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五月 『また勉強会ですか』

 今日はGW明けの月曜日。朝の学校だ。あと十五分もすればチャイムが鳴るだろう。

 なんかGWがすごく長かった気がするのは単なる気のせいではないだろう。特に三日目は長かった。家に人が大勢来たからかね。あとあの人が住むことになったのもあるかな。


「倉ノ下君の料理おいしかったよ~! それが毎日食べれるんだよっ! もう最高っ!」


 これが世にいう噂をすればというものらしい。さあ静かにしてくれないか。僕の名前を言いふらすんじゃない。変なこと考える人たちが出てくると思うから……


「へぇ~、いいなあクルミ。私もそっちで生活したいよ~」


 その声は……すみれか。久しぶりに聞いた気がする。いや待って、さすがに二人以上を家に泊めるのは流石に無理がある。まあすみれは家隣だからいいと思うけどなあ……まずクルミが家にいること自体おかしいから。


 珍しく優が他人の話に耳を傾けていた。

 一か月前までは友達〇人で、誰とも話すことのなかった優が、ある日を境にして友達を増やしていき、今では家で集まったりするなどの仲となっている。


「みんなも食べてみたらきっと驚くよ! 高級料理はともかく給食なんて話にならないくらいにさ!」


 それ以上言いふらさないでよぉ。それに高級料理下に見すぎじゃないか!? あと給食のおばちゃんに失礼なこと言わないで!


「そうよ! めっちゃおいしいのよ! 優の料理! やばいのよ!」

「わかる~! 食べたことあるのはまだ一回だけだけど、おいしかったなあ……」


 更に聞き覚えのある声が二つほど追加された。どちらもしっかり説明できていないためどのようなおいしさなのかは誰にも伝わらなかった。

 と、自身の席に座る優の近くに、ぬっと三つの影が近寄った。


「…………」


 優がその気配を察して本から目を離すと、目の前には男子三人が険しい表情をして立っていた。


「…………」


 優はその三人の顔をじっと眺め、言葉が出てくるのを待つ。が、三人とも黙ったまま、口を開こうとはしなかった。


「どうしたの? 三人とも――」

「倉ノ下」


 先に優が声をかけたが、三人のうちの一人、通称とうふが口を挿む。


「倉ノ下……お前、勉強得意だったよな……」

「わかんないけど、できるほうだと思う」

「なら……くっ…うぅ…」


 とうふが何かを言いかけたところで、突然、唇を噛みしめてその場にしゃがんで唸り始めた。


 いやなんの演技?


「倉ノ下……頼みがあるんだ」


 次に、二人目、通称わたあめが口を開く。


「俺らに……がはっ…く…ぁぁ…」

「…………(チラッ)」


 わたあめも同じく唸り始めたが、優はなんとなく察しがついてきたので、最後に残った隼を見た。


「優。こいつらに勉強を教えてやってくれ」


 台詞は予想していたものの、未だ演技の目的が読み込めない優は、険しい顔を保ったままの三人を見渡して問うた。


「なんで隼は一緒に演技しないの?」


 この瞬間、三人は同時に思っただろう。「いやそこぉ!??」と。


「い、いや、まあいろいろあってだな。あれだ。今月中間テストあるだろ?」

「そうだね」


 三年生最初の定期テストである、一学期中間テストの存在を明らかにした隼の問いを、優は肯定で返す。


「それでさ、こいつら俺んとこに今と同じようなことしてきたから、他の人に譲ってやろうかと……いや、優なら引き受けてくれるかと思ったわけよ」

「譲らなくていいから」

「そこをなんとか……」

「……とうふ、なんでこんな演技(変なこと)してまで頼むの?」


 優は一旦質問の返答を置き、代わりにとうふに尋ねる。


「……俺とわたあめさ、勉強ができないんだよ。でさ、このクラス頭いい人いっぱいいそうだったから、教えてくれそうな人に声かけてたんだ」

「そういうことね……あ、その期間とか決まってる?」

「ああ、今日の放課後から誰かの家でやろうかと思ってたんだ」


 ごめん。実は今、そういうわけにはいかないんだ……


 優はあまりばれたくない私情により、心の中で謝ると、一人の生徒が頭に浮かんだ。


 よし、彼女なら。


「なら、すみれでいいんじゃないかな」

「院瀬見さん?」


 今度はわたあめが顔を上げた。優はそれを聞いて頷くと、


「うん。すみれは勉強できるし教えるのも上手だから聞いてみてよ」

「どうしたの? 優君」


 左から声が掛けられて左を向くと……いつの間に立っていたのだろうか。そこには長い髪を垂らした美少女……すみれの姿があった。


「あれ、戻ってきてたんだ」

「うん。もうすぐチャイム鳴るから。ほら」


 すみれが指を差した先にある教室の時計が、八時二十五分を示していた。あと五分で朝礼が始まる。

 彼女は自分の腕を引っ込めると自席に腰を下ろした。それを見た隼も、すぐ近くの自分の席に座る。


「さっき私の名前が聞こえたんだけど、気のせい?」

「いや、僕が言ったんだよ。頼み事で」

「頼み事?」

「うん」


 優はそう言うと、立つ動作まで全く同じとうふとわたあめに感心しつつ、二人を見た。つられてすみれも二人を見る。


「この二人が、再来週の中間テストに備えて勉強したいらしいんだ。それで、教えてくれる人を探してたから、すみれならやってくれるかなあと思って」

「なるほどねえ……」


「「「「ところで、優君(優)(倉ノ下)は教え(てくれ)ないの?」」」」


 まるで混成二部合唱のように見事なハモり具合で、四人が優に尋ねた。そして、四人とも不思議な顔などせずに、優を見たままだった。


「どう返していいかわかんないよ!! ……はい、私情です」


 ついに言ってしまった。

 ちなみに私情というのは、今日のバイトのことだ。ここ一週間ほど行ってなかったため、今週は頑張ろうと優は密かに心に決めていたのだ。

 別に最近出てないから出番を増やすためというわけではない。決して。まったく。これっぽっちも。


「私情?」

「む……」


 当然だが、隼に聞き返されてしまったため口をつぐんでしまった。彼らには(すみれを除く)バイトのことは秘密にしているから、絶対に知られてはならない。

 優のその顔を見て察したのか、隼は「大事なことなんだろ?」と付け加えて続けた。


「それなら院瀬見さん、君に任せていいかな?」

「……うん、私はいいけど……」

「ごめん。…少なくとも今週は無理かも。来週からなら付き合えるから、」

「気にすんな。俺も参加するから。――それでいいな?」


 隼がとうふとわたあめの二人に確認をとると、


「十分だ! ありがとうな!」

「俺、このクラスでよかったよお……みんなサンキューな」


 それぞれ異なるが、異論はないらしい答えが返ってきた。


「それじゃあ後のことは……」


 と、隼が仕切り直したところでチャイムが校内に響いた。


「……っと、放課後にしとくか」

「おう! 本当にありがとな!」

「ああ! マジでありがとな!」

「うん、よろしく」


 四人の声が散った後、優は安心した様子でその後の授業に臨んだ。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、一度家に帰って支度を済ませた優はすぐに目的の場所へと向かった。

 ――『(おも)にケーキ その他諸々』。相変わらず人気(店もだが店長でもある)の絶えない店だ。


「こんにちは。お久しぶりです」

「一週間ぶり……かな?」

「こんにちは、優君」


 裏戸から店内に顔を出すと、いつもと変わらない甘い香りが優の鼻をつついた。それにいつもと変わらない面子で迎えられた。

 優はサッと店の服装に着替えると、店長のところまで歩く。


「店ちょ……」


 レジ前まで差し掛かった時に、優は目に入った光景に思わず身を退いてしまった。傍から見れば、優は人の手から逃げる蚊のような速度で隠れていただろう。

 優が身を隠す必要があった理由、それは――


「これ可愛いー! ほら、これこれ」

「ほんとだ! 私これにする! お姉ちゃんは?」


 姉妹揃って容姿が整っており、更に姉は金髪、妹は蘇芳色(すおういろ)の髪をしたハーフの二人。そのせいか、外ではいくつもの視線をかき集めている。仲が良く、二人で出掛けることが多いと聞いたことがある。

 ――篠崎ノア、篠崎千穂理の二人だった。


 その二人が、偶然この店で買い物をしていたのだ。危うく、見つかるところだった。


「私は……これにする」

「なにそれ?」

「見たらわかるでしょ。カスタードクリーム入りのシュークリーム」

「う~ん、やっぱこれ変えようかな~?」


 千穂理はノアのシュークリームを見て少し迷い始めたようだ。

 この店はどの商品を選べばよいか、非常に迷うものばかり並べられている(女子店員調べ)から、無理もないだろう。


「ゆっくり決めなよ。今日は何にもないんだし」

「うん、そうする」


 そういえば今日は部活動無い日なんだっけ……どうしよう。あ、吉野さんに聞こう。

 吉野さん――吉野香は、店長の同級生であり、幼馴染でもある。彼女はこの店の副店長的な立場なので、尋ねたらおそらく答えてくれるだろう。

 優は、当分店長と顔合わせできないことを悟ると、作業場の先輩達のところへ向かった。



「あの、吉野さん」

「どうしたの?」


 いつもと同じく集中しまくりながらケーキの装飾に精を出している吉野に、優は申し訳なく思いながら声をかけた。


「今知り合いが店内にいまして、店長に声を掛けれないので何をすればいいか困ってます」

「簡潔に説明してくれてありがとう。えっとね、今日は前と同じで和菓子作ってもらおうかな」

「わかりました。任せてください」

「くらのっち、今週はどれくらいここ来るの?」


 途中で口を挟んできた女性は、堀北沙耶だ。高校二年生で特徴は……うるさい……

 

「できれば月から金まで来ます」

「いいねっ」


 彼女は親指をビシッと立て、いつもの笑顔でナイスサインを出してくれた。


 ◇ ◇ ◇


 お菓子の作成過程などは無言なので省かせてもらう。


 和菓子作りに手を付けてから約二時間が経過し、優はそれを確認して手を休めることにした。ずっと接客をしている店長とレジ当番を交代させてもらうつもりでもある。

 流石にもうあの二人はどこか別の場所に行ってるだろう。


「ふぅ……」


 優は手を洗いなおして一息行くと、店長の下まで歩き始めた。

 未だにレジの前で立っている店長が視界に入り、声を掛けると、


「店長、あの」

「ん? どうしたんだい?」

「レジ打ち僕と交代させてください。店長は休憩でも挟んでいただければと……」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」


 店長は遠慮なくそれを受け止めると、僕に背中を向けて姿を消した。


「さて、今週も頑張るぞ~」


 夕方の六時を過ぎ、それでもまだ青と白で染まっている空が、僕の台詞を応援しているように感じられた。

最近短くて申し訳ないです。

毎度読んで下さってありがとうございます。

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