15話「穏やかな時間は愛おしい」
時の経過と共に雨が激しくなってきた。
水の匂いがじわりと広がって。
雨粒が木々や地面を叩く音の奥に時折雷鳴が響いている。
「お待たせしました!」
「そちらが?」
「はい! リラックス効果のある植物の葉を使ったハーブティーです」
お客さんに出す用のシンプルな白いティーカップに淹れたてのハーブティーを注いだものをヴィヴェルの目の前へ差し出す。
器の白と液体の緑がかった黄色、どことなくフレッシュさを感じさせる色合いだ。
やがてヴィヴェルは僅かに頬を緩め一瞬だけこちらへ視線を向けると「ではいただきます」と控えめな調子で言った。私は「美味しく淹れられていることを願って……」とやや冗談めかす。すると彼は意図を読み取ってくれたようで「美味しいですよ、きっと」とその面にもう一度笑みを浮かべてくれた。
店内の空気が一気に柔らかくなる。
外からの音の激しさとは対象的だ。
――そして彼はティーカップに口づける。
「とても良い香りです、美味しい……!」
ヴィヴェルは純粋な子どものような瞳で感想を述べてくれた。
「好みに合いました?」
「はい、とても」
心の奥にじんわりと広がる安堵の色。
「それなら良かったです。苦すぎるとかはないですか? やや濃いめに淹れてしまったかなとも思ったのですが」
「ちょうど飲みやすいですよ」
「本当ですか?」
「濃くなりすぎす、薄すぎず、ほどよい濃度で飲みやすいです。喉にも良さそうですね。柔らかなタッチの味わいなのでほっこりします」
母にも飲ませたいなぁ、と、彼はそっと呟いた。
「お母さまの分、お渡ししましょうか?」
一応提案してみると。
「そんな! いいですよそんな! もう色々お世話になっていて、これ以上お世話になるわけにはいきませんし!」
彼は少しばかり慌てた様子で返してきた。
「よければ味見用に、どうでしょうか?」
「で、では! 購入します! 買います! それならば少しは売り上げにも貢献できるかもしれませんし」
「分かりました。ありがとうございます。ではおまけとしてこっそり数を増やしておきます」
今度は彼が冗談を口にする番だった。
ヴィヴェルは「言ってしまうと、それはもうこっそりとは言えないのではないですか?」なんてさらりと言ってのける。
視線を重ねて、笑い合った。
こんな穏やかな時間がいつまでも続けば良いのに――今はただそんな思いだけが頭を満たしている。
いつかは治療も終わりの時が来るだろうか? そうすれば彼との関係は終わる? だとしたら……それは悲しいことかもしれない。魔法薬が効いて彼や彼の母親が健康になるのはとても嬉しいこと、でも、それとは別に。関わりが終わる時が来るとしたら、それは、どことなく寂しいことだ。いつ終わるのか? それともいつまでもこうしていられるのか? 未来のことなんて分からないけれど。
「いつもありがとうございます、クリスティアさん」
唐突にヴィヴェルが口を開いた。
「こうして共に過ごせる時間はわたしにとってとても尊いものです」
「え」
「クリスティアさんと同じ時を共有できることが幸せだな、と、最近ふと思うことがあります」
想定外の発言。
硬直してしまう。
「……クリスティアさん?」
改めて名を呼ばれて。
「はっ。……す、すみません。その、少し……驚いてしまって」
ここは正直に言うしかないだろう。
そう思ったから。
あれこれ言い訳せず取り繕うこともせず本当の言葉だけを発する。
「勝手なことを言ってしまいました、不快でしたら申し訳ありません」
「そ、そうじゃないんです!」
「不快では……ありませんでしたか」
探るような表情をさせてしまい罪悪感が生まれる。
「はい! もちろん、もちろんです! ヴィヴェルさんにそんな風に言ってもらえるなんてとても嬉しいですよ!? 嬉しいです! すみません、分かりづらい反応をしてしまって!」
だからこそ大袈裟なほどに本心を伝えた。
「……なら安心しました」
勘違いしてほしくない。
不快に思うことなどあるはずがないのだ。
「私も、こうしてヴィヴェルさんと過ごせて、とても楽しいです!」




