02
乗り口には、木で出来た舟二隻と、それぞれそれの番をする老人二人が居た。
男はまるで機械の様にぎこちない動きで舟の前に立った。老人はそのぎょろぎょろとした宇宙人のような目で、男のことを睨む。恐らく、自分のような醜い男が、女学校になんの様だ、とでも言いたいのだろう。
男はふぅ、と息を吐き、自分を落ち着けると、その掠れた声を絞り出した。
「……この船に、のせては……くれないか」
老人は何も言わずにまた男のことを見る。
男のことを嘗め回すように見つめた後、彼のことを怪しみつつ声を出した。
「あそこは……男人禁制じゃ」
ぎょっと男はする。これでは自分は、男人禁制の女学校に行きたがってる、不審者ではないか。
男は間誤付いた後、自分の手に握られていた風呂敷を徐に突き出した。老人に。
はじめ、老人はぼんやりとその風呂敷を見ていたが、そのまま男が固まってしまっているのを見ると、顔を顰め、眉間にしわを寄せた。この男は、一体何がしたいのだ。そう言いたげに。
「……いも、いもっとが……家に忘れ物して……」
老人の眉間に寄せられていた皴が一層深くなる。
老人はゆっくりと手を持ち上げると、男の背後を指差した。
其処には、まるでお化け屋敷のような、木で出来た、古めかしい建物がある。
「此処は全寮制じゃ……ほれ、其処に建物があるじゃろうに」
その言葉を耳に入れた途端。男は、目にも留まらぬ速さで走り出していた。
これでは自分は、本当の本当に不審者ではないか。
男は家まで引き返してから、自分の手に、風呂敷が握られていない、ということに気が付いた。
しまった。男は頭を抱え、あの船着き場の様子を思い浮かべた。
あそこの、それもあのジジイのところへ置いてきてしまったのだ。
男はがっくりと肩を落とし、家への道を、とぼとぼと歩んだ。
が、逆に考えてみてはどうだろう? 男の脳裏に、そんな声が響いた。
俺は、侵入こそ至らなかったものの、あの少女の学校を特定した。寮と学校間の道をうろうろしていれば、いつか、彼女と巡り合えるのでは。
そう考えるが否や、男の足取りは重い、どんよりとしたものから、軽やかかつ、ランランとしたものに変わった。
男は家に帰って、一枚の画用紙を取り出した。
包丁や食器などが乱雑に置かれている卓袱台の上を整理して、画用紙を置く。
そして、鉛筆と、線引きを利用して、自宅、少女の学校、少女の通う寮周辺の地図をサラサラ、とその紙に書いた。
それは、お世辞にもうまい、とは言えない地図だったが、男にとっては上手い下手はどうでもよかったのだ。
男は嬉々として、今度は筆立てから青色鉛筆を手に取ると、自分なりに考えた道すじをそれに書き込む。
まず、自宅から女子寮へ向かう。そうして、少女を探し出し、隙を伺う。
もし彼女が一人で歩いていたり、何処か人気のないところに駆け込んでいったりしたら、声を掛ける。
其処まで考えて、男は思考を取りやめた。
――声を掛けて、一体どうするというのだ?
男は、自分の気持ちが萎えるのを感じた。一体全体、あの美しき少女に声を掛けて、一体何をしよう、というのだ。
彼女に自分の思いの丈を伝えようか?
だめだ。こんな醜い男に告白されたところで、彼女が困るだけだ。
それとも、彼女に名前と住所でも聞いて、友人になろうか? 自分のような醜い男が友人だ、と知れたら、彼女はきっと虐められてしまうだろう。
――自分は、一体何がしたかったのだろうか。男は茫然自失して、目の前に広がるちぐはぐでぐちゃぐちゃな地図を視認した。
さっきまでとても素晴らしく見えたはずのそれが、今ではただの汚らしい紙切れに見える。
男はそれを徐に手に取ると、ぐちゃぐちゃに丸めた。そしてそれを自分の視界から消そうと、近くにあるごみ箱に、ぶっきらぼうに投げ込んだ。
何とも言えないほどの脱力感が、男を襲う。
男は小さな唸り声をあげると、すぐ傍に敷きっぱなしになっている布団に、身を包んだ。
がっくりと首を垂れ、大息を吐く。
今までの自分は、一体全体、何に浮かれていたのだろうか。男は布団の中で縮こまりながら、男は肩を落とす。
美しい少女を見つけた。それは解る。しかし、その少女の学校を特定して、一体全体どうしようというのだ。
男は自分の浅はかさを、心から嘆いた。自分の頭の悪さに、がっかりした。けれども、脳裏にはしっかりと、あの少女の麗しく、かつ愛らしい笑みが焼き付いている。
「あああああああああああっ!!」
苛立って男は、自分の上にずっしりと圧し掛かる掛け布団を、勢いよく振り払った。途端、冷ややかな北風が、男の背中を撫でる。
男は背中を丸めた後、スヤスヤと寝息を立てて眠りについた。北風は今も尚、ぴゅうぴゅうと音を立てている、というのに。




