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女学生  作者: 如月蓮月
2/5

02

 乗り口には、木で出来た舟二隻と、それぞれそれの番をする老人二人が居た。

 男はまるで機械の様にぎこちない動きで舟の前に立った。老人はそのぎょろぎょろとした宇宙人のような目で、男のことを睨む。恐らく、自分のような醜い男が、女学校になんの様だ、とでも言いたいのだろう。

 男はふぅ、と息を吐き、自分を落ち着けると、その掠れた声を絞り出した。

「……この船に、のせては……くれないか」

 老人は何も言わずにまた男のことを見る。

 男のことを嘗め回すように見つめた後、彼のことを怪しみつつ声を出した。

「あそこは……男人禁制じゃ」 

 ぎょっと男はする。これでは自分は、男人禁制の女学校に行きたがってる、不審者ではないか。

 男は間誤付いた後、自分の手に握られていた風呂敷を徐に突き出した。老人に。

 はじめ、老人はぼんやりとその風呂敷を見ていたが、そのまま男が固まってしまっているのを見ると、顔を顰め、眉間にしわを寄せた。この男は、一体何がしたいのだ。そう言いたげに。

「……いも、いもっとが……家に忘れ物して……」

 老人の眉間に寄せられていた皴が一層深くなる。

 老人はゆっくりと手を持ち上げると、男の背後を指差した。

 其処には、まるでお化け屋敷のような、木で出来た、古めかしい建物がある。

「此処は全寮制じゃ……ほれ、其処に建物があるじゃろうに」

 その言葉を耳に入れた途端。男は、目にも留まらぬ速さで走り出していた。

 これでは自分は、本当の本当に不審者ではないか。

 男は家まで引き返してから、自分の手に、風呂敷が握られていない、ということに気が付いた。

 しまった。男は頭を抱え、あの船着き場の様子を思い浮かべた。

 あそこの、それもあのジジイのところへ置いてきてしまったのだ。

 男はがっくりと肩を落とし、家への道を、とぼとぼと歩んだ。 

 

 が、逆に考えてみてはどうだろう? 男の脳裏に、そんな声が響いた。

 俺は、侵入こそ至らなかったものの、あの少女の学校を特定した。寮と学校間の道をうろうろしていれば、いつか、彼女と巡り合えるのでは。 

 そう考えるが否や、男の足取りは重い、どんよりとしたものから、軽やかかつ、ランランとしたものに変わった。


 男は家に帰って、一枚の画用紙を取り出した。 

 包丁や食器などが乱雑に置かれている卓袱台の上を整理して、画用紙を置く。

 そして、鉛筆と、線引きを利用して、自宅、少女の学校、少女の通う寮周辺の地図をサラサラ、とその紙に書いた。

 それは、お世辞にもうまい、とは言えない地図だったが、男にとっては上手い下手はどうでもよかったのだ。

 男は嬉々として、今度は筆立てから青色鉛筆を手に取ると、自分なりに考えた道すじをそれに書き込む。

 まず、自宅から女子寮へ向かう。そうして、少女を探し出し、隙を伺う。

 もし彼女が一人で歩いていたり、何処か人気のないところに駆け込んでいったりしたら、声を掛ける。

 其処まで考えて、男は思考を取りやめた。 

 ――声を掛けて、一体どうするというのだ?

 男は、自分の気持ちが萎えるのを感じた。一体全体、あの美しき少女に声を掛けて、一体何をしよう、というのだ。

 彼女に自分の思いの丈を伝えようか? 

だめだ。こんな醜い男に告白されたところで、彼女が困るだけだ。

 それとも、彼女に名前と住所でも聞いて、友人になろうか? 自分のような醜い男が友人だ、と知れたら、彼女はきっと虐められてしまうだろう。

   

 ――自分は、一体何がしたかったのだろうか。男は茫然自失して、目の前に広がるちぐはぐでぐちゃぐちゃな地図を視認した。

 さっきまでとても素晴らしく見えたはずのそれが、今ではただの汚らしい紙切れに見える。

 男はそれを徐に手に取ると、ぐちゃぐちゃに丸めた。そしてそれを自分の視界から消そうと、近くにあるごみ箱に、ぶっきらぼうに投げ込んだ。

 

 何とも言えないほどの脱力感が、男を襲う。

 男は小さな唸り声をあげると、すぐ傍に敷きっぱなしになっている布団に、身を包んだ。

 がっくりと首を垂れ、大息を吐く。


 今までの自分は、一体全体、何に浮かれていたのだろうか。男は布団の中で縮こまりながら、男は肩を落とす。

 美しい少女を見つけた。それは解る。しかし、その少女の学校を特定して、一体全体どうしようというのだ。

 男は自分の浅はかさを、心から嘆いた。自分の頭の悪さに、がっかりした。けれども、脳裏にはしっかりと、あの少女の麗しく、かつ愛らしい笑みが焼き付いている。

「あああああああああああっ!!」

 苛立って男は、自分の上にずっしりと圧し掛かる掛け布団を、勢いよく振り払った。途端、冷ややかな北風が、男の背中を撫でる。

 男は背中を丸めた後、スヤスヤと寝息を立てて眠りについた。北風は今も尚、ぴゅうぴゅうと音を立てている、というのに。


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