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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
18/25

1 第二スタート

 地面が不規則に揺れている。

 奇怪な感覚だった。止まっているのに常に視界が動く。


 おかげか、酷い吐き気がする。

 置かれた現状も相まって、こうしてベッドに寝ていても、

 自分が不安定な所にいると思い知らされる。


「うっ…………ふぅ……うぅ」


 堪えきれない不快を、部屋の隅にある便器に吐き出す。

 ひたすら嗚咽を垂れ流し、やがて疲れて、ため息をつく。


「はぁ……」


 部屋にやってきてからというもの、この繰り返しだった。

 汗で蒸れる眼帯をポリポリと掻いて、それを外せないことに煩わしさを感じながら、ベッドを立つ。


 扉の窓から外の様子をうかがう。

 暗い通路に3人の兵士がいた。

 全身を迷彩柄の装甲服に包み、扉に背を向け、何やら話し込んでいる。


「……あの……」


 声をかけてみるが、厚い扉越しで聞こえていないのか、反応はない。


「あっ、あの……!」


 もう少し大きな声を出してみると、一人が振り向いた。


「|Is there a problemどうしました?」


 表情のないヘルメットが、くぐもった返事をする。

 こちらが発したものとは異なる言語だが、彼らがくれた“翻訳機”という代物を耳につけているおかげで、意味は理解できた。


「何か要望ですか?」

「あ……ええと……」


 ひとりでいるのに飽き飽きして声をかけただけなので、少女はとっさに理由を考えた。


「その…………あっ頭が、いい痛くて……きき、気分がっ、悪いんです」


 爺や以外の人と話すのはいつぶりだろう。言葉を詰まらせる少女に、「船酔いですか」兵士は平静に対応する。


「ふ、フナヨイ……? それは、い、命に関わるびび、病気とかですか?」

「……いえ。別に。酔い止めを持ってこさせます」


 そう言って、兵士はさっさと離れていこうとする。


「あ、待って!」

「まだ何か?」

「……あのっ……いま……どこに向かっているのですか?」


 数時間前とまったく同じ質問をする。

「それは答えられません」やはり同じ答えが返ってきた。


「酔い止めは持ってこさせます。それまで安静にしていてください」


 突き放すように告げ、今度こそ去っていく。


「……はぁ……」


 たぶん、これから、彼らのどこかの拠点に連れていかれるのだろう。

 故郷に帰れるのはいつになるだろうか。

 そもそも、この命が尽きない間に、そんな機会はくるのか。


 と、思考がめぐると、また腹の底が寒くなってくる。

 だがそれが震えとなって現れるより先に、尻の下の床が、大きく揺れた。


「うッ――!?」


 さっきまでのゆるやかな揺れとは違う。芯を突くような強い衝撃。

 ズズズ……と構造物全体が歪む音がする。

 扉の外からけたたましいブザーが鳴り響き、機械的な音声が聞こえた。


『飛翔体接近。数(フタ)。各員戦闘配置につけ。繰り返す。各員戦闘配置に――』


 直後、放送を遮るように廊下から轟音が生じた。


「なっ、な、何があったんですか??」

「部屋の奥へ!」


 窓から顔を出した兵士が物々しく言い残して、同僚の元に戻っていく。

 少女は貼り付いて外の様子を見た。


「もうバレたのか! 上の状況は??」

「応答がない。いまのでやられたのかもしれん……」


 兵士たちは、横一列に並び、廊下の奥へ自動小銃を向ける。

 黄色い警戒ライトが暗闇をぼんやりと照らしている。


 その奥でなにかがフラリと動く。


「止まれ!」


 コツ、

 コツ、

 規則的な足音が、近づいてくる。


 暗がりで容姿は確認できないが、人の形をしているようだった。

 兵士の声を無視して、こちらに悠々と歩いてくる。


 まるで散歩でもしているかのように。


「――撃て!!」


 直後、銃声が響いた。

 バリバリとけたたましい金属音がして、大量の薬莢が床に跳ねる。


 しかし、人影は歩みを止めない。


 奇妙なことに、発射された弾丸は一発たりとも標的を捉えてはいなかった。

 まるで当たる直前、弾が自ら避ける(・・・)ように、あらぬ方向へと逸れていく。


「なっ……」


 動揺する兵士たちに、人影はふいに、片の手のひらを向けた。


 パチッ、


 指先で小枝を弾いたような乾いた音がさる。


「ゥ――?」


 直後、暗闇に光が瞬き、兵士の一人がくぐもった呻きを漏らした。

 その鎧に包まれた全身が、ブクリ――と急速に膨くらみ始める。

 装甲の継ぎ目から白い蒸気が漏れ、金属がミシミシと悲鳴を上げて、


「ゥ──ア────!」


 ボジュッ!!


 湿った音を立て、上半身を内側から破裂させた。


「なッ――!?」


 霧のように噴き出した血と肉片が床に散る。残った足だけが、金属の重みを伴ってどさりと倒れた。


「く、クソッ――!!」


 すぐさま残りの兵士らが銃を構える。

 だが既に人影は、冷たく手のひらを向け直していた。


 パチッ、


 短い音とともに、また一人の腹部が膨れ上がる。「うァァ――!?」装甲が歪み、関節部のカバーが裂けてピンク色の人工筋肉が露出する。


 直後、破裂音とともに赤黒い霧が吹き出し、残骸が膝を折って崩れ落ちた。


「ひっ……!」


 最後の兵士は、腰を抜かし、血溜まりの中で尻を引きずっていた。


「う……うぅう……!」


 足が震え、靴底が床の血で滑る。必死で立ち上がろうとする彼に、人影は無言で歩み寄る。


「や、やめ――」


「やめて――!!」


 扉越しの少女の悲鳴を遮るように、破裂音が通路に響き渡った。


「っ――!」


 人影は何事もなかったように、赤く濡れた床を踏み越え、扉の前に立つ。

 少女が反射的に後ずさった瞬間、捻れるような轟音とともに扉が吹き飛んだ。


 現れたのは、純白の鎧姿だった。


 大理石のような質感の甲冑。全身がくまなく覆われ、肌が見える箇所が一切ない。

 唯一、フルフェイスの兜の裾から覗く切り揃えられた黄土色の髪だけが、中身が人間であることを示すように小さく揺れていた。


「お迎えに上がりました」


 体温を感じさせない、中性的な声。

 無骨な篭手(ガントレット)に包まれた手をうやうやしく差し出してくる。


「っ……ぐぅ……」


 少女は唇を噛み締め、鎧の肩越しに廊下に散らばる兵士たちを見た。


「……ごめんなさい……」


 直後、彼女の右目を覆う眼帯が鈍い“光”を灯した。


 荒れた海原に揉みくちゃにされる輸送船の船体外板。

 その一角が、唐突に弾け飛んだ。


 大量の破片が海に投下され、船室の壁に生じた大穴から、激しい雨風が吹き込んでくる。


 少女は白髪をたなびかせ、その穴の縁に立っていた。


「ッウ……ぐっ……!」


 眼帯が、甲高い作動音を立てながら右目にくい込んできていた。眼球が押し潰されそうな激痛に思わず悲鳴が漏れる。


「うぅ……!」

「落ちれば死にますよ」


 少し離れた場所から白鎧が声をかける。その体には傷ひとつなかった。


「ッ……」


 少女は息を荒らげたまま、大穴の下に波打つ、どす黒い海を見下ろした。


「……よせ」


 こちらの決意を察知した白騎士が一歩踏み出した瞬間、穴から身を投げる。


 鼓膜を支配する風切り音。

 仰向けに落下する最中、身を乗り出す騎士の兜が見えた。


 その姿は呆気ないほどすぐに小さくなり――


「ッ――は」


 ――凄まじい衝撃が全身を強打する。


 目、鼻、口に大量の海水が流れ込み、軋むような痛みが頭蓋を突き上げる。

 思考の間もなく肺が詰まる。

 少女は意味もなく手足をバタつかせ、胸の当たりをまさぐり、やがて、ごぽりと大きな泡を吐いた。


 落ちていく――――。


 それきり彼女は脱力した。


 これでもう、誰も傷つかない。


 意識は閉ざされ、その小さな肉体は、荒れ狂う濁流の中に引きずり込まれていった。




「…………」


 しばらく水面を眺めていた純白の騎士は、もう何も浮いてこないのを確認し、穴の縁から身を引いた。


「まったく。手間がかかりますわねぇ」


 すぐ側で別の声が生じる。そこには先程までいなかった人間が立っていた。

 血みどろの殺戮現場と化したこの船には、とても似つかわしくない、小綺麗なローブを(まと)った女だ。


「……申し訳ありません」


 白騎士は振り向き、素直に頭を下げる。


「いいですわ。どうせ死んでいないのでしょうし……。

 せっかく“こちら側”に来たのに、すぐ終わってしまっては少しも面白くないもの」


「もう少し楽しめそう」目深に被ったフードの中で、女は冷たい笑みを浮かべる。


「……いえ。すぐに回収します」


 淡白に返した白騎士はその横を通り過ぎて、船内に戻る。

 少女と、彼らによって破壊し尽くされたそこには、おびただしい血の池と、兵士の死体の山が広がっていた。


「戻ってこい」


 右腕に着けた腕輪に吹き込む。

 ほどなく、頭上より雨風に混じって巨大な翼が羽ばたく音が近づいてくる。


 吹きさらしになった空間に、その生物は舞い降りた。


「ギェアアアアッ!!」


 グライダーのような鋼色の翼を器用に折りたたみ、頭を垂れる。

 ザラザラした鱗に覆われた生物の頭に、白騎士は手を当てた。


「少女を追跡しろ。見つけたら、頭部のみ持ち帰れ」


 返事が代わりの咆哮とともに、巨生物は飛び上がる。

 その姿はまるで、古くからの西洋伝説に登場する“竜”その物のようだった。


「わざわざ自分の騎竜を行かせなくても。この辺りの海にいる魔物(・・)を使えばいいのに」


 隣で女が皮肉っぽく言う。


「現地調達では操作精度が落ちます」


 曇天の中に消えていく竜を見上げた白騎士は、「でもそうなるとあなたが私の竜に乗るのよねえ?」という女を無視し、

 おもむろに左腕の篭手(ガントレット)に触れた。


 つるりとした表面に分割線が生じ、装甲が割れると、円柱ソケットに挿し込まれた紫色の水晶石があらわになる。

 白騎士はそれを引き抜くと、腰のポーチから同じ色形の石を取りだし、篭手に挿入。

 そして引き抜いた方を数秒眺め、海に放り棄てた。


 少女によって空けられた大穴から浸水し、船体は次第に崩れながら沈んでいく。

 剥がれ落ちる外板の破片に混じって、白騎士の投げた石が、水面に小さな波紋を立てた。


 そのすぐ近くでは、一隻(いっせき)の脱出(ボート)が音もなく戦線を離脱していくところだった。

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