エピローグ(1)
「起きなさいって、朝よ朝。遅刻するわよ、ちーこーくー」
夏希は健斗の体をゆさゆさ揺らすが、目覚めるどころか呼吸のペースも変わりはしない。
今日も幼なじみの眠りは深いようだった。というより、いつもよりも反応が鈍い。
それも仕方ないかな、と思った。モニター越しに見た、大吾との熱戦を繰り広げている健斗はとても楽しそうだったが、同時に疲労の色も濃かったように見えた。休憩を挟んだあとは普段通りに振る舞っていても、やはり疲れは溜まっていたのだろう。
(今日くらいは、優しく起こしてあげようかしら)
昨日の昼休みに林の動物たちに向けて頭を下げた大吾を思い出しながら、そっと健斗の頬を撫でる。あの侮辱は謝ったからといってすぐに許されるものではないが、健斗が何かを言う前に制服が汚れることも厭わず地面に足と額を擦りつける様には感心すら覚えた。自分と健斗はおろか、動物たちさえも大吾を許していた気がする。後者に関しては自分の気のせいかもしれないが、健斗も同じことを言っていたので多分そうなのだろう。
(それはそうと、どうしたもんかしらねー……)
自分(と春香)の健斗への想いが全校生徒の大半に伝わってしまい、昨日は知り合いや新聞部たちからひどく質問攻めに遭った。どうにか逃げ切れたが、立て続けに疲労が重なり、おかげで昨日の部活は集中できず、部長から休めとまで言われてしまった。
結局目の前の男に聞きたいことを聞けていない。健斗のことだから自分の意思でしてはいないのだろうが、自覚があるかどうかだけでも問い詰めたかった。しかしこの幸せそうな寝顔を見ると、そんな思いは吹っ飛んでしまう。
それどころか――自分もしたい。そんな欲求が胸の内に湧く。その光景を想像するとやはり恥ずかしく、顔を抑えてしまうが……負けたくないとの思いが夏希の背中を押した。
そっと健斗の頬に手を添えて、首筋にかけて優しく撫でる。今からしようとすることに対して、緊張し、夏希は息を呑んだ。
自身の長い髪が垂れ、健斗の顔にかかる。やはり起きる様子はない。
もう一度ゆっくりと頬を撫でる。やはり、まだ起きる様子はない。
深呼吸して、息を整えて。夏希は健斗の顔に向かって、ゆっくりと顔を近づけ――
そっと唇を重ね合わせた。




