5章 決戦 健斗VS大吾(5)
『まだ誰も相手に遭遇できてないようです! 最初に戦うのは誰になるのでしょう!』
「うーん、やっぱり校庭は開けすぎてて誰もいないわね」
「……あっちの方にならいるでしょうか?」
「とりあえず探してみるしかないわね」
春香と並び、テニスコートの方に向かって歩く。四月の気温で半袖短パンという格好はやや肌寒く、手のひらで素早く肌を擦った。それでも寒さというのは簡単に消えるものではないので、気を紛らわすために隣の女子に話しかける。
「やっぱり寒いわねー、長袖にすればよかったかしら」
「……走れば暖かくなると思うんですけどねー」
しかし先程から春香の反応がやや悪い。教室を出た直後からずっとこんな調子だった。
(うーん、あたし、あまり好かれてないのかしら?)
夏希は昨日、春香を追っていたので彼女のことをある程度分かった気でいるが、春香は夏希のことをあまり知らないはずである。それで恋敵という認識を持たれているのならば、好かれないのも無理はない。
「……あの、夏希ちゃん。夏希ちゃんって……」
呼びかけてきた。夏希は彼女の目を見て、続く言葉を待つ。
「北野さんのこと、好きなんですよね」
直球すぎる質問だった。確認するように丁寧に言葉を区切っている。まあ、彼女相手に隠すつもりも体のいい言葉で誤魔化すつもりもない。先程の態度で全てバレているだろう。
「もちろんよ。友人としてもだけど……その、恋愛的な意味でも」
とはいえやはりそのまま言うのは恥ずかしく、若干詰まってしまうのも仕方がなかった。
ここまで直球に返されると思わなかったのか、春香は一瞬面食らったような表情になるが、すぐ真剣なものに戻る。
「実は私もなんですよ」
「知ってる。体育館であんな宣言されたら、さすがにね」
「……あんな宣言?」
春香は首を傾げた。とぼけているつもりなのだろうか? 夏希は指摘する。
「『私、北野さんが好きですから!』なんて言われたら誰だって気付くわよ。まあ健斗は普通に友人関係のものだって捉えるでしょうけど」
「え? ……え?」
徐々に春香の顔色が悪くなっていく。ある可能性に気づいて、夏希は恐る恐る訊ねた。
「……もしかして、気付かないで言ってたの? それ」
「は、はい。ただ普通に言っただけなんですけど、それじゃあ私、もしかして皆さんに」
「好きな人を暴露したことになるわね」
「ええっ! どうしましょう、そんなつもりじゃ……、いえ好きなことは好きなんですけど、その、そのときはそういう意味では……」
「……対抗して張り合ったあたしがバカみたいね……」
頭を押さえる。自分はある程度覚悟を決めて言ったというのに、彼女はそんなつもりが無かったらしい。可哀想という感想すら湧いてくる。
「……でも、その気持ちには嘘はないです。私は北野さんが好きです。夏希ちゃんに負けるつもりはありません」
「あたしだって同じよ。そっちが本気だっていうのは見てて分かったしね、こっちも本気で行くわ。どっちが好かれても、好かれなくても恨みっこなしよ」
春香に右手を差し出す。彼女は笑顔で握り返してきた。
「はい! ……随分と私を知っているような言い方の気が……?」
「き、気のせいじゃないかしら」
尾行のことはわざわざ言うこともないだろうと夏希は言葉を濁す。
『冬宮副会長、聞こえてますかー!』
「はい、何でしょうか?」
耳に司会の声が入る。わざわざ名指しで問うとは、緊急の用だろうか。次の言葉を待つ。
『先程の会話がマイクを通してこちら側にも聞こえているのですが、大丈夫でしょうか!』
「「えっ」」
『生徒の皆さんが大きく盛り上がっています! こんなところで恋バナを暴露するとは、実況的に美味しい展開すぎますね! 実にありがとうございますと言ったところです!』
「「うそっ」」
言葉が春香と被る。他にも脳内で色々な言葉が駆け巡るが、どれも言語として出てこない。簡単に言うと思考の処理が止まっていた。
先に正気を取り戻したのは夏希だった。といっても冷静ではなかったが。
「ちょちょっと春香ちゃん! なに大事な話しようとしてるときにマイク付けっぱなしにしてるのよ! 切っておきなさいよ!」
『こちらとしては常時付けていただいている方が』
「あんたの都合なんて知るかー!」
春香のマイクを通して聞こえているのだろう。司会は夏希の言葉にも反応した。
「き、切りました! すみません、これでいいですか!」
『あ、こちらから副会長のマイクが切れたのを確認できましたね、非常に残念です!』
「残念がるな! ……ってこの声は届かないのか」
やっと頭が落ち着いてきて正常な思考を取り戻す。なんてことだ、全校生徒に痴態を晒してしまった。明日からどのような顔をして校舎内を歩けばいいというのか。健斗や他の参加者に内容が伝わってないのは不幸中の幸いだった。
『カメラに映った顔から羞恥の表情が読み取れますねー! しかし恥ずかしがっている場合ではありません、勝負の最中です、よそ見している場合ではないですね!』
(それもそうね……)
相手を探して周りを見渡す。と、話している夏希らを狙ってきていたのか、それは物凄い速度でこちらに近づいてきていた。
「どりゃー!」
振り下ろされた刀を咄嗟に受け、距離を取る。春香も襲撃に気付いて彼女の方を向いた。
『秋篠夏希に襲いかかったのは我らがマスコット、桜風子ちゃんだー! 可愛い顔して奇襲とは恐ろしい子です! たまらん! 私も奇襲されたい!』
「ふっふっふー、ここで会ったが百年目! いざ尋常に勝負、勝負ー!」
風子は挑発するように手をブンブンと振り回した。急に襲われて驚いたが、人数でいうと二対一。こちらが有利である。春香もやっと戦いの構えになったところで、声をかけた。
「春香ちゃん、行くわよ!」
「はい! 行きましょう!」
二人で一斉に飛びかかる。が、その剣先は空を切った。
「こっちだよーだ!」
風子が素早く避けたからだ。話には聞いていたが、想像以上の反応速度だ。
「とう!」
「きゃっ!」
『風子ちゃん、二対一にも関わらず果敢に立ち向かっていく! これは秋篠・副会長ペアを倒せるのか? それとも返り討ちにされてしまうのかー!』
きっとモニターの向こうでは生徒たちがワイワイ騒いでいるのだろう。二人がかりは卑怯だぞとでも煽られているのだろうか。その光景を想像しながら、胴を狙って刀を薙ぐ。それもまた下がって避けられた。
「ちょこまかとすばしっこいわね!」
「へへーん、悔しかったら追いついてみろー!」
べー、と舌を出し、今度は逃走に移ったのか背中を見せて遠ざかってゆく。せっかく有利な状況なのだ、ここで逃がす訳にはいかない。
そう思ったのは春香も同じのようで、夏希とほぼ同時に走り出した。足の速さは夏希とほぼ変わらないようだ。風子が校舎の角を曲がるのを見ながら、自分たちも後を追う。
「あと少しで追いつきますね!」
「そうね、早く仕留めないと……!」
段々と距離が縮まってもう少しだという思いが沸く。同時に、胸の内に生じた違和感も感じ取った。
(なんか、追いつきやすくないかしら……?)
こちらに目がけて走ってきたときより少々足が遅い気がする。疲れがあるのかもしれないが、彼女はまだ見た感じは元気である。再び彼女が校舎の角を曲がったのを見て、夏希は嫌な予感がして叫んだ。
「春香ちゃん、止まって!」
「えっ?」
自分の数歩先を行った春香が速度を落としながら、なるべく早めに止まる。
その直後、振り下ろされた剣先が春香の鼻先を通り過ぎ、地面に付く前に静止した。
「ひっ!」
「ほう? 勘がいいな。運動部としての勘といったところか」
春香がこちらまで逃げてきて、校舎の角から背の高い男が姿を現す。
「待ち伏せしてたってわけね……」
「あ、危なかった……待ち伏せなんて卑怯ですよ!」
「これが勝負というものだ。卑怯というなら二人がかりもそうではないか? まあそれについて非難する気はさらさらないが」
言いながら、大吾は刀を構える。後ろから風子も現れた。完全にやる気だ。
『瀬戸海会長の待ち伏せは不発! こちらから見えておりましたが、いやぁドキドキいたしました! 脱落者は出ませんでしたねー! そして勝負は二対二の乱戦に突入かー!』
「あたしはこの背高ノッポをやるから、春香ちゃんはちっちゃいのをお願い!」
「俺に真正面で立ち向かうか、いい度胸だ褒めてやろう」
「ちっちゃくないぞ、こらー!」
他の声は無視して、大吾に堂々と向き直る。彼が昨日の不良たちを薙ぎ倒す様は、素人目にも凄まじかった。中途半端な覚悟では勝てないどころか、一瞬で負けるだろう。
そう思った瞬間、大吾が踏み込んで面を仕掛ける。剣先の振り幅が非常に小さく、極力隙をなくしている。夏希は精一杯の力を込めてその刀身を打ち払った。
そのまま大吾が身を寄せてきて、鍔迫り合いのような形になる。
「ところで先程、恋バナという非常に楽しそうな単語が聞こえてきたのだが、よければ詳細を教えてくれないか!」
「人に恋バナを訊ねるときはね、まずは自分から言うものよ!」
「ない! 以上だ! さあ教えてもらおうか!」
「そんな回答で言うわけないでしょ!」
後ろに飛びながら頭を狙って振り下ろすが、悠々と防がれる。こちらは結構必死だというのに大吾にとっては余裕らしい。この分だと本当に剣術を習っていたのかもしれない。
「行くぞ風子くん!」
「了解です! そぉい!」
横から風子も跳んできた。目の前に迫る二本の刃を、さらに後ろに下がって躱す。
「ちょっ、なんであんたもこっち来てんのよ! 春香ちゃんは!?」
「秋篠くんの方が厄介そうだからだ! 先に料理させてもらうぞ!」
「されるもんですか!」
春香の方をちらりと見ると、彼女は素早く動く目の前の二人を目で追えていない。複数人の相手は苦手なようである。このままだとあまりにも不利すぎだ。せめて分散させられたらいいのだが、分散させられている現状では難しいだろう。
「春香ちゃん、逃げて! あたしもこいつらどうにかするから!」
「で、でも……」
「このままじゃ不利なだけよ、一回立て直しましょう!」
「……分かりました!」
決断は早かった。春香は一目散に逃げていく。見届ける前に顔を戻して、目の前の相手の剣を防いだ。
「いいのか? 実質的に二体一であるという現状は変わらんぞ?」
「どうにかしてやるわよ、あたしだって伊達にスポーツやってるわけじゃないんだから!」
「その意気や良し! 具体策があれば最高なのだがな!」
「くらえー! おりゃおりゃおりゃー!」
下がり、躱し、防ぎ、逃げる。手数が多くてこちらから攻められないが、殿を務めきることはできそうだ。あとはどうにか隙を突いて隠れ、やり過ごして大勢を立て直す。
(できるかは分からないけどね!)
分からなくてもやるしかない。これは遊びではなく、健斗のプライドをかけた真剣勝負なのだ。
耳に入る司会の声も意識から消して、夏希は背を向けられる機会を待った。




