8 魔法使い
光の柱が落ちる数十秒前。
負傷した部下を連れ、姉弟がいた部屋を離脱したカイダは、ビルの屋上で別動隊と合流していた。
「隊長! ……ターゲットは……」
「失敗だ。一人死んだ。ジャックに応急処置を頼む」
「了解!」
救急バッグを持っていた兵士が、アキラに右腕を切られたジャックに駆け寄る。
黒連兵士は汚染環境での行動にそなえ、《対M線耐性手術》を受けている。
黒界にも数種類存在する、“M線耐性を持つ生物”の遺伝子を人体に埋め込み、耐性を獲得する技術。
白界人のような完全耐性を得ることはできないが、通常の人間よりは汚染に耐えることができるようになる。
「チクショウ……あのガキ俺の腕と……ロイドをやりやがった……」
腕の応急処置を受けながら、ジャックが憎々しげにうめいている。
カイダは回収した彼の腕を部下に渡した。傷口の保存状態がよければ、黒界の現代医療ならばくっつけ直すことも可能だ。
「クソッタレ……」
「すまない。俺の認識が甘かった」
正体不明の姉弟。防護服を着ていない時点でもっと警戒すべきだった。
特にあの姉の方は只者ではない。機械のように、人間を殺しても一切揺らぎのない目をしていた。
あそこまで感情を廃せるとは、何らかの訓練を受けている可能性が高い。
向こう側の工作員か何かか……。
カイダは部下の肩に手を起きつつ、頭の中で状況を整理していた。
ヘルメットの通信回線を開き、
「リー、そっちはどうなってる?」
ショッピングモールのキャンプにいる副官を呼び出す。街中におけるこの程度の近距離なら、ドローン無しでも通信は可能だ。
『スカイラインからの直返信で、あと30分で救助機が来るそうです。予定通り、モール屋上を降下ポイントに指定』
「わかった……こっちは二人やられた。思ったより時間がかかりそうだ。手の空いてる奴が何人かほしい」
『そうですか……救助機には《ボルツ》も乗ってくるそうですよ。一度戻って、立て直すのも手かと』
リーは冷静に別案を出してくる。上官のカイダ相手でも機械的なイエスマンにならず、臆することなく意見できるのが、彼の好ましい所だった。
「そうだな……なら一度、負傷者を連れてキャンプに戻る」
『は。手当の用意をしておきます』
「頼む」
優秀な部下に感謝しながら通信を切った。
直後、「隊長!」と別の兵士が一人駆け寄ってきた。
新米兵のグレンだ。
「ターゲットと姉弟がオフィスから逃げました。現在、狙撃手が足止め中です」
足を揃えた直立姿勢で、こわばった声色で報告する。
「接近しすぎないよう監視を続けろ。姉の方の戦闘能力はおそらく《ボルツ》と同等以上だ……しかも傷も瞬時に治る。もし接敵したら実弾ではなく麻酔弾を使え」
「は!」
「俺たちは下の遺体を回収してくる。おまえはニコロについてけ」
「は……!」
「あとおまえ……べつにそんなずっと背筋正さなくていいぞ」
「は、失礼しました……」
慌てて姿勢を崩したグレンは、「いくぞ!」と先輩兵に声をかけられ、屋上からロープで降下していく。
彼ら二人は狙撃手とは別方向からターゲットを監視し、追い詰める役だ。
カイダもオフィスに降りるため、腰にロープを繋いだ。
各々が、自らの役割に沿って動き始めた。
そのとき、
眩い光の柱が街の中心に落ち、状況は白紙に戻った。
※
光の熱によって溶け凹んだコンクリートが再度固まり、さながらクレーターのようになった交差点。
瓦礫の上に、純白の騎士が降り立った。
「…………」
周囲に広がる廃墟街を確認し、フルフェイスの兜の中で小さく息を吐く。
「ここは……ええと……なんという場所でしたっけ?」
隣に立ったローブの女が呑気な質問をしてくる。
「……かつては“ニホン”という名の国だったそうです。いまは、廃墟ですが」
「…………ふうん……人間はいないのですか……」
女はつまらさなそうにつぶやき、「まぁ……私たちが滅ぼしたのですがねぇ」と付け足す。
「……ドロメタス殿。言っておきますが」
ジャリ、と瓦礫を踏み、白騎士は釘を刺す声を発した。
「これは賞金稼ぎの依頼などとはわけが違う。何としても“鍵の目”を奪還しなければならない。国家の急務です」
「ハイハイ。わかってますわよ」
「…………」
その適当な返事に、白騎士は少し反感を覚えた。態度にこそ出さないが、彼女の事は少し苦手だ。
「まったくお堅いですねえ、貴方は」
女の名はドロメタス。本国でも有名な、“殺人狂”の魔法使いだった。
逃げ惑う獲物を殺すことに快感を覚える変態。任務の達成よりも、目先の快楽を優先する傾向にある。
能力は追跡向きで優れているので、今回の任務に選ばれたが、正直、あまり組みたい相手ではなかった。
「……つまらないけれど、手早く探しますか」
ドロメタスが袖から白くしなやかな手を伸ばす。そこには禍々しい枯れ木のような形の、杖が握られている。
「建物が多いので《風読》は使いにくそうね、ホワイト。貴方の嫌いな現地調達になりますけど」
「……やむを得ません」
白騎士のうなずきを受けて、ドロメタスは杖を地面に突き立てると、
「では……|Rinetumekatita Katinai」
妖艶な赤い唇から、それまで彼女が発していた言葉とは、全く別の“音”が発せられた。
《詠唱音波》と呼ばれる魔法使い特有の発声法。その特殊な波長に反応し、杖の先端の魔石が光を放つ。
大気中に魔力が放出され、詠唱で定められた周囲の自然物への干渉を始める。
今回の場合は道路のコンクリート、およびその下にある土や砂が対象だった。
ボコリ、ボコリとコンクリートの各所が盛り上がり、数本の“鎖”が姿を現す。
カラカラと金属の擦れ音を立てながら、流麗な動作で、一つ一つが生き物のように鎌首をもたげた。
「ォア…………ァァ…………」
その頃、《光の柱》の激しい音に寄せられて、廃墟の街に潜む異獣たちが交差点に集まってきていた。
「まあ……なんて醜い」
その激しく崩れた容姿を見たとたん、ドロメタスは口を手で覆い、不快感をあらわにする。
それに伴い杖の操作が中断され、魔法の発動が止まる。
「こちら側の魔物はなぜこうも汚いのですか? 視界に入れたくもないわ」
「…………」
文句ばかり言って仕事を遅らせる同僚に、白騎士が無言で睨むと、
「怖いですわねぇ、冗談ですよ」彼女はさっと地面に刺した杖を引き抜き、その先端を、異獣たちの方へ向けた。
「Kotskoa |Yamorokenor」
すると鎖たちがぴくりと反応。次の瞬間、一斉に異獣たちに襲いかかる。
俊敏な動きで巨体に絡みついて拘束し、鋭い切っ先で脳天を突き刺した。
「ァァ…………!!」
異獣たちは立ったままじたばたともがき、やがて大人しくなる。
一瞬死んだかに見えるが、鎖がするりと離れると、彼らはどこかぎこちない歩みで街に散開し始めた。
まるで操り人形にでもなったかのように。
「さて……では始めましょうか」
笑みを浮かべるドロメタスの隣で、白騎士はふと、近くにある建物のひとつに目を向けていた。
「……あら、どうしました?」
「いま一瞬、視線が」
「ほう? 無人のはずでは?」
「ええ。魔物か…………それとも」
同僚への返答は保留して、左手の篭手を握り込む。
「もしかしてあれがパシパエの追っ手……? あれって……魔法使い?」
「動くなジロー。パシパエ、あんたも!」
光の柱が落ちたあと、姉弟とパシパエは最も近くにあった建物の裏に逃げ込んだ。
「あ、アキラさん……! だめっ、早くにに、にっ逃げないと!!」
いま、アキラは建物の窓ガラス越しに、光の柱から現れた人影を凝視していた。
パシパエの必死な呼び掛けも無視して、ただふたりを羽交い締めにし、静止を命じ続けていた。
動けば見つかる。
研ぎ澄まされたアキラの本能はそう確信していた。
いま、ここから逃げ出そうものなら、奴らはこちらを追いかけてくる。
だから全力で気配を消すことに努めた。
「…………」
息を止めひたすら待つ。
気づくな。
お願いだから気づくな。
「…………ッ……」
だが白騎士の察知能力は、アキラの想定よりもはるかに鋭敏だった。
ガラス越しに人影の片方がこちらに近づいてくるのが見える。
「クソッ……!!」
結果としてアキラの判断は裏目に出た。ふたりを抱えたままその場を飛び退く。
直後、隠れていた建物にまばゆい白光に落ちる。空気が割れるような爆音が廃墟街に響き渡り、ビルが火を噴いた。
鉄筋コンクリートが一瞬で炭化し、紙細工のようにボロボロと崩れていく。
破片がそこかしこに落下し、砕ける。
「ッ……」
あまりに非現実的な光景にジローも絶句する。
気づけばまたたく間にそこは更地となって、
パラパラという軽い音とともに、硬い足音が近づいてくる。
「そこにいたのですか……」
パシパエが話すものと同じ言語。
倒壊した建物のガレキを踏み越え、純白の鎧姿が現れた。
全身が大理石のような統一された質感で、肌がまったく見えない。石像を前にしているような無機質な気配だった。
「うっ……うぅ」
姉弟の目の前で、パシパエの拳が白くなるほど握りしめられる。
「あなたのせいですよ。あなたが、懲りずに、逃げ回るからです。
おかげで私は、こんな遠い地にまで派兵されるはめになったんだ」
「っ――」
彼女が眼帯に覆われた右目を作動させようとした。
「抵抗したらそこの二人を殺す」
が、白騎士は冷たく言い放つ。
「っ」戦慄し、立ちすくむパシパエに、優雅な動作で右手を差し出してきた。
「それでいい――おまえらは動くなよ」
そして、ガントレットを装備した左手は、アキラとジローに向ける。
アキラは手にした銃剣を中途半端に構えたまま、立ち尽くしていた。
「言葉がわからなかろうが関係ない。命令を破れば殺す」
こんな感覚は初めてだった。
異獣にも、竜にも、兵士たちにも、ここまでの脅威を感じたことは無い。
銃把を握る手が震える。
一歩でも動いたら死ぬ。銃を撃っても、剣を振っても、どう戦っても、こいつには殺される。
目の前の、さほど身長も高くない、肩幅も華奢な人間。
こいつに勝てるビジョンがまったく浮かばない。
アキラが動かないことを見た白騎士は、ゆっくりとパシパエに近づく。
「うっ……」少女は恐怖に染まった顔で、肩をこわばらせ、歯を食いしばる。
「失礼します」
白騎士が彼女の眼帯に手を伸ばしたとき、
「……あのさァ」
横から伸びた別の手がガントレットを掴んだ。
杖をついた少年、ジローだった。
「ばっ……」
アキラが慌てて振り向く。
「なにが命令だよ。いきなり来て何様だよお前。バーカ」
ジローは済ました顔で、白騎士の顔を睨んで吐き捨てる。
言葉は通じていない、しかし、その軽蔑と、侮辱の意味はぞんぶんに伝わる語気で。
「……は?」
「ぺっ」
ついでに真っ白な鎧の胸にツバを吐いた。
「なっ、なっ、なにをっ、じっ、ジローさん!??」
凄まじい速度で両手を振るパシパエ。
「なるほど……」
白騎士は胸に吐きかけられたものを見下ろし、悟ったように手を引っこめる。
「ここまで低俗とは思わなかった。黒界人が……!」
直後、目にも止まらぬ速さで貫手を繰り出した。
パチリ、と紫電走り、ジローの頬の薄皮を焼く――。
「お前がな白野郎」
そこにアキラが割り込んでいた。
「ぐッ!?」
貫手がジローに到達する寸前、白鎧の兜をわし掴み、渾身の力で地面に叩きつける。
コンクリートを突き破り、めり込ませ、さらに思い切り踏みつける。
掘削機のごとき威力で、何度も執拗に、頭蓋を木っ端微塵にする勢いで――。
「グッ…………ブッ…………」
粉塵の向こうで、くぐもったうめきが漏れる。
ガントレットが淡い光を放ち始める。ヴヴン……と低く唸るような音が響き、空気がわずかに震えた。
「離れてッ!」
ジローの叫びが飛ぶ。
次の刹那、鎧の左手が素早く伸び、アキラの足首を掴んだ。
つま先から足首へと、中から押し広げられるように靴が膨らみ始める。
「……ッ!」
ミシミシという音とともに熱はさらにふくらはぎへと伝わる。
何かが這い上がってくる恐怖に、アキラは反射的に銃剣を振り抜き、膝下を一気に断ち切った。
パンッ!
切り離された右足が空中で膨れ上がり、風船を握り潰したような破裂音とともに、赤黒い霧を散らした。
「チッ……」
姉弟の再生能力は異獣と同質のものである。
ちぎれた部位を繋げるのは早いが、無から生やすとなると時間がかかる。
「逃げるわよ!!」
アキラは即座にジローとパシパエを抱え、白鎧が起き上がる前に壁際に走る。
片足で建物の壁を蹴り、そのまま壁面を駆け上がって屋上へ飛び移った。
白騎士が地面から頭を引っこ抜いた時には、既に数軒先の向こう側に消えていた。
「クソッ! なんだあいつらは……!!」
「あっははははははは!! これはケッサクですわ~~~~!!」
ずれた兜を直しながら激昂する騎士に、一連の流れを眺めていたドロメタスが、爆笑しながら近づいてくる。
「あのカタブツホワイトが……子どもにツバ吐かれて踏まれて……あ~~お腹痛いお腹痛い!!」
「笑ってる場合か!! また逃がしたんだぞッ!!」
思わず敬語も忘れて叫び返していた。
「クソ……あと一歩でこれだ……!!」
任務完了が遠のいた落胆。そして、それ以上に、彼がこれほどの屈辱を味わったのは生まれて初めてのことだった。
「こんな体たらく……本国になんと報告すればっ……」
「あはははっ! ぜったいチクリますわ~~~~」
ドロメタスはターゲットを逃がしたことなどまったく気にせず、嬉しそうに手を叩いている。
「はぁ~~面白い。本当に面白い子たちだわ…………」
「…………追跡はしてるんでしょうね」
かろうじて冷静さを取り戻した白騎士が聞く。
「ええもちろん」
彼女は急に我に返ったようにローブをひるがえして、地面に突き刺していた杖を手に取った。
ドロメタスは性格は酷いものだが、魔法に関しては異獣の操作に特化した、実に洗練された追跡能力を持っている。
今回の任務に選ばれたのも、それが理由だった。
「……特に……あの威勢のいい小さな男の子……ひさしぶりにぜひお遊びしたいわぁ」
悪意に満ちた笑みを浮かべながら、彼女は引き抜いた自分の杖を艶めかしくさすっていた。
ようやくやる気になったか。
白騎士は土ぼこりを払いながら、自分に唾を吐きかけた少年を思い出し、ふと違和感を持った。
そういえば、あれが持っていた杖……。
「…………」
……まさかな。
任務に関わりない情報だと判断し、即座に拭い去ると、思考をターゲットの追跡に戻していく。
実際それは、この任務には特段関わりのないことだった。




