5 暗転
「これはっ……アキラ?? そ、そこにいるよね??」
「いるわ。わかってる。待って」
カチ、と小さい音で暗闇に光が灯る。
ライトを持って歩いてくるアキラを見て、必死に杖を抱きしめていたジローは胸をなでおろした。
「停電?」
「……調べよう」
ふたりは電力室へ向かう。錆び付いた分電盤をこじ開けたアキラは、中を覗いて、顔をしかめた。
「何が……何だかわかんないわ」
「見せて」
ジローが代わって見る。いくつもの表示盤の上にそれが何を示しているのか、難しい漢字で書いてあった。
なるほどアキラの漢字知識は小5で止まっている。
「ブレーカーが落ちたわけじゃない……送電線も……無事だな……えーっと……」
ブツブツ呟いていた彼は、あるときハッと息をのむ。
「まさか、反応炉が……」
「……なに? 何が起きたの?」
置いてきぼりになっているアキラに、彼は表示盤のひとつを指して見せた。
《反応炉》。表示盤は《停止》を示していた。
「リアクター……このシェルターすべての動力源が、止まった」
そのとき、ゴトト、という大きな音が天井を揺らした。
換気ダクトの空気の循環音が、消える。
「……止まったら、どうなるの」
聞き返す姉に、ジローは深刻な顔で告げた。
「うん、僕たち、死ぬかも」
地下200メートルのシェルターにおける停電は、言うまでもなく致命的な事態を意味する。
そもそもが本来人間が住むような環境ではない世界だ。
地下鉱物から継続的にエネルギーを生み出す反応炉によって、各種生活設備を稼働させることで、初めて人の住処として成り立っていた。
それがひとたび停止してしまえば、ただの巨大な棺桶に閉じ込められているのと変わらない。
電気は点かず、水は出ない。
栽培室の野菜も育たず、換気システムも止まっているので、酸素も徐々に薄くなっていく。
そんな環境で、ただ死を待つしかなくなる。
「…………フゥン」
リビングに戻り、説明を受けたアキラの反応は、ごくサッパリしたものだった。
「リアクション薄! マジでやばいんだよ。いま使ってる非常用電源も、持って三日くらいだし」
「分かってるわよ……じゃ……まあとにかく、そのリアクターってのを元に戻せばいいのね」
弟の切羽詰まった物言いに、彼女は仕方なく立ち上がり、廊下に出ていく。
つい数十秒前、自動で切り替わった非常電源により、廊下には電灯が点っている。
ただ、いつもよりは弱い光だった。
「いやいや……ちょっと待って」
ジローが駆け寄ってくる。
「そもそもリアクターがある場所ってどこかわかってるの?」
「どこって……この上のどこかでしょ」
「そんなテキトーじゃ見つかるわけないよ。こっち来て」
せかせかとリビングに戻っていくジローの背中を、アキラはため息をついて追った。
テーブルから食器をどかし、代わりに倉庫から引っ張り出してきた、大判の紙を広げる。
「なにこれ?」
「シェルターの構造図だ」
そこには三層のシェルター内の構造断面図が、いくつにも分かれて立体的に、複雑な詳細まで描かれていた。
「ここが、僕たちが居る最下層。で、上に第二層 の《居住エリア》がある。
リアクターがあるのはその更に上の一層……《研究エリア》だ」
一般市民には極秘な研究エリアの存在は、アキラも母から聞かされていた。地上汚染より前、このシェルターが核研究施設だった頃の名残である。
母はそこに勤めるエンジニアだった。
「ここだ。電力室」
構造図の中でも、一箇所だけ隔離された大部屋を指して、ジローは言う。
「……じゃ、とにかく……そこに行けばいいのね」
アキラは説明を聞くのも面倒臭いので、すぐさま防護服のジッパーを閉めた。
「さっさと終わらせましょ」
「だから待ってってば。アキラだけ行っても意味無いでしょ」
「なによ。私じゃ直せないっていうの?」
「直せないじゃん」
「…………」
「壊したことは数あれど」
「うるさい」
「だからさ、僕が行かなきゃ」
そう言って弟は胸を張った。
予想はしていたが、アキラはその言葉に即座に首を横に振る。
「それこそ無理でしょ。たどり着く前に異獣のエサよ」
「大丈夫。そうならない方法は考えてある」
ジローは自信ありげに、机にもう一枚紙を広げる。簡易的な構造図に、細かな血管のような線が張り巡らされた絵。ダクトの配置図だった。
「各層に繋がってる換気ダクト。この中を通って、リアクターのある動力室まで行ける」
彼は部屋の天井にある換気扇を指した。
「あそこから入れる。僕なら防護服を着てても、ギリギリ通れるはず」
「本気で言ってんの……?」
「大丈夫。ざっと測った感じ、ここから動力室はウチから学校くらいの距離だよ。ちょっと行って帰ってくるだけだって」
ジローの声音にはもう一片の迷いもなかった。
「ムゥ…………」
普段なら絶対にやらせないが、いまこの状況では、否定できる理由がない。
アキラは数秒後、しぶしぶ顎を引いた。
「よっしゃ。やりぃ!」これみよがしにガッツポーズするジロー。
「じゃ、さっそく準備しよう」
梯子を用意すると、換気扇の蓋を外し、空いた穴からダクトに顔を突っ込む。
「んー……やっぱりかなり狭いなー」
ジローに代わって、アキラも覗き込む。懐中電灯で照らすと、小さな空洞がひたすら奥まで続いていた。
たしかにこれではアキラの肩も入らなそうだ。ジローでもギリギリ通れるかどうか、という所である。
「地図を見ながら行くのは無理そう。だね……」
腕を組んでいたジローは、「あっそうだ!」そこでふと手を叩いて、自分の部屋に戻った。
「あれ……どこいったかな……」
弟の後の追い、部屋に入ったアキラは、無数の本とガラクタが山積みになっている光景にぎょっとした。
「なにこれ……汚ったな……」
「あった!」
久しぶりに来たらすごいことになっている。そのゴミ山の中を掻き回していたジローは、埋もれていた何かを引っ張り出す。
二つの長方形型の機械だ。
「なにそれ」
「通信機だよ」
ジローは片方の側面についたスイッチを入れる。ザザ、という音ともに電源が入った。
「まだ使える。これならダクトの中でも通話できるよ」
「こんなのが倉庫に残ってたの」
「いや、これは僕が作った」
「作った?」
「うん。ヒマだったから」
「…………」
いつの間に……まさか、ここにあるもの全て?
信じられない思いでガラクタ山を見上げるアキラを他所に、ジローは通信機の片方に短いケーブルでイヤホンを繋ぎ、自分の耳につける。
もう片方をアキラに渡す。
「ここのスイッチを押しながら喋って」
「……こう?」
「ちょっ、メキメキいってる! そんな強く押さないでいいから」
「べつに強く押してないわよ」
「じゃあめちゃくちゃそっと押してっ」
二機の通信機を太いケーブルで繋いだ。
「複雑なダクトの中は電波の通りが悪くなる、有線でいくしかない」
倉庫からありったけのケーブル束を集めてきたジローは、シェルターの構造図をアキラに渡し、自分は防護服を着用する。
相変わらずややブカついた格好で、ライト付きの防護マスクも装着。最後に手にしていた杖を少し見つめて、それも姉に預けた。
「……これで……本当に上手くいくの?」
アキラは最後の抵抗のように半信半疑の反応をした。
「頭の中では上手くいってる」
ジローは親指を立て、脚立を登っていく。
「…………」こういう誰かを見送るとき、なんと声をかければいいのか。いつもは見送られる側だったからよくわからない。
「……ジロー。待って」
えも言えぬ感情に駆られ、無意識にやっていたのは、自分が外に出るときに弟がしてくる、手を差し出すことだった。
「ん?」振り向いたジローはそれをキョトンとした顔で見ると、
「……うん! 行ってきます」
ニコッと笑って、軽くハイタッチした。それから鼻歌まじりにダクトの中に潜り込んでいってしまった。
「…………」
穴から垂れたケーブルが少しずつ引っ張られていく。
残されたアキラは、通信機を手に立ち尽くし、腹の底が冷える感覚を味わっていた。




