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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1.5章 姉弟幼少編
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3 お母さん

 小学生女子のイケてる度を測る基準は色々ある。

 容姿、友達の多さ・質、趣味、習い事、学校での立ち振る舞い……等々。

 そしてなにより、最強のステータスは…………“彼氏”だ。

 アキラはついにそれを手に入れた。


 5年生……わりと早い方じゃない?


 学校からの帰り道。クスノキの街路樹が並ぶ整備された歩道。ランドセルを背負ったアキラの隣には、幼なじみのユウトが歩いている。

 いや、もうそんな呼び方はよそう。


 私の“彼氏”のユウトが歩いてる!


 アキラは内心舞い上がっていた。


「…………」


 ただ、二人の間には依然として気まずい沈黙が流れている。


「あらぁ、おかえりアキラちゃん、ユウトくん」


 通りすがり声をかけてくる近所のおばちゃんに「ただいまでーす……」とぎこちなく挨拶した。


 付き合うことになったは良いものの、アキラは当然、恋人ができたらどういう話をするとか、何をするべきという知識はあまりなかった。

 おそらくユウトもそうなのだろう。口をへの字に結び、真っ直ぐ前を向いて、アキラの方には絶対視線を向けられないという強い意志を感じる。


 なのでふたりは寄り道もせず、もう家の近くまで来てしまっていた。


「…………」


 だがアキラは焦っていなかった。

 前に隣クラスの男子と恋愛経験があるユミの助言を思い出していた。


『付き合っていきなりキスとかは引かれるから絶対NG! まずは軽いボディタッチ、手を繋ぐとこからだよ』


 ありがとうユミ……あんたのアドバイス。いま活きるよ。

 決意し、そっと手を近づける。

「……っ」指先が触れた瞬間、ユウトの顔がぎくりとこわばった。


「繋いでも、いい?」

「…………うん……」


 彼の手が、おそるおそる握り返してくる。男らしく握力が強くて、また驚くほど熱を持っていた。


「うわ、手汗やばいよ」

「うるせえよ……」


 住宅街を行き交う大人たちにバレないように、繋いだ手を隠しながら、ふたりは帰宅した。


 ふたりの家は居住エリアの中心から少し外れた、市営集合住宅のマンションにある。

 シェルターの住民には一家につき一室が、家族構成に応じて市から無償で手配される。


「じゃあ……また明日ね」

「ああ。また明日……」


 隣同士の部屋の前で別れるとき、ふたりは離した手を名残惜しく振りあった。


「ただいまー……」


 パタンとドアが閉まった瞬間、「はぁ~~」アキラは両手で顔を包み、玄関にしゃがみ込んだ。


「……積極的……すぎたかなぁ…………」

「なにやってんの。靴も脱がずに」

「はっ……??」


 頭上から声がして、慌てて飛び上がる。

「おかえり、アキちゃん」エプロン姿の母が不思議そうな顔で立っていた。


「お母さん?? もう帰ってたの??」

「うん。なに? そんな慌てて」


 アキラと同じ直毛のショートヘア、ジローと同じ大きな瞳に、眼鏡をかけている。

 母は第一層の研究部で働くエンジニアだ。いつもはだいたい少し残業して、この時間にはまだ帰っていない。


「あんたこそ、今日ちょっと遅かったね。またなんか仕事でも頼まれてたの?」


 エプロンの前かけで手を拭きながら、母は尋ねてくる。

「えっ……まぁ……うん」靴を脱ぎながら、とっさに目を逸らす。


「ま、アキちゃんがいいならいいんだけどさ……なんでもかんでも受け入れすぎちゃダメだよ? 教師ってのは、意外とそういう子どもを都合よく利用するからね」

「……何言ってんの」


 格言モードに入った母の横を通り過ぎ、スタスタと自室へ。

 2LDKの家は決して広くはないが、母、アキラ、ジローで三人暮らしする分には充分な広さだ。

 アキラの自室は弟と共有で、一応、間を移動式の壁で隔てている。


「ん……?」


 壁の隙間から覗き込むと、ジローはまだ帰ってきていない。

 まあいつもの事だ。どうせまた図書館にでもこもっているのだろう。


「まったく……」


 弟はいわゆる人とは違う変わり者だ。

 小さい頃からひ弱で、ずっと本ばかり読んでいた。いじめっ子に目をつけられてはアキラに守られるのが常だった。

 最近は「地上に出る」などと意味のわからないことを言い始めて、姉としては、学校でまた変な噂になるようなことはやめてほしい。


「お母さーん。今日晩ご飯はー?」

「んー? カレー」

「やったぁ。じゃあ手伝うー」

「じゃあってなによ」


 キッチンでは母が野菜を切っていた。人参、ジャガイモ、タマネギ。のみ。


「あれ、肉は?」

「ないよ」

「えぇ~?」

「仕方ないでしょ、“作ってる数”にも限りあるんだし、高級品なんだからね」


 このシェルターにおける肉とは、人工的な“培養肉”のことだ。

 牛や鶏は育てているが食用にできるほどの数はない。

 肉は栽培室で大量に育てられる野菜と違い、まだ技術的に、培養に手間がかかる貴重品だった。


 アキラはしばらく母と一緒に料理を手伝っていた。

 野菜を鍋に入れて煮込みを開始した頃、


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴って、時計を見るともう17時だ。


「……あいつ……5時までには帰れって言ってんのに……」


 アキラはため息をつき、エプロンを脱ぐ。


「ジロー呼びにいってくる」

「え? いやいいよー、すぐ帰ってくるでしょ」

「ダメだよ。甘やかしすぎ」


 靴を履いて、つま先をトントンと床に突く。


「私とお母さんにいっつも家事やらせて。今日こそはあいつにも手伝わせてやらなきゃ」

「ん……そう……じゃあ、お願い。気をつけてね」


 母はキッチンでタイマーをセットした後、わざわざ小走りで玄関まで見送りに来た。


「べつにいいのに……」


 毎回思い、毎回伝える。

 でも母は、たとえどんな些細な外出だろうと、絶対に見送りをやめない。


「よくないの。ほい」


 と、エプロンで拭った手のひらを差し出してくる。


「……ん……いってきます」


 アキラも仕方なく手を出し、軽くハイタッチした。「気をつけてね」もう一度かけられた声を背中に聞いて、家を出た。


 その直後のことだった。


「ッ……!?」


 腹の底を揺らすようなサイレンが街中に響き渡る。

 次いで、街頭スピーカーが切迫した音声を発した。


『緊急汚染警報。緊急汚染警報。第二層《居住エリア》に異獣が侵入しました。

 市民の皆様は速やかに防護服を着用し、避難を開始してください。

 これは訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません――』

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