1 地の底の姉弟
カンタン登場人物
・アキラ
お姉ちゃん。遅めの思春期。なぜかフィジカルが超強い。けど超ネガティブ。
・ジロー
弟。超ポジティブなショタ。フィジカル超弱いけどそれ以外はわりと万能。
薄暗い廊下、どこからともなく水滴の垂れる音がする。
低い天井の電灯がちかちかと点滅し、空気をただよう、無数の埃を照らし出す。
無機質なコンクリートの壁には、同じ大きさ形の扉が並んでいる。等間隔にどこまでも――。
「へっくし」
一人の少年が歩いていた。
大きな瞳に、短いくせっ毛、小柄で細っこい体格。
その手には杖をつき、片足を少し引きずっている。
「ふぁ……ホコリアレルギーが……。アキラー? まだ寝てんのー?」
彼はある扉の前で立ち止まると、声をかけながら開けた。
「はっ、ちょっとっ……!」
狭い室内の片隅で、少女が慌てて振り向く。
すらりとした背丈、ボーイッシュな短い黒髪。少年よりやや大人びた顔立ち。
「……おい、ジロー。ノックは」
猫目でキッとこちらを睨む彼女は、いま肌着姿だった。
「え? あァそっかごめん」
少年、ジローは特に慌てることなく扉を閉めた。
「何ッ回言わせんの? つぎ勝手に開けたらマジで殺すから」
「ゴメンって~忘れてたんだってば」
「じゃあ何回忘れるのよ。あんた覗きたくてわざとやってんじゃないでしょうね」
「そんなわけないじゃん。キモチワルイ」
「はあ??」
扉越しにやりとりを続けながら、少女、アキラはロッカーから防護服を引っ張り出す。
ごわついた有鉛繊維の袖に、しなやかな筋肉がついた肢体を通していく。
「誰が気持ち悪い体つきよ……」
「言ってないよそんなこと」
慣れた手つきで前のジッパーを引き上げると、各部の密閉を確認。防護マスクを手に自室を出た。
「この前の狩りで壊れてたとこは補強したよ。これでまた撃てると思う」
ジローの作業部屋にはすでに修理された猟銃があった。
古いレバーアクション式散弾銃。ジャンクパーツで幾度となく補修され、その原型はほぼ留められていない。
強度を上げるため各部が無骨な鉄板に覆われており、“銃”というより“鉄塊”とでも呼ぶべき外観だった。
「……ん」
が、アキラはその巨銃を難なく片手で持ち上げ、負い紐に肩を通した。
「銃はもうこれしかないんだから。次はあんな使い方しないでよ」
「わかってるわよ。弾は?」
「はい」
ジローから貰った弾薬、その他荷物をすべてリュックサックに詰め込み、アキラは廊下の最奥にやってきた。
そこは半円状のやや広けた空間になっている。
中央にひとつだけ、他とは明らかに違う、厳重な鉄扉がたたずむ。
ハンドルを回すとプシッという音で密閉が解放された。
中は簡素な小部屋である。物は何も無く、天井にのみ放水口が並んでいる。
《除染室》と呼ばれるその空間に足を踏み入れたアキラは、「いいわよ」と背後に声かけた。
「閉めて……ジロー?」
しかし返事はない。
「……なにしてんの」
見ると弟は、防護服を着かけた体勢で立っていた。
「今日は僕も手伝う! 大丈夫、もう子どもじゃないんだ」
軽い調子で言いながら、ブカブカの袖に細い腕を通す。サイズのあっていない防護マスクを着けようとしている。
「あんたはガキでしょ」
「そんなことない、もう12だよ」
「歳の話してんじゃないわよ。あんたは、“外”のことなんて何にも知らないでしょっつってんの」
「そりゃあ……出たことないんだから当たり前じゃん。だからこそ今日から知っていきたいんだよ。少しずつ!」
明るい光を宿した大きな瞳が訴えかけてくる。「……」直視してしまったアキラは、反射的に顔を背けた。
「とにかく……その足じゃ無理」
頑なに返すと、「ムゥ……」ジローは押し黙り、しぶしぶ後ずさる。
「じゃあ……死なないでよ」
代わりに手を差し出してきた。「……ん」アキラも手を伸ばし、いつものハイタッチをする。
それから鉄扉は閉鎖され、除染室は静寂に包まれた。
「……すぅ……」
何も無い空間の中心に立ったアキラは大きく深呼吸した。
「……ふぅ…………」
おもむろに防護マスクを被る。
壁の一箇所にポツンと設けられたスイッチを押す。すると、くぐもったブザーが鳴り響き、入ってきた内扉とは反対側の外扉が開いた。
その向こうには完全な闇があった。
文字通り、一切光のない世界が広がる。
シンと冷えた空気とともに、低いうなりのような音が、室内に流れ込んでくる。
背中がじわと汗に濡れる。アキラはもう一度深呼吸して、手元のライトを点けた。
その薄い光で暗闇をかき分けるように、扉の外へと踏み出していった。




