01
男はそう居ないであろう程の醜男で、あった。
これといって良いところもなく、男女関係なしに嫌われ、誰にも望まれず、褒められないままに生きてきた。
男はいつも考える。
――どうせ皆、俺のことを嫌うのだ。俺のことをこの醜い醜い容姿だけで判断し、気味悪がり、嫌うのだ。だったら俺も、皆のことを嫌ってやろう。ありもしないレッテルを貼り付け、嫌いぬいてやろう。
そう男は考え、今まで人間と……親以外の人間とは殆ど関わらず、関わったとしても過度な干渉はせず、ただ一人で生きて来た。
そんな、ある日の事である。男は風呂敷を片手に、町中を徘徊していた。
特に、これといって目的があるわけではない。今日は日差しが良いから、母親に荷物でも送ってやろう。そう考えて、男は郵便局に足を向けていた。
男は不意に、とある路地裏で足を止めた。自分の数メートル先を、一人の女学生が歩いている。
その女学生は友人とではなくひとりぼっちで、此方を気にすることなくゆっくりと歩いている。そのことに少し、ほんの少しばかり苛立った男は、足を速めると、その女学生のことを抜かそうとした、が。女学生の横で、男は思わず足を止めた。口をあんぐりと開け、間抜けな声を漏らす。
「――あ」
それは何故か? 答えは単純である。その女学生は、あまりにも麗しく、あまりにも美しかったのだ。その女学生の姿を見た時、自然と、男の胸はトク、トク、トク、と音を立て――今までに男が感じたことのない程までに高鳴った。
まるで濡れ烏の羽色の如き黒髪、パッチリとして、常人よりもよっぽど大きな、周辺の景色を映す瞳。そして、それの美しさを引き立てる長い睫。
その少女は、このごろ流行りのファッション・モデルなどよりもよっぽど美しい球体人形のような体に、どんな女優が束になっても敵わないであろう美しい顔立ちをしていた。
生まれてからこの方、女に恋をしたことのない男は戸惑った。まるで非現実的な少女の美貌に。そんな美貌に魅せられている自分に。
男がボンヤリと少女の事を見つめていると、少女は突如、男の方を振り向いた。
暫く少女は、訝しんで男のことを見ていたが、男が、その場で間誤付いているのを見ると、申し訳なさそうに顔を顰め、ぺこり、と頭を下げて、その場を足早に立ち去った。
それを見た男は軽い感動さえも覚えた。少女は、あの少女は、容姿のみならず、性格さえも美しい。あの年頃の娘だったら、きっと自分を怪しみ、俺が何かしようとしなかろうと、不審者よ、とでも言いながら俺が逮捕される様に仕組んだだろう。しかし少女は、それをしなかった。彼女には、無害なものと有害なものを見分ける、賢明さがあった。
どれだけ完璧な人間なのだ、彼女は。男は感動と感激とで、涙を流しそうだった。いや、実際流した。容姿も美しく、性格も良し、賢明さもある。あぁ、少女は女神のようだ。
男は立ち上がると、普段とは考えられないほどの早さで、付近にある高等学校へと向かった。男の記憶が正しければ、少女はセエラー服を着ていた。黒と赤で纏められた、薄暗い雰囲気のセエラー服を。
それが、それが本当に正しければ、少女がこの付近の学校に通う女生徒だ、ということは確然的だった。
男は校門の前に立つと、学校の敷地内に入っていく女生徒の顔を、さりげなく、出来る限り悟られないように、ひとりひとり覗いた。
「あっ」
男は思わず息を吐いた。其処に居たのは、少女と同じ艶やかな髪を持つ少女。男は駆けていくと、その少女の顔を垣間見た。
しかし、其処に居たのは、不美人、という言葉の良く似合う女生徒、であった。
男は歎息を吐いた。
あの少女と比べれば、ただでさえ醜女なこの女生徒の顔も、一段と酷い物に見える。
男は目の前に居る女生徒に詫びを入れると、その場を立ち去った。あの女生徒を見て気が付いたのだが、あそこの高等学校のセエラー服と、あの少女が着ていたセエラー服とでは、デザインが大幅に違う。
基本的な作りは同じだが、色合いが違う。
男が先程行った高等学校のセエラー服は、青と白の麗らかな色合いをしていた。が、男が探している少女が身に纏っていたセエラー服は、黒と赤のおどろおどろしいような、薄暗い色合いのものなのだ。
男は落胆の息を吐いた。少なくとも男は、あそこ以外に高等学校を知らない。何処に有るのかはおろか、どんなものがあるのかさえ知らない。
意気消沈して、男は近くの土手に座りこんだ。
さらさらと流れる小川を、古き良き渡し舟が、流れていく。そんな他愛のない景色に、ふと男は目を留めた。
その渡し舟に、二、三人ほどの女学生が乗っている。
男は目を凝らして、その女学生たちに服装を見た。黒色のセエラー服。赤色のリボン。
これだっ! 男は大声を上げると、その場で立ち上がり、渡し舟の行く先へと目をやった。
それは……川の先にある湖……そしてその中央に位置する小さな孤島……であった。其処には、茶色い古めかしい建物と、それを隠す様にして立ち憚る、森林……その二つのみがあった。
男はじっ、とその孤島を睨み付け、渡し舟が孤島に着き、女学生たちが森の中にかけていくのを見送った。
――あぁ、あの森の奥に、女生徒が……いや、あの少女が居る。
そう考えただけで、男は行動せざるおえなかった。
男はたたたっ、と足音を立てて駆けだすと、渡し舟の乗り口へ足を向けた。