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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
22/24

6 異文明

 朝陽が海原をきらめかせ、静まった廃墟街をゆるやかに温めていく。

 生物たちが動き出す。人工島の建物に巻きついた植物が鮮やかな花を開いて、光の方に顔を向けた。


 アキラたちがいるビルのオフィスにも窓から光が差し込む。

 壁にもたれかかって猟銃を抱えていたアキラは、廊下から生じた足音に、目を覚ました。


「…………」


 水筒を一口飲み、立ち上がる。大きく伸びをして、全身で陽光を浴びた。

 軽くストレッチをした後、寝袋のジローの方を揺さぶる。


「ジロー、起きて」

「んー……?」

「外に異獣が来てる。ちょっと片してくるわ。その子、見張ってて」

「ん……あぁ……」


 弟は目を擦り、あくびをしながら起き上がった。その隣には、アキラの寝袋で白髪の少女パシパエが寝ている。


「あ、そうだアキラ。ちょっと話が……」

「後にして」


 ジローが再び話しかけた時には、彼女はすでにオフィスの外に出ていた。


「ふぅ……」


 扉を背中でパタリと閉める。廊下の両側から、数匹の人型異獣がゆっくりと歩いてきていた。


「ぴする…………」


 弾丸は節約する。

 アキラは猟銃の銃身下部についたレバーを押し込み、ノコギリ状の刃を展開させた。


「ォアアアアア!!!」

「ふっ――――!」


 巨大な銃剣となったそれを振るい、異獣たちを手早く片付ける。


「終わった?」


 数分後、最後の一体の頭蓋を貫いたアキラに、いつの間にか出てきたジローが話しかけてきた。


「……ん……」


 ただ彼女の注意はいま別の方向に向いていた。


「……どうしたの?」

「いや……」


 廊下の窓から外を見る。

 いまの一連の戦闘中、ずっと誰かに見られているような感覚があった。異獣かと思ったが、廊下の曲がり角からそれ以上奴らが姿を現す気配もない。

 視線は、窓の外、道路を挟んで向かいの建物から来ているような気がした。

 地上に出てから、アキラに備わった超人的な感覚。敵の気配をいち早く見つける直感が、警戒心号を発していた。


「まあいいわ。……っていうか、あんた何出てきてんのよ。あの子は?」

「もう起きてるよ」


 その頃、向かいの商業ビルの一室。装甲服に身を包んだ二名の兵士が、バリケードにした棚の隙間から双眼鏡を覗かせていた。


「隊長に報告しろ。白界人(・・・)と思しき子ども二名がターゲットと同行している」


 一方オフィスでは、ジローがパシパエを起こし、朝食を用意していた。


「Seral venos」

「おはよう」


 挨拶を交わす二人は、一晩の間で少し打ち解けた雰囲気だった。

 言葉も分からないのに。アキラはふと弟の片耳に、見慣れない物体が着いていることに気づいた。


 ジローが朝食として用意したのは、黒い粒状の果実だった。


「……なにこれ」

「窓の外に生えてたんだ。そういや、果物はまだ試してなかったよね」

「…………」


 匂いは野いちごやラズベリーのような酸味のある感じだ。ただ……これはただの果実ではない。地上の汚染環境で変異した植物の実だ。


「いただきます!」


 ジローは躊躇なく口に放り込んだ。


「ちょっ……」

「うぐっ……こ、これは!」

「吐き出しなさいよ! 毒とかあったらどうすんのよっ」

「いや……大丈夫……ふぐオオゥ……死ぬほど酸っぱいだけ」


 彼は悶えるように首を振って、涙目になりながらなんとか飲み込んだ。


「…………」


 アキラは息をつき、隣を見ると、パシパエが口に運びかけた実をさり気なく下ろしていた。

 アキラの視線に気づいてハッとし、慌てて取り繕うように口に押し込む。そしてジローと同じように顔をしかめて悶えた。


「…………ジロー、この子のこと見張っといてって言ったでしょ」


 アキラは気を張り直すように言った。


「また何しでかすかわかんないんだから」

「大丈夫でしょ。パシパエはいいやつだよ」


 砂浜での一件を思い出す姉の小言に、ジローは気楽に答えた。


「簡単に判断してんじゃないわよ……危険度なら異獣なんかより、この子の方がずっとヤバいんだから……」

「本人の目の前でそんな言い方良くないよ」

「べつに、言葉わかってないんだからいいでしょ」

「いやわかってるよ」

「え?」


 ぎょっとしてパシパエの方を見る。ジローは自分の耳につけていた翻訳機を外し、姉につけさせた。


「あっあの……き気にしないでください。ホントの、ことですし……」


 絶句するアキラに、「なんて言ってる?」ジローが呑気に話しかける。

 彼女は、その頭をゴチンと殴りつけた。


「いてっ! なにすんだよ」

「早く言いなさいよっ。私っ、すごい嫌な奴みたいじゃない!」

「だから言おうとしたじゃん! アキラが後にしろって言ったのに」

「昨日のうちに言いなさいよ!」

「昨日はもう眠てたから!」

「やや、やめてください! ご姉弟でけっ喧嘩は……よくありません……よ……」

「ああ??」


 遠慮がちに仲裁に入ったパシパエは、アキラのひと睨みでヒッと喉を鳴らして後ずさる。


「何当たり前のこと言ってんの。あんたもあんたで、言葉がわかるならさっさと教えなさいよ」

「ごっ、ごめんなさい……」

「やめなよ。まだ向こう側から来たばかりで混乱してるんだ。パシパエは」


 怯えたパシパエを庇うように立ち塞がるジロー。


「大丈夫だよ。アキラは目つきは獰猛だけど人は食べないから」

「そうなんですか……? よかった……」

「誰が食人鬼面よ」


 アキラは猫目の間にできたシワを指でモミモミしながら、


「向こう側から来たって言った今? 何それ?」

「ああ、この子、あの空の地球から来たらしいよ」


 指を眉間にやったまま彼女の思考は静止した。ジローとパシパエは、極めて真顔でうなずいた。



「えっと……む……向こう側には……こっこちら側とは、異なる文明が存在します」


 寝袋を片付けた後、パシパエは少しずつ話し始めた。


「私の故郷も……そこに。い、いまは、いぃ色々あって、こっこちら側に、来てしまったのですが」


 俯きがちに言って、ちらりと反応を伺う。

 アキラは翻訳機を着けて、眉間に深いシワを刻んでいた。

 

「あんた……海で遭難してる間に頭がおかしくなったの?」

「えあいや、ほほ、本当のことです!」


 本人はそう言うが、脳にダメージがいっている可能性もまだ捨てきれない。


「証拠はあんの」


 容赦なく睨まれ、「それは……」言い淀むパシパエ。「さっきの竜を倒した超能力だよ」ジローが補足する。


「こっち側にはない技術。あれが、君の故郷の文明なんだよね」

「そっそうです。はい。ん、はい」

「じゃあ、その力はいったい何なのよ。まさか本当に超能力とかじゃないんでしょうね」

「……はい……その……」


 少女は言いにくそうに、ジローの顔をチラチラと見る。彼は、「とりあえず言ってみて」と促した。

 パシパエは意を決した顔で口を開く。


「……ま……」

「ま?」

「まっ、魔法です」

「…………」

「あ、あの、まほ」

「聞こえてるわよ」


 アキラは頭を抱えて呆れたため息をついた。「まさかこれを信じたの?」弟の方を見る。


「僕も最初はビックリしたよ。でも、有り得ない話じゃないかと思って」

「マジで言ってる??」

「だって、空に地球は浮いてるし、昨日はドラゴンに襲われたし。僕らの常識はこの世界じゃ通用しないんだよ」


 彼は当たり前のように言った。


「だからって……さすがに“魔法”は無いでしょ。現実と思えるラインってもんがあるわよ」

「それじゃあの力は他になんて説明するのさ」


 杖を片手に続ける。少女が砂浜で見せた超能力は、この父の形見の杖を介して、行使されたのだ。


「それは……」


 そう言われても……やっぱり、あまりにも荒唐無稽すぎるワードだ。

 魔法……。

 まだ遭難で脳がショックを受けた結果、変な超能力に目覚めたとかの方が理解できる。


「あ、そうだ」


 ジローはそこでパンと手を叩いた。


「じゃあ、もう一回見せてもらおうよ!」


 と提案した。


「えっ?」


 パシパエがあからさまにギョッとする。


「い、いやっ……それは、ちょっと……」

「ほらっ、アキラも、もう一回ちゃんと見たら信じるでしょ」


 好奇心に満ちた顔で杖を差し出す。「まあ、ね」アキラが同意すると、少女は追い詰められた表情で押し黙り、


「……はい……」


 渋々と杖を受け取った。


「では……あの、す……少し離れていただけますか」

「これくらい?」

「あ……も、もう少し」

「こんくらい?」

「できればあのっ、へ、部屋の外にで出ていただけると……」

「それじゃ見えないじゃない。あんた一人でやってどうすんのよ」

「そっそうですよね、すみません……」


 最終的にジローとアキラは机や棚を組み合わせてバリケードを作った。

 それに隠れて、ようやくパシパエは“魔法”を実演する気になってくれた。


「スゥ……」


 深く息を吸い、目を瞑って、昨日の焚き火に使った残りの枝葉に、杖を向ける。


Kohios(コヒオス) Tika(ティカ)


 小声で彼女が何かを唱えると、先端の石にブワリと“光”が灯った。


「おお……!」


 枝葉の中にポツポツと白光が瞬いたと思うと、直後、勢いよく炎が上がった。

「う……く……」両手で杖を握りしめ、うめくパシパエ。

 姉弟が見守る中、炎はどんどんと勢いを増し続け、次第に渦巻きながら巨大化して、壁や天井をチリチリ焦がし始めた。


「ちょっ、これ大丈夫なの?」

「パシパエ! もうOK! わかったから! パシパエ?」


 凄まじい熱気がオフィスを包み、ビルが火事になりそうな勢いになってきた。

 慌てて駆け寄る姉弟。「ウ……うっ……」パシパエが汗ばんだ顔でなにやら念じていると、炎は少しずつ収まって、消えた。


「……はいっ……こっこんな感じ、です」

「すごい!!」


 右目の眼帯を苦しげにおさえながら言うパシパエ。真っ黒に焦げた天井と床を見て、ジローはマジックショーを見た観客のようにスタンディングオベーションする。


「危ないじゃない。私たちまで丸焼きになるとこだったわよ」

「すっ……す、すみません……」


 アキラは熱気で貼り付いた額の汗を拭った。

「でもこれで信用できたよね?」ジローに肩を小突かれて、「……ん」と不服ながらも頷く。

 正直、実際はまだ半信半疑だ。


 するとそんな姉の顔を見たジローが、


「ねえねえ、いまのってどういう仕組みでやったの??」


 とパシパエに質問した。「あ、えと……」少女はまだ緊張して杖を両手で持ったまま、


「えっと……このつ、つ杖の魔石(・・)からま魔力(・・)を引き出すんです」

「マセキ……? まりょく……?」

「ぜんぜん説明になってないんだけど」


 次から次へと、物語の中でしか聞いたことのないワードが飛び出してくる。


「その魔力……って、もしかしてM線のこと?」


 ジローがふと思いついたように言い始めた。「えむせん……?」少女、パシパエはその言葉を知らないようだったが、

 

「てことはこの石は、M線の放射性元素か!」

「……なにって?」


 弟の言葉が一つも理解できない。


「そうか! だから父さんも、パシパエと同じ所から来たんだな!」

「いまの数秒で何が起こったの??」


 完全に置いていかれたアキラに振り向き、大きな瞳をさらに大きく見開いたジローは、


「ちょっと待って……」


 オフィスの片隅にあったホワイトボードを持ってきて、マジックペンで何やら書き始めた。


「さっきみたいな炎を起こすには化学的には三つ要素が必要になる。

 ①可燃物、②酸素、③着火源」


 端でインクの出を確認してから、ボードに枝の絵を描く。


(可燃物)は僕らが集めた(まき)だよね。(酸素)は元々周りの空気に含まれてるから、あとは(着火源)さえあればいい。さっきのパシパエはこれを作ったんだ」


 枝の上の空間を丸く囲み、そこに集中線を引く。


「M線……放射線っていうのはつまり、物質から放出される“エネルギー”だ。

 で、“エネルギー”には色んな使い方があって、そのひとつで、空気を圧縮することができる。

 空気は圧縮されると温度が上がっていくから……そのまま発火点、自然界に炎が生まれる温度に達すると……」


 と、モクモクと立ちのぼる煙の絵を描いた。


「炎が生まれる。ってことだよね!」


 振り向いてビシッと指さすが、「す……すみません……よ、よくわからないです」行儀よく体操座りしたパシパエは首をかしげていた。


「燃焼が起こる仕組みを知らないの?」

「わ、私が使ったのはただの、“火を出す魔法”……です。こちらではネンショウというのですか?」

「その現象が何か理解できてなくても再現できるのか……それはそれで凄いな」


 また思考モードに入りかけたジローは、「とにかく!」眉をひそめてあぐらをかく姉に向き直る。


「これでわかったでしょ。魔法が起こるのにはちゃんと原理がある。ファンタジーでも、オカルトでもない、実在の現象なんだ」

「……まあ……ひとまず……嘘はついてないってことは、わかったわ」


 まだ懐疑的ながら、アキラは組んでいた腕を解いた。ちらりと隣を見る。


「あんたは本当に……あの空の地球から来た人間なのね」

「…………はい」


 少女は固まった体操座りのまま頷いた。


 ※


 M線は空からもたらされた。


 ジローが立てた仮説だった。

 20年前、日本の首都・東京で初めてその存在が確認された直後。

 各地の空から“光の柱”という現象が降り注ぎ、そこから汚染が始まった。


『国土の西側の方が汚染濃度は低いだろうね』


 地上に出た初日に立てた仮説はおそらく間違っていた。


 地上汚染は、一箇所から徐々に広がっていったのではない。

 世界各地で同時多発的に起きたのだ。


 地上のあらゆる生物が一斉に変異し、爆発的に生態系を壊した。

 だから人類は、その事態にろくに対応することもできずに滅んだ。


「…………」


 この世界を滅ぼした原因はほぼ間違いなく、あの“第二の地球”。


 そうわかった上で……そこから来たという、パシパエ(この少女)とどう接するべきか……。


「…………」


 目の前で居心地悪そうに座る、白髪の少女を睨みながら、

 アキラは眉間に深いシワを刻んでいた。


 なんでこんなややこしい生存者を、最初に見つけてしまったんだ。


「あ……あの……」


 あまりに長時間睨まれて、気まずさマックスのパシパエが目を泳がせる。


「で、で! ってことはやっぱり父さんも、あの空の地球から来たってことはわかるよね」


 とそこに、ホワイトボードを片付けたジローが興奮気味に戻ってきた。

「あぁ……ええ?」さっきも言ってたことだ。

 わかるような、わからないような……。


「だって、この杖と石は……向こう側のモノなんでしょ。

 おそらく、M線は“第二の地球”特有の放射線。向こう側の自然界に、当たり前に存在してるものなんだ。

 だからそこに住む人たちも産まれながら“耐性”を持ってて、パシパエも、防護服を着なくても生きていられる」


 白髪の少女は、長時間座って痛くなってきたのかお尻をさすっている。その服装はアキラとジローが廃墟から持ってきた普通の女児服だ。


 汚染されたこの地上において、生存のためには必須とされる防護服。

 いまこの場では、誰もそれを着ていない。


「父さんもきっと、パシパエと同じ体質だったんだ。僕たちもその遺伝子を受け継いだから、変異しなかった」


 弟の考えていることがアキラはようやく理解できた。


「父さんは向こう側出身だ。向こうに行けば、父さんの手がかりがあるかもしれない」

「いや……ちょっと待ちなさいよ……そんなグイグイ進めないでよ」


 ただ、それでも、話のスケールが一気に飛躍しすぎている。とても受け入れが追いつかず、アキラは大手を振って弟の話をさえぎった。


「なんで? めちゃくちゃ大きいヒント見つけたんだよ」

「自分の言ってる意味わかってんの? 空の地球なんて、どうやって行くのよ」

「そりゃあ……」


 ジローは冷静に、再度パシパエの方を見る。もう体操座りを完全に崩して足を伸ばし、大きな欠伸をしていた。


「ねえ、いいかな。僕たちが君を故郷に返すよ」

「えっ?」


 急に近づいてきたジローに、口に手を当てた姿勢のままぎくりとなる。


「……いや……あの私……べつにかっ帰りたいとは…………」

「あれ、そうなの?」

「あっや……その……か……帰りたい……ですけど、まぁ、ぜったいむ無理と言いますか」


 眼帯をポリポリとかいて目線をそむけながら言う。


「無理なんてことないよ!」


 ジローは無邪気に返す。またなんの根拠もなく……。


「実は、僕たちも第二の地球(そこ)に行きたいんだ。この杖の持ち主……父さんを探すために。

 だから一緒に行かない?」


 ピクニック行かない? ぐらいのトーンで再度、提案するジロー。


「お、お父さまが……?」


 パシパエは一瞬目を見開いた。が、すぐにまた「いっいえ、ダメ、ダメです」とキッパリ返した。


「私といたら、こっ、ご迷惑になります……。も、もうこれ以上……かか、関係の無い方を巻き込むわけには」


 アキラは、少女とともに砂浜に流れ着いた無数の死体を思い出した。

 少女の主張は当初から一貫して、「自分とは関わらないでくれ」というものだ。

 彼女の近づくことは“危険”なのだ。これは自他ともに認める事実。


「どうか私のことは、もう……」

「そういう心配ならマジで大丈夫!

 僕たちはそう簡単には死なないから」


 だが、ジローは全く気にせず、ドンと胸を叩く。


「ねっ、アキラ」

「えっ?」


 急に話を振られ、アキラは返答に迷う。


「…………」


 たしかに現状、父親(目的)への手がかりはこの少女しかいない。

 だがおそらく、ここで踏み込めば、自分たちも後戻りはできなくなる。

 少女を取りまく“危険”とやらに巻き込まれていくことになるだろう。


 受け入れるべきなのか?

 弟を信じて。

 それとも、弟に足りない自制心を補うべきなのか。


「…………」


 どちらも正しいようで、間違っているようにも感じる。


 アキラは少女の方に振り向いた。目が「断ってくれ」と懇願している。


 その光のない瞳に、既視感を覚えた。


「…………そうね」


 反射的に、アキラは頷いていた。


「あっアキラさんまでっ? どうして」


 この少女は、諦めている。差し伸べられた手にも顔をそむけ、この世に良い事なんてもう何もないと……。


 そうか。

 だから、この子が海に入っていこうとした時、あんなにムカついたのだ。


「うるさいわよ」

「えっ」


 つっけんどんな返答に、ジローとパシパエはキョトンとした。


「あんたの都合なんてどうでもいいわ。私たちの目的にあんたが必要だから、一緒に来いって言ってんのよ」

「いっいや……でで、ですから、私とい一緒にいたら」

「じゃあ、あんた、私たちと離れて一人でどうする気なの? この異獣(バケモン)だらけの地上でひとりで生き残れんの?」

「それは……」


 うつむき、押し黙るパシパエ。


「生き残る気ないでしょ」


 頭上からアキラに言われて、はっとなる。


「私たちがせっかく、必死になって助けたのに。なに勝手に死のうとしてんの」

「…………」

「許されると思ってるの」

「…………も……申し訳なっない……とは。

 でも……私はそうなった方がっ……く、ぐ!? く苦しい!」


 いきなり強い力で抱きしめられ、パシパエはアキラの腕の中でもがいた。


「アキラ?」

「ダメ。許さない」


 小さな少女を逃がさないようにしたまま、断言する。

 それは彼女が知る、死を望む人間を引っ張り戻す唯一の方法。


「助かったんだから、生きろ」


 強ばっていた少女の身体が、ビクリと震えて、


「な……んで……」


 頑なだった声音が揺らぐ。


「なんで……そこまで……わ、私に……」


 骨ばった背中の筋肉が、少し緩む。


「さっきから言ってるじゃん。父さんを見つけたいだけだって」


 隣で弟があっけらかんと言った。


「何も気にしないでよ。僕たち、君を都合よく利用したいだけだからさ」


 一言一句、真実だった。

 彼はただ、自分の目的のために、少女をその気にさせようとしているに過ぎない。


 だが、結果的にはそれが、少女の最後の躊躇(ためら)いを取り払った。


「あ……」


 虚ろだったパシパエの目に涙が浮かぶ。一度決壊したそれはもう止められない。


「あ……ぅ……あああっ……」


 少女は泣いた。それまで許されなかったことを初めて試すように、ぎこちなく、少しずつ。


 姉弟は彼女が泣き止むまで寄り添い続けた。



「ずびーーっ!」


 数十分後。ジローから貰ったハンカチで鼻をかむパシパエをよそに、

 ふたりは集めてきた薪で普通に焚き火を起こす。


「じゃあ……どうやって第二の地球(あっち)に行くの?」


 方針が決まったところで、今後の計画を話す。

 まず、大前提としての課題をアキラが提示する。


「パシパエがこっちに来た時はどうしたの?」


 ジローが、昨日の残りの野菜の皮をナイフで剥きながら尋ねる。「……えっと……」まだ目を赤くした少女は、鼻声で思い返すように、


「実は…………」


 そのとき、コンコン、とオフィスの扉がノックされた。


「…………ん?」


 ノック――――??


「っ……」


 動揺するジローとパシパエを制し、アキラが即座に扉の横に立つ。残りのふたりは部屋の奥に下がらせた。


「…………」


 下の隙間から月明かりが差し込んでいる。


 二本足で立つシルエットが見える。


 アキラは、服擦れ音を立てないよう、慎重に銃口を扉に押し当てた。

 その状況を俯瞰(ふかん)していたジローは、ふと、姉が意識を外している窓の方を見た。


「――――」


 自動小銃をたずさえた兵士が音もなく降りてくる所だった。


「ちがう――アキラ! 窓だ!!」


 振り向きざま、猟銃の引き金をひくアキラ。

 しかしそれより早く兵士が発砲し、彼女の胴体をまばらに撃ち抜いていた。


「ああ……!」


 スラグ弾がオフィスの壁に突き刺さる爆音と、パシパエの悲鳴が同時に響く。


「っ……」


 どさり、とアキラが倒れた後、兵士は速やかにロープを外し、室内に侵入した。


「clear!」


 次いで、扉を開けて二人の兵士が入ってくる。彼らはアキラの投げ出された手足をまたぎ、ジローに小銃を向けた。


「Target found」

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