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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
24/24

8 魔法使い

 光の柱が落ちる数十秒前。

 負傷した部下を連れ、姉弟がいた部屋を離脱したカイダは、ビルの屋上で別動隊と合流していた。


「隊長! ……ターゲットは……」

「失敗だ。一人死んだ。ジャックに応急処置を頼む」

「了解!」


 救急バッグを持っていた兵士が、アキラに右腕を切られたジャックに駆け寄る。

 黒連兵士は汚染環境での行動にそなえ、《対M線耐性(レベル2)手術》を受けている。

 黒界にも数種類存在する、“M線耐性を持つ生物”の遺伝子を人体に埋め込み、耐性を獲得する技術。

 白界人のような完全耐性を得ることはできないが、通常(レベル1)の人間よりは汚染に耐えることができるようになる。


「チクショウ……あのガキ俺の腕と……ロイドをやりやがった……」


 腕の応急処置を受けながら、ジャックが憎々しげにうめいている。

 カイダは回収した彼の腕を部下に渡した。傷口の保存状態がよければ、黒界の現代医療ならばくっつけ直すことも可能だ。


「クソッタレ……」

「すまない。俺の認識が甘かった」


 正体不明の姉弟。防護服を着ていない時点でもっと警戒すべきだった。

 特にあの姉の方は只者ではない。機械(マシーン)のように、人間を殺しても一切揺らぎのない目をしていた。

 あそこまで感情を(はい)せるとは、何らかの訓練を受けている可能性が高い。

 向こう側の工作員か何かか……。

 カイダは部下の肩に手を起きつつ、頭の中で状況を整理していた。

 ヘルメットの通信回線を開き、


「リー、そっちはどうなってる?」


 ショッピングモールのキャンプにいる副官を呼び出す。街中におけるこの程度の近距離なら、ドローン無しでも通信は可能だ。


『スカイラインからの直返信で、あと30分で救助機が来るそうです。予定通り、モール屋上を降下ポイントに指定』

「わかった……こっちは二人やられた。思ったより時間がかかりそうだ。手の空いてる奴が何人かほしい」

『そうですか……救助機には《ボルツ》も乗ってくるそうですよ。一度戻って、立て直すのも手かと』


 リーは冷静に別案を出してくる。上官のカイダ相手でも機械的なイエスマンにならず、臆することなく意見できるのが、彼の好ましい所だった。


「そうだな……なら一度、負傷者を連れてキャンプに戻る」

『は。手当の用意をしておきます』

「頼む」


 優秀な部下に感謝しながら通信を切った。

 直後、「隊長!」と別の兵士が一人駆け寄ってきた。

 新米兵のグレンだ。


「ターゲットと姉弟がオフィスから逃げました。現在、狙撃手が足止め中です」


 足を揃えた直立姿勢で、こわばった声色で報告する。


「接近しすぎないよう監視を続けろ。姉の方の戦闘能力はおそらく《ボルツ》と同等以上だ……しかも傷も瞬時に治る。もし接敵したら実弾ではなく麻酔弾を使え」

「は!」

「俺たちは下の遺体を回収してくる。おまえはニコロについてけ」

「は……!」

「あとおまえ……べつにそんなずっと背筋正さなくていいぞ」

「は、失礼しました……」


 慌てて姿勢を崩したグレンは、「いくぞ!」と先輩兵に声をかけられ、屋上からロープで降下していく。

 彼ら二人は狙撃手とは別方向からターゲットを監視し、追い詰める役だ。


 カイダもオフィスに降りるため、腰にロープを繋いだ。


 各々が、自らの役割に沿って動き始めた。

 そのとき、

 眩い光の柱が街の中心に落ち、状況は白紙に戻った。


 ※


 光の熱によって溶け凹んだコンクリートが再度固まり、さながらクレーターのようになった交差点。

 瓦礫の上に、純白の騎士が降り立った。


「…………」


 周囲に広がる廃墟街を確認し、フルフェイスの兜の中で小さく息を吐く。


「ここは……ええと……なんという場所でしたっけ?」


 隣に立ったローブの女が呑気な質問をしてくる。


「……かつては“ニホン”という名の国だったそうです。いまは、廃墟ですが」 

「…………ふうん……人間はいないのですか……」


 女はつまらさなそうにつぶやき、「まぁ……私たちが滅ぼしたのですがねぇ」と付け足す。


「……ドロメタス殿。言っておきますが」


 ジャリ、と瓦礫を踏み、白騎士は釘を刺す声を発した。


「これは賞金稼ぎの依頼などとはわけが違う。何としても“鍵の目”を奪還しなければならない。国家の急務です」

「ハイハイ。わかってますわよ」

「…………」


 その適当な返事に、白騎士は少し反感を覚えた。態度にこそ出さないが、彼女の事は少し苦手だ。


「まったくお堅いですねえ、貴方は」


 女の名はドロメタス。本国でも有名な、“殺人狂”の魔法使いだった。

 逃げ惑う獲物を殺すことに快感を覚える変態。任務の達成よりも、目先の快楽を優先する傾向にある。

 能力は追跡向きで優れているので、今回の任務に選ばれたが、正直、あまり組みたい相手ではなかった。


「……つまらないけれど、手早く探しますか」


 ドロメタスが袖から白くしなやかな手を伸ばす。そこには禍々しい枯れ木のような形の、杖が握られている。


「建物が多いので《風読》は使いにくそうね、ホワイト。貴方の嫌いな現地調達になりますけど」

「……やむを得ません」

 

 白騎士のうなずきを受けて、ドロメタスは杖を地面に突き立てると、


「では……|Rinetumekatitaリネツメカチタル Katinai(カティナイ)


 妖艶な赤い唇から、それまで彼女が発していた言葉とは、全く別の“音”が発せられた。


 《詠唱音波》と呼ばれる魔法使い特有の発声法。その特殊な波長に反応し、杖の先端の魔石が光を放つ。

 大気中に魔力が放出され、詠唱で定められた周囲の自然物への干渉(かんしょう)を始める。

 今回の場合は道路のコンクリート、およびその下にある土や砂が対象だった。


 ボコリ、ボコリとコンクリートの各所が盛り上がり、数本の“鎖”が姿を現す。

 カラカラと金属の擦れ音を立てながら、流麗な動作で、一つ一つが生き物のように鎌首をもたげた。


「ォア…………ァァ…………」


 その頃、《光の柱》の激しい音に寄せられて、廃墟の街に潜む異獣たちが交差点に集まってきていた。


「まあ……なんて(みにく)い」


 その激しく崩れた容姿を見たとたん、ドロメタスは口を手で覆い、不快感をあらわにする。

 それに伴い杖の操作が中断され、魔法の発動が止まる。


「こちら側の魔物はなぜこうも汚いのですか? 視界に入れたくもないわ」

  「…………」


 文句ばかり言って仕事を遅らせる同僚に、白騎士が無言で睨むと、

「怖いですわねぇ、冗談ですよ」彼女はさっと地面に刺した杖を引き抜き、その先端を、異獣たちの方へ向けた。


Kotskoa(コツコア) |Yamorokenorヤモロケノル


 すると鎖たちがぴくりと反応。次の瞬間、一斉に異獣たちに襲いかかる。

 俊敏な動きで巨体に絡みついて拘束し、鋭い切っ先で脳天を突き刺した。


「ァァ…………!!」


 異獣たちは立ったままじたばたともがき、やがて大人しくなる。

 一瞬死んだかに見えるが、鎖がするりと離れると、彼らはどこかぎこちない歩みで街に散開し始めた。

 まるで操り人形にでもなったかのように。


「さて……では始めましょうか」


 笑みを浮かべるドロメタスの隣で、白騎士はふと、近くにある建物のひとつに目を向けていた。


「……あら、どうしました?」

「いま一瞬、視線が」

「ほう? 無人のはずでは?」

「ええ。魔物か…………それとも」


 同僚への返答は保留して、左手の篭手(ガントレット)を握り込む。


「もしかしてあれがパシパエの追っ手……? あれって……魔法使い?」

「動くなジロー。パシパエ、あんたも!」


 光の柱が落ちたあと、姉弟とパシパエは最も近くにあった建物の裏に逃げ込んだ。


「あ、アキラさん……! だめっ、早くにに、にっ逃げないと!!」


 いま、アキラは建物の窓ガラス越しに、光の柱から現れた人影を凝視していた。

 パシパエの必死な呼び掛けも無視して、ただふたりを羽交い締めにし、静止を命じ続けていた。


 動けば見つかる。


 研ぎ澄まされたアキラの本能はそう確信していた。

 いま、ここから逃げ出そうものなら、奴らはこちらを追いかけてくる。


 だから全力で気配を消すことに努めた。


「…………」


 息を止めひたすら待つ。

 気づくな。

 お願いだから気づくな。


「…………ッ……」


 だが白騎士の察知能力は、アキラの想定よりもはるかに鋭敏だった。


 ガラス越しに人影の片方がこちらに近づいてくるのが見える。


「クソッ……!!」


 結果としてアキラの判断は裏目に出た。ふたりを抱えたままその場を飛び退く。


 直後、隠れていた建物にまばゆい白光に落ちる。空気が割れるような爆音が廃墟街に響き渡り、ビルが火を噴いた。

 鉄筋コンクリートが一瞬で炭化し、紙細工のようにボロボロと崩れていく。

 破片がそこかしこに落下し、砕ける。


「ッ……」


 あまりに非現実的な光景にジローも絶句する。

 気づけばまたたく間にそこは更地となって、

 パラパラという軽い音とともに、硬い足音が近づいてくる。


「そこにいたのですか……」


 パシパエが話すものと同じ言語。

 倒壊した建物のガレキを踏み越え、純白の鎧姿が現れた。

 全身が大理石のような統一された質感で、肌がまったく見えない。石像を前にしているような無機質な気配だった。


「うっ……うぅ」


 姉弟の目の前で、パシパエの拳が白くなるほど握りしめられる。


「あなたのせいですよ。あなたが、懲りずに、逃げ回るからです。

 おかげで私は、こんな遠い地にまで派兵されるはめになったんだ」

「っ――」


 彼女が眼帯に覆われた右目を作動させようとした。


「抵抗したらそこの二人を殺す」


 が、白騎士は冷たく言い放つ。

「っ」戦慄し、立ちすくむパシパエに、優雅な動作で右手を差し出してきた。


「それでいい――おまえらは動くなよ」

 

 そして、ガントレットを装備した左手は、アキラとジローに向ける。

 アキラは手にした銃剣を中途半端に構えたまま、立ち尽くしていた。


「言葉がわからなかろうが関係ない。命令を破れば殺す」


 こんな感覚は初めてだった。

 異獣にも、竜にも、兵士たちにも、ここまでの脅威を感じたことは無い。

 銃把を握る手が震える。

 一歩でも動いたら死ぬ。銃を撃っても、剣を振っても、どう戦っても、こいつには殺される。

 目の前の、さほど身長も高くない、肩幅も華奢(きゃしゃ)な人間。

 こいつに勝てるビジョンがまったく浮かばない。


 アキラが動かないことを見た白騎士は、ゆっくりとパシパエに近づく。

「うっ……」少女は恐怖に染まった顔で、肩をこわばらせ、歯を食いしばる。


「失礼します」


 白騎士が彼女の眼帯に手を伸ばしたとき、


「……あのさァ」


 横から伸びた別の手がガントレットを掴んだ。

 杖をついた少年、ジローだった。


「ばっ……」


 アキラが慌てて振り向く。


「なにが命令だよ。いきなり来て何様だよお前。バーカ」


 ジローは済ました顔で、白騎士の顔を睨んで吐き捨てる。

 言葉は通じていない、しかし、その軽蔑と、侮辱の意味はぞんぶんに伝わる語気で。


「……は?」

「ぺっ」


 ついでに真っ白な鎧の胸にツバを吐いた。


「なっ、なっ、なにをっ、じっ、ジローさん!??」


 凄まじい速度で両手を振るパシパエ。

 

「なるほど……」


 白騎士は胸に吐きかけられたものを見下ろし、悟ったように手を引っこめる。


「ここまで低俗とは思わなかった。黒界人が……!」


 直後、目にも止まらぬ速さで貫手を繰り出した。

 パチリ、と紫電走り、ジローの頬の薄皮を焼く――。


「お前がな白野郎」


 そこにアキラが割り込んでいた。


「ぐッ!?」


 貫手がジローに到達する寸前、白鎧の兜をわし掴み、渾身の力で地面に叩きつける。

 コンクリートを突き破り、めり込ませ、さらに思い切り踏みつける。

 掘削機のごとき威力で、何度も執拗(しつよう)に、頭蓋を木っ端微塵にする勢いで――。


「グッ…………ブッ…………」


 粉塵の向こうで、くぐもったうめきが漏れる。

 ガントレットが淡い光を放ち始める。ヴヴン……と低く唸るような音が響き、空気がわずかに震えた。


「離れてッ!」


 ジローの叫びが飛ぶ。

 次の刹那、鎧の左手が素早く伸び、アキラの足首を掴んだ。


 つま先から足首へと、中から押し広げられるように靴が膨らみ始める。


「……ッ!」


 ミシミシという音とともに熱はさらにふくらはぎへと伝わる。

 何かが這い上がってくる恐怖に、アキラは反射的に銃剣を振り抜き、膝下を一気に断ち切った。

 パンッ!

 切り離された右足が空中で膨れ上がり、風船を握り潰したような破裂音とともに、赤黒い霧を散らした。


「チッ……」


 姉弟の再生能力は異獣と同質のものである。

 ちぎれた部位を繋げるのは早いが、無から生やすとなると時間がかかる。


「逃げるわよ!!」


 アキラは即座にジローとパシパエを抱え、白鎧が起き上がる前に壁際に走る。

 片足で建物の壁を蹴り、そのまま壁面を駆け上がって屋上へ飛び移った。


 白騎士が地面から頭を引っこ抜いた時には、既に数軒先の向こう側に消えていた。


「クソッ! なんだあいつらは……!!」


「あっははははははは!! これはケッサクですわ~~~~!!」


 ずれた兜を直しながら激昂する騎士に、一連の流れを眺めていたドロメタスが、爆笑しながら近づいてくる。


「あのカタブツホワイトが……子どもにツバ吐かれて踏まれて……あ~~お腹痛いお腹痛い!!」

「笑ってる場合か!! また逃がしたんだぞッ!!」


 思わず敬語も忘れて叫び返していた。


「クソ……あと一歩でこれだ……!!」


 任務完了が遠のいた落胆。そして、それ以上に、彼がこれほどの屈辱を味わったのは生まれて初めてのことだった。


「こんな(てい)たらく……本国になんと報告すればっ……」

「あはははっ! ぜったいチクリますわ~~~~」


 ドロメタスはターゲットを逃がしたことなどまったく気にせず、嬉しそうに手を叩いている。


「はぁ~~面白い。本当に面白い子たちだわ…………」

「…………追跡はしてるんでしょうね」


 かろうじて冷静さを取り戻した白騎士が聞く。


「ええもちろん」


 彼女は急に我に返ったようにローブをひるがえして、地面に突き刺していた杖を手に取った。

 ドロメタスは性格は酷いものだが、魔法に関しては異獣(魔物)の操作に特化した、実に洗練された追跡能力を持っている。

 今回の任務に選ばれたのも、それが理由だった。


「……特に……あの威勢のいい小さな男の子……ひさしぶりにぜひお遊び(・・・)したいわぁ」


 悪意に満ちた笑みを浮かべながら、彼女は引き抜いた自分の杖を(なま)めかしくさすっていた。


 ようやくやる気になったか。

 白騎士は土ぼこりを払いながら、自分に唾を吐きかけた少年(クソガキ)を思い出し、ふと違和感を持った。

 そういえば、あれが持っていた杖……。


「…………」


 ……まさかな。

 任務に関わりない情報だと判断し、即座に拭い去ると、思考をターゲットの追跡に戻していく。

 実際それは、この任務には(・・・・・・)特段関わりのないことだった。

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