四月 『二度あったことは三度ありました』
翌日…ってまだだった。まだ四月二十六日のまま。記念すべき『赤井打倒記念日』である。今日の朝にこんなことやあんなことがあってこの呼び方になったわけだが…今日はまだ終わらないらしい。
昼休み。
僕は昼休みになると、雨や曇りなど天候が悪い日以外、いつも学校の屋上で桜の木の下のベンチに座りながら本を読んでいる。
「優君…? いた! 見つけたー!」
「…?」
僕が学校の屋上にいることを知っているのは院瀬見さんしかいないはずだけど…今のは院瀬見さんじゃないな。
優はそんなことを頭に浮かべながら、読んでいた本を置き、はずしていた眼鏡をかけた。
金髪のツインテールという、現在の日本に存在しているか否か――実際目の前にいるけど――の美少女が駆け寄ってくるのがわかった。 …ん? 泣いてる?
「ノア?」
「優君、優君! ゆうくーん!」
ノアは優の名前を連呼するなり、涙目で優の体に抱き着いた――否、頭突きをした。
「ぐふっ!」
威力やべえ! …ってあれ?
「…ん…」
あ、夢か。
優はぱちぱちと数回瞬きを繰り返し、今の状況を確認する。
僕は今仰向けで、学校の屋上にある桜の木の下のベンチに横たわっている?
えーと、だいたい夢の最初らへんと同じっぽいな。てことは…読書してる間に寝てしまってたらしい。春の日差しが気持ち良すぎたせいかも。
右手に本の感触が…いや本じゃない。これは…髪か?
優は自分の右手に視線を落とす。同時に目を見開いた。
僕の胸の上にノアの無防備な寝顔があった。こちらを向いている。なにこれかわいい…って、今日の僕朝からおかしくないか? …そして、その上に僕の右手が乗っている。
つまり、優の顔とノアの顔は互いに向き合い、さらに、とても近い距離にあるという状況だ。
「え? え?」
僕は突然の出来事に一瞬動揺した。
「…むにゃあ…ん……ん?」
いかん、起こしてしまった。さっきの寝顔超可愛かったのに…やばいやばいやばいやばい何考えてんだ僕! お前はそんなやつじゃないはずだ、僕!
ノアと目が合った。
「お、おはよう」
「っ!!」
ノアは一瞬にして顔を赤くした。まるでゆでだこのように…。
彼女は自分の頭の上に置いてある僕の右手にも気付いたらしく、みるみるうちに顔を赤くしていった。挙句の果てには頭からボンッ、と音を出してその場に倒れた。
「っ!! ノア! 大丈夫!?」
額に手を当てる。――かなり熱い。
「早く保健室に運ばなきゃ」
僕は仰向けになって倒れているノアをお姫様抱っこで保健室に運ぶことにした。
昼休みが終わるまでまだ時間がありそうだ。…さすがにこの熱はやばいって。
優はノアを抱きながら、駆け足で保健室へ向かった。
――ここで読んでいた本を忘れたまま。
約三時間前――二時間目の授業が終わったあとのことだった。
「あの、ノア? いきなりどうしたの?」
ノアが二時間目の授業のあとに僕の教室――三年三組の教室に駆け込んできたのだ。で、彼女は今僕が座っている席の前に立っている。
「うう…さっきのことだよ~」
「ああ、あれね」
「優君が私を守ってくれたこと」と、ノア。
「赤井の件が解決したことね」と、優。
「あ、ああ、そう、それね。僕がビンをキャッチできたやつね。はいはい」
そっか。ノアから見たらそっちの方が印象に残ったか。
「ゆうく~ん…ほんとうに、ありがとお…」
おいおい、ここで泣かないでくれよ。
「ノア、ちょっと来て」
「うん?」
「いいから」
教室を出てすぐの階段に来た。
「人目に付きやすいところで泣かないでね、ノア。で、何の用?」
「うん、あのときは…グスッ…死ぬかと思ったよぉ…」
「ああ、僕も焦ったよ。ビンをキャッチすることができてよかったよ」
こういうときどう続ければいいのかわからないんだけど…。
「だから…ノア、大丈夫だ。だからもう泣くなって。ノアの可愛い顔が台無しになっちゃうよ。そうしたらみんなと対面できなくなるでしょ? だからもう泣くな。前を見ようぜ」
…ってな感じにしてみたけど大丈夫かな。
「なんか…思った以上に普通過ぎて逆に涙止まったかも。でもまあ、ありがと」
あっ、はい。
「それに…すごく、かっこよかった」
「どこが?」
「あいつ…赤井さん、だっけ? 優君があの人にすごく叫んでたじゃん? あれ、すごくかっこよかった」
ノアは満面の笑みを浮かべた。
「あ、ごめんけど…それ忘れてほしいんだ」
瞬間、ノアの笑みが消える。
「え…?」
「あ、赤井に言い合いで勝ったことは別にどっちでもいいんだけど、僕が叫んじゃったやつをね、忘れてほしいんだ」
「なんで…?」
「あれ、完全に今までの僕じゃなかったろ。自分でもよくわからないけど…とにかく、忘れてほしいんだ」
「それじゃあよくわからないよ」
「ごめん…僕、俳優さんやイケメンさん方とは違ってぼっ…普通の中学三年生だからあまり――いてっ」
僕の額に当てられた、彼女のデコピンによって、言いかけてたことが途中で終わってしまった。
「別に謝らなくていいのに。それに、優君は普通なんかじゃないよ」
『ぼっ』をスルーしてくれてありがとう。あとデコピンて…いつの時代よ。
「そう…?」
「うん、だって…」
ノアは上目遣いで僕を見つめた。
「優君は私にとって特別、だもん」
なにこれ可愛い……って、僕何考えてんだ? 今日の僕朝からおかしいぞ…。
「…特別…か」
なんだか、あの人に似てるな。
「そう、特別」
ノアは繰り返した。
僕…ノアにとって特別になるようなことしたっけ。
「…ありがとう、ノア。…そういえば、そろそろ三時間目始まるよ」
「うんっ! ばいばい!」
彼女はこちらを見ながら手を振り、一組のほうへと帰っていった。
「…特別…か」
僕は今、ノアを両腕に抱えたまま廊下を歩いている。
なんとなく…なんとなくわかった気がする。『脈アリ』、『特別』。いつもいつも、僕の前で顔を赤くしたりしてて…。たぶん、そういうことなんだ。自分でこう思ってしまうほど、わかりやすかったのに。何で気付かなかったのだろうか…。
優は気絶しているノアの顔を見る。
ノアにも…異性として魅力的なところがたくさんある。なんて、僕が言えることじゃないと思うけど…それでも、可愛いと思う。ツインテールもよく似合っている。僕はなんて鈍感だったのだろうか。
「よし、着いた」
僕は保健室の前で止まり、ドアをノックする。扉を横にスライドして開けた。
「失礼します」
「はーい」
保健室の奥から先生の声が聞こえた。保健室へ入ると、先生がいる場所へと足を運ぶ。
「先生、篠崎さんが熱を出して倒れました」
「えっ? 大変! 早く彼女をベッドに寝かせて」
「わかりました」
先生の指示通りに、ノアをベッドに寝かせた。窓際のベッドだ。僕も昨日ここで寝ていた。
「あ、あなた倉ノ下君じゃない! 昨日のは平気なのね?」
先生は僕を見て驚いた様子で話しかけてきた。
「はい、なんとか。それと、僕のことはいいので、篠崎さんをよろしくお願いします」
「ええ、わかってるわ。でも聞きたいことがあるから待ってね」
「はい? なんでしょう?」
先生は、ノアの額に貼る冷えたシートを手に、『聞きたいこと』を口にした。
「篠崎さんは、どこで倒れたの?」
「屋上です。今日は気温が高いですし、快晴で日差しがすごかったので、ねむ…熱が出てしまったかもしれません」
危ない危ない。眠くなったって言いかけちゃった。
「ありがと。あともう一つ、篠崎さんの組は…一組で合ってる?」
「はい、合ってます。では、後はよろしくお願いします」
「はーい」
「失礼しました」
僕は一礼してから保健室を出た。
考えすぎかな。考えすぎたかもしれないな。さすがに無いよね。だって僕は普通…
『優君は普通なんかじゃないよ』
『優君は私にとって特別、だもん』
特別でも…特別だったとしてもそんなはずはないと思う。
ノアが、僕に惚れるなんて…ありえないよ…。
「ノア! ノア! 大丈夫か!?」
「…?」
誰かの声で私は目が覚めた。
「ノア! 起きろ!」
この声は…
「優君?」
目を開けると優君が私を涙目で見ている。
ここは…保健室?
「ノア!? よかった! 無事で!」
優はノアに抱き着いた。
「え? いきなり何を…」
「ノア、覚えてないのか? 赤井にビンを投げられて、ノアの頭に当たって気絶したんだよ!」
「っ!!」
ノアは目が覚めると同時に、がばっ、と上半身を起こした。
夢? 今のはいったい何だったの…?
「あら? 起きたみたいね」
「…?」
目の前には先生が立っている。どうやらここは保健室らしい。
「私は…いったいなんでここに…」
「三組の倉ノ下君がね、あなたを運んできたのよ。確か、昼休みが終わりそうなときだったわ」
ノアは時計を見た。
今は…二時。五時間目が始まったのかな? というより、私はなぜここに運ばれて――
『お、おはよう』
確か頭の上に優君の手が乗ってて…あのまま気絶しちゃったのかな…。また優君に迷惑かけちゃった。それに、恥ずかしいところ見せちゃったし…。
「熱はありそう?」
保健室の先生が口を開いた。
「たぶんありません。念のため体温計を貸してもらえませんか?」
「ええ、わかったわ。――はい」
「ありがとうございます」
私は先生から体温計を受け取った。
――ピピピピピピピピ。
私は保健室のベッドの上で体温計が計測した体温を見た。
「三十六度五分です」
「もう平気ね。…よかったわ、大事に至らなくて」
「はい、ありがとうございました」
「あ、そうそう。昨日もそこで倉ノ下君が熱を出したから…気を付けてね」
「わかりました」
だから昨日の給食前、教室にいなかったのね…。
ノアは廊下を出て、一礼してから保健室の扉を閉めた。
三年三組。
今は五時間目が終わったあとの業間だ。
僕はノアの容態を確かめるため、保健室へ行こうと思い、教室を出ようとしたら、
「優君? どこへ行くのですか?」
院瀬見さんが話しかけてきた。業間ではいつも本を読んでいる僕を不思議に思ったのだろうか。
「保健室へ行ってきます」
そう答えると彼女はきょとん、と首をかしげた。
「保健室ですか?」
「はい。一組の知り合いが熱を出して倒れたので」
院瀬見は驚いたように目を見開いた。
まあ…つい一昨日にぼっちって言ったばっかりだし、驚くのも無理はないかも。
彼女は微笑み、
「行ってらっしゃい」
と送ってくれた。
「はい」
僕は短く返事をしてから廊下に出た。
「あの二人を見てると夫婦っぽく見えるんだが…」
「俺も同意見だ」
「やっぱりあの二人付き合ってるんじゃないの?」
…と背を向けた教室からとうふ、わたあめ、そして千鶴の三人による誤解を招きやすい台詞が聞こえた。
あの三人ほんと仲いいな…。
優は肩をすくめた。
さて、一応、一組の前を通ってから保健室へ向かおう。帰ってるかもしれないし。
優は一組の前で足を止めた。
「あ、いた」
一組を覗くと、廊下側の一番後ろの席にノアが座っていた。
「ノア」
僕は教室に入らずに、そのままノアに声をかけた。
ノアは今の僕の声で気付き、席から立ち上がってこちらに駆け寄ってきた。
「熱は下がったの?」
とりあえず無事を確認する。
「うん。平熱だよ。迷惑かけちゃったよね?」
ノアはいつもより少し小さめの声で答えた。
「全然気にしてないから。じゃあ、また今度ね」
「うん、また」
ノアの状態は良いらしい。そろそろチャイムが鳴りそうだし、帰らないと。
放課後。
「一緒に帰りませんか?」
帰りの準備を済ませ、帰ろうとした僕に院瀬見さんが話しかけてきた。
これは…リア充の仲間入りかな?
「別に構いませんけど、いいのですか?」
「何がです?」
院瀬見は問いかけに問いかけを重ねた。
「僕と一緒に帰ることですよ。クラスの女子とは一緒に帰ったりしないんですか?」
「みなさん部活入ってるので、一緒に帰る友達がいないんですよ」
なるほど。
「ほかの方も誘ってみてはどうでしょう?」
「いいですよ。では、誰を誘いますか?」
二人は部屋を見渡した。
空閑さんが教室に残ってる。ちょっと聞いてみよう。
「空閑さんに紹介してもらってきます」
「わかりました」
優は院瀬見にそう言い残してから、空閑の下へ駆け寄った。
「あの、空閑さん。ちょっといいですか?」
「お? どうした倉ノ下」
元ぼっちが栗花落中学校一のイケメン(本人は気付いていない)に話しかけるという、なんとも感動的(あくまで個人の意見です)なシーンだろうか。
…ということはさておき、さっさと本題に入ろう。
「空閑さんって、どの部活に所属されてますか?」
遠回りの質問になったけど、ま、いいよね。
「俺は…部活入ってねえぞ?」
「え…?」
予想外の答えが返ってきたため、驚かずにはいられなかった。
空閑さんみたいな方って、だいたいサッカー部とかバスケ部に入ってるようなイメージがあるんだけど…そもそもの話だったか…。
「そんな驚くことか? ――ところで、俺帰る人いないから、一緒に帰れるか?」
誘う前に逆に誘われました。でもめちゃくちゃありがたい。好都合だ。
「はい、喜んで! というより、僕たちも探してたんですよ、一緒に帰る人」
「僕たち?」
空閑は怪訝そうな表情をした。
え? 他の人いちゃまずかった?
「えーと、もう一人は院瀬見さんです。いいですか?」
「院瀬見? 俺は全然構わないぞ」
「ならよかったです。三人でいいですね?」
「おう。じゃあ早速帰るか」
「はい!」
空閑は立ち上がり、優は院瀬見にオーケーサインを出し、二人とも歩き出した。二人が院瀬見の下まで来ると、三人で教室を出た。
「英さんがいたら、さらに楽しくなるかもしれませんね」
優はこの場にいない、優と同じ班の人を思い出す。
「そうですね」
「確かに。でもあいつ合唱部に入ってるからな…一学期の間は無理だろうな」
「遥ちゃんの代わりにはなれないけど…私もいいかしら?」
この場にいた三人の誰の声でもない声が、背中からかけられた。
そこには、僕たちより背が低く、髪型はボブショートの美少女が、一人だけ立っていた。
「ん? 一天満谷か? 俺はいいけど」
いて…いてま…なんて?
「まりり! 歓迎するよ!」
まりり? クラスメイトかな? 院瀬見さんならクラスのみんなと友達になってそう。あ、でもノアなんか二日でクラスの女子と全員話せるようになったって……女子のコミュ力恐るべし…。
「僕もいいですよ。さあ、帰りましょう」
四人で校門を出てから、まず、聞きたいことから聞くことにした。
「あの、すいませんけど、名前教えてもらっていいですか?」
「は…? さ、さすがお地蔵さんね…レベル高いわね」
優に意味不明な質問を唐突にされたため、彼女は優の聞き覚えのあるあだ名(?)を口にして、呆れた様子を示した。
お地蔵さんて…もしかして昨日のあれ…君だったのか。
「お地蔵さんだから仕方ないわよね。一度しか言わないから聞き逃さないでよね? 私の名前は一天満谷伊万里よ」
彼女は(なぜか知らないけど)胸を張って答えた。
「一天満谷…? めずらしい苗字ですね」
「そうよ、一天満谷よ。間違えないでよね?」
あれ? 先ほどの、一度しか言わない、って嘘なんですか?
「あ、でも一天満谷より伊万里って呼んでくれないかしら、お地蔵さん?」
思いっきり自分の名前連呼してるよね!?
「わかりました、伊万里さん。では、僕の呼び方も、お地蔵さんってのをやめてください」
「う~ん…じゃあ、ご主人様ってのはどうかしら?」
本当にそんな呼び方したいと思うんですか? いや、それ以前に、
「駄目です駄目です駄目です! それで呼ぶとなると、誤解を招きかねませんよ!?」
「そんなに否定しなくても…」
それがホントに駄目なんだよー! なんたって三組にはあの『勘違いセンター 誤解ジャー』(今名付けた)がいるんだよ! ちなみに、とうふとわたあめと千鶴のことです。
「お地蔵さん…倉ノ下優…地蔵…倉ノ下…地蔵…倉…」
変なあだ名思いつく前兆のオーラ出しまくってるんですけど!?
「思いついたわ! お優ん、おやっさんでどうかしら?」
その前の台詞ほとんど意味無かったな! お地蔵さんの『お』と『さん』、倉ノ下優の『優』を合わせてお優んか。僕の予想を遥かに超えすぎじゃないかな? しかもおやっさんて…なに考えてるのかわからないよ。
「もう、優でいいですよ」
「わかったわ、優ね。これからそう呼ぶわ」
あ、いいんだ。冗談でさっきのは言ってたのかな? これは難しい人に出会ってしまったもんだ。
「よろしくお願いします、伊万里さん」
「…思ったけど、その敬語、やめてくれないかしら? 私はタメ口のほうが話しやすいのよ」
お嬢様っぽい話し方する人がタメ口って言うと違和感感じるなあ。
「倉ノ下、無理しなくていいんだぞ?」
「そうですよ、別に変えなくたっていいと思います」
伊万里さんの提案に対して、空閑さんと院瀬見さんが心配してくれた。でも…
「…いや、大丈夫。僕は、タメ口でも平気だよ」
ここは思い切って提案に乗ることにした。
「そうか? 大丈夫か? なんか違和感すごいけど、まあ、頑張れ」
「…うん。だから院瀬見さんも、僕にもタメ口で話してくれないかな?」
院瀬見さんを見ながら言った。
「…うん。そうするね」
そのあとも四人で話しながら歩いた。そして、学校から出て一〇分ほど経過し、横断歩道を渡ったところで、空閑が足を止めた。
「俺、家こっちだからお別れだな」
「うん、わかった。気を付けてね。また明日、隼」
「ああ、また明日な、優」
先ほどの会話の中で、呼び方を変えることになった。だから、優は空閑さんから隼へ、院瀬見さんからすみれへ、伊万里さんから伊万里へと、呼び方を変えたのだった。
三人で歩き始める。
「優君、もう少しで家に着いちゃうね」
そこですみれがつぶやいた。
「そうだね、でも、今日の帰り道は楽しかったな。すみれと隼と伊万里のおかげだよ」
「すみれと優、二人とも何言ってるのかしら? まだ明日もあるじゃない。これからも、ずっと」
二人が続けて、その場の空気を和ませる。
今の伊万里の発言からすると…伊万里も部活に所属してないのかな。もしそうなら、三組帰宅部多いな。
「うん…毎日は無理かもしれないけど、みんなで話しながら帰れるよね」
「いきなりどうしちゃったのかしら?」
「ごめん…私もよくわかんない」
「なによそれ…」
伊万里は肩をすくめた。――微笑みながら。
そこで、すみれがアッ、と何かを思い出したような声を漏らした。そして、肩にかけていたかばんに手をつっこみ、すぐに取り出した。それは――
「優君にこれを渡すの忘れてた。はい、屋上に落ちてたの」
「これ、僕の本だ! いつ見つけたの?」
六時間目が終わって、この本を読もうとしたらどこにも無くて、焦ってたのを思い出す。
「昼休憩が終わる直前だったよ」
ああ、あの時ね。ノアを保健室に運ぶとき、忘れてそのまま置いてたのか…。
「ありがとう!」
「そう、屋上といえば、昼休憩が始まった直後に他のクラスの女子が優君の場所を訪ねてきて、それで教えたんだけど、何かあったの?」
あ、だから僕が屋上にいるってことがわかったんだね。
「ちょっと、用事があっただけだったよ」
てな感じで嘘ついちゃったけど…ノアはなんで僕のところに…あ、そうだったな。まだ確証はないけど、そんなことも考えてたっけ。
「そうなの? ならいいけど――あ、家に着いちゃった」
「ほんとだ。伊万里、僕たち家が隣だから、ここでお別れだ」
「あら、残念ね。じゃあ、また明日会いましょう、さよならー」
僕たちは伊万里の姿が見えなくなるまで黙っていた。
「じゃ、また明日。すみれ」
「うん、また明日ね。優君」
別れのあいさつを済ませると、二人はそれぞれの家へと足を踏み入れた。
「ただいま」
誰もいないけどもう慣れた。それに、今は友達がたくさんいる。八人でも、僕にとってはたくさんだ。なんか、楽しくなってきた気がする。いや、もう既に楽しんでるじゃないか。
学校に行くのが楽しい。初めてこんなことを思った気がする。まあでも…明日になにかあることは間違いないだろうな…。
翌日。
見事に、予想が外れました。今日は超普通の金曜日でした。学校通って、友達と話して、バイト行って、寝ました。
金曜日、これにて終了。土日はのんびり過ごすかな。と、思ってたら…
プルルルル、プルルルル――ガチャ。
誰だ? 電話なんて…。
「はい」
『もしもし、篠崎と申します』
「ノア?」
『あ、優君? 明日、スケジュール空いてる?』
「うん、空いてるけど…」
『じゃあ、その…ちょっとだけ買い物に付き合ってくれないかな?』
…え?
読んで頂いて感謝します。
感想、評価等お待ちしております。