17話「心地よさに包まれながら」
「ごめんなさいね、気を遣わせてしまって」
「いえいえ。ちょうどこの前仕入れたばかりの茶葉がありましたので。せっかくですからどうぞ」
ヴィヴェルの母親とは、いつかは顔を合わせる時が来るだろうと思っていた。けれど、まさかこんなに早くその時が来るとは思っていなかったので、正直なところを言うなら驚いている。
ただ、不快かと言えばそうではなく、それはまた別の話だろう。
「すみません、ご迷惑お掛けしてしまい……」
「大丈夫ですよ」
「母はクリスティアさんに会いたいと言って聞かず……何だかもう、本当に、色々申し訳ないです……」
凛とした品性を感じさせる容姿でありながら初対面である私に対しても明るく親しげに話しかけてくれる――そんなヴィヴェルの母親に対して、個人的には、悪いイメージを抱いてはいない。
冷たい視線を向けてくるとか。
嫌みを言ってくるとか。
そういったことがないのであれば、こちらが彼女を不快に思う理由なんていうものは滅多に生まれないものだ。
「魔法薬、凄く効果があったわ! とっても効いてね、元気になれたの! だから今こうして笑っていられるのはすべて貴女の力ゆえよ。クリスティアさんは命の恩人だわ。救ってくれてありがとう!」
「少しでも力になれたなら私としても嬉しいです」
「クリスティアさんって一人でお店を営んでいるのよね? 凄く優秀な方だってヴィヴェルから聞いているわ。しっかりされているのね、尊敬するわ!」
胸の前で両手の手のひらを合わせながら欠片ほどの躊躇いもないような真っ直ぐな笑顔で褒めてくれるヴィヴェルの母親、その清らかな姿を見ているとこちらまで心が綺麗になってゆくかのよう。
「ヴィヴェルの症状を治してくださったのも貴女なのでしょう?」
「効果がありそうな魔法薬を提供しただけですが……」
「ありがとう! その件についてもお礼を言わなくてはね、ヴィヴェルの母として」
「そんな、要りませんよお礼なんて」
「息子を助けてくれてありがとう。本当に。母としても、貴女にとても感謝しています」
この人はなぜこんなにも清らかなのだろう。
考えれば考えるほどによく分からなくなってくる。
不思議さに満ちているというかなんというか。
常にこんなに真っ直ぐな美しい心を持っていられる理由が知りたい、なんて覆ってしまうほどだ。
……でも、そう思うのは、これまで心が汚い人に絡まれてきたからなのかもしれない。
他者を傷つけることを好む人。
他者を平気で貶めようとする人。
そういう人と多く関わってきていて、そのせいで、清らかな心を珍しいものと感じてしまうのかもしれない。
「お礼を言うべきはこちらかもしれません」
「どういうことかしら」
「ヴィヴェルさんにはいつも大変お世話になっています」
「息子が迷惑かけてしまっていないかしら」
「そんな。むしろ逆です。楽しく有意義な時間を過ごさせていただいています」
ああ、素敵だな、こういう時間……。
しみじみと思う。
家族と過ごす穏やかな時間の愛しさに今になって気づいた。
……いや、正しくは家族ではないし、そんなこと誤って口に出してしまったら失礼以外の何物でもないのだが。
けれどもふと想像するのだ。
もし自分にも家族がいたらと。
仲良しな家族がいて、皆で集まれる温かな空間があったとしたら、きっとこんな感じなのだろう。
棘も毒もない。
平穏そのもの。
綿菓子に包まれるような心地よさ。
そんな居場所があったとしたら、きっと、今のような心情で息をすることができていたのだろう。
幸せの形は想像するだけでも楽しい。たとえ実際に手の内にはなくとも。手に入れたところを想像して、空想を膨らませて、と。無関係な第三者から見ればくだらないことかもしれないけれど。でも案外そういうちょっとした瞬間こそが幸せを与えてくれるものだ。
「クリスティアさん! このお茶、とても美味しいわ!」
「本当ですか! それは良かったです」
「お茶を淹れる才能まであるだなんて凄いわね」
「褒め過ぎです……」
「うふふ。照れているの? 可愛らしい方ね。でも事実を述べているだけよ? すべて本心なの」
いつか手に入れたい。
いつか触れてみたい。
誰も傷つけ合うことのない、無垢なる世界に。
「次に来る時は美味しいお菓子を持ってくるようにするわね!」
「母さん……いきなり何回も来る予定にするのはさすがに……」
「いいじゃないべつに。というか、ヴィヴェルは関係ないでしょ。そこを決めるのはクリスティアさんよ」




