?」

「大丈夫。ざっと測った感じ、ここから動力室はウチから学校くらいの距離だよ。ちょっと行って帰ってくるだけだって」


 ジローの声音にはもう一片の迷いもなかった。


「ムゥ…………」


 普段なら絶対にやらせないが、いまこの状況では、否定できる理由がない。

 アキラは数秒後、しぶしぶ顎を引いた。

「よっしゃ。やりぃ!」これみよがしにガッツポーズするジロー。


「じゃ、さっそく準備しよう」


 梯子(はしご)を用意すると、換気扇の蓋を外し、空いた穴からダクトに顔を突っ込む。


「んー……やっぱりかなり狭いなー」


 ジローに代わって、アキラも覗き込む。懐中電灯で照らすと、小さな空洞がひたすら奥まで続いていた。

 たしかにこれではアキラの肩も入らなそうだ。ジローでもギリギリ通れるかどうか、という所である。


「地図を見ながら行くのは無理そう。だね……」


 腕を組んでいたジローは、「あっそうだ!」そこでふと手を叩いて、自分の部屋に戻った。


「あれ……どこいったかな……」


 弟の後の追い、部屋に入ったアキラは、無数の本とガラクタが山積みになっている光景にぎょっとした。


「なにこれ……汚ったな……」

「あった!」


 久しぶりに来たらすごいことになっている。そのゴミ山の中を掻き回していたジローは、埋もれていた何かを引っ張り出す。

 二つの長方形型の機械だ。


「なにそれ」

「通信機だよ」


 ジローは片方の側面についたスイッチを入れる。ザザ、という音ともに電源が入った。


「まだ使える。これならダクトの中でも通話できるよ」

「こんなのが倉庫に残ってたの」

「いや、これは僕が作った」

「作った?」

「うん。ヒマだったから」

「…………」


 いつの間に……まさか、ここにあるもの全て?

 信じられない思いでガラクタ山を見上げるアキラを他所に、ジローは通信機の片方に短いケーブルでイヤホンを繋ぎ、自分の耳につける。

 もう片方をアキラに渡す。


「ここのスイッチを押しながら喋って」

「……こう?」

「ちょっ、メキメキいってる! そんな強く押さないでいいから」

「べつに強く押してないわよ」

「じゃあめちゃくちゃそっと押してっ」


 二機の通信機を太いケーブルで繋いだ。


「複雑なダクトの中は電波の通りが悪くなる、有線でいくしかない」


 倉庫からありったけのケーブル束を集めてきたジローは、シェルターの構造図をアキラに渡し、自分は防護服を着用する。

 相変わらずややブカついた格好で、ライト付きの防護マスクも装着。最後に手にしていた杖を少し見つめて、それも姉に預けた。


「……これで……本当に上手くいくの?」


 アキラは最後の抵抗のように半信半疑の反応をした。


「頭の中では上手くいってる」


 ジローは親指を立て、脚立を登っていく。

「…………」こういう誰かを見送るとき、なんと声をかければいいのか。いつもは見送られる側だったからよくわからない。


「……ジロー。待って」


 えも言えぬ感情に駆られ、無意識にやっていたのは、自分が外に出るときに弟がしてくる、手を差し出すことだった。

「ん?」振り向いたジローはそれをキョトンとした顔で見ると、


「……うん! 行ってきます」


 ニコッと笑って、軽くハイタッチした。それから鼻歌まじりにダクトの中に潜り込んでいってしまった。


「…………」


 穴から垂れたケーブルが少しずつ引っ張られていく。

 残されたアキラは、通信機を手に立ち尽くし、腹の底が冷える感覚を味わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ