5章 決戦 健斗VS大吾(2)
「こんなことって初めてよね、一体何があるのかしら」
「俺が知ってるわけねーだろ」
「そうだけども」
多くの生徒に紛れ、幼なじみと体育館までの廊下を歩く。ぶっきらぼうに返された幼なじみはムスッとした顔をして健斗を睨みつけるが、何も健斗は本当にどうでもいいから乱暴に返したわけではない。始業式や終業式などの特別な行事が年間予定表にない日に全校集会があるというのは、夏希の言う通り確かに初めてのことだった。健斗も周りの生徒と同様に、何のための集会か分からず内心首を捻っていた。
ぶっきらぼうに返したのは、それより気になることがあったからだ。
「……なに? あたしの顔になんか付いてる?」
「なんかって、絆創膏付いてんだろ。どうしたんだそれ」
「ああ、これのこと? 昨日ちょっと転んじゃってね。大したことないから大丈夫よ」
嘘だ。健斗は直感で分かった。まず夏希は運動神経がよく、簡単に転ぶような人間でないことは知っているし、正直者でもある。今みたいに少しでも目を逸らしたりはしない。
健斗はゆっくりと、懐疑の目で幼なじみを睨みつける。
「……な、なによ。疑ってるの?」
「そりゃな、何年一緒だと思ってんだ」
「……もしかして、気付いてる?」
「昨日、後ろをついてきてたことなら」
「よく気付いたわね……」
夏希は観念したように両手を上げた。よく気付いたと言われても、夏希のよく通る声は忘れたくても忘れられるものではない。聞こえないように声量は調節していたのだろうが、聴力が人より優れている健斗には夏希や大吾、風子の声が時々届いていた。むしろ、何故自分が尾行に気付いている可能性に至らなかったのか不思議なくらいである。
(普段は隠れて行動なんてしないから、気付かなかったのかねぇ)
常に堂々としている幼なじみがこそこそしている様子は、昨日以外では記憶にない。
(やっぱ一緒に遊びたかったのかね、一度断った手前気まずいだろーし)
「んで、その頬の怪我はどうしたんだ。まあ言われなくてもなんとなく分かるが」
「ちょっとパンチ食らっちゃってね。大丈夫よ、ここ以外は怪我してないから」
頬の絆創膏を指しながら夏希が答える。今度はまっすぐと健斗の目を見ていたので、それは本当のようだ。しかしその返事に健斗は疑問を持った。
「お前、そんなに喧嘩強かったか?」
自分ならともかく、いくらなんでもあの人数で、しかも喧嘩慣れしている集団を相手に怪我一つで済むわけがない。そう思って訊くと、
「あんたとの喧嘩で少しは慣れてるし……あとは、危ないところは助けてもらったから」
誰に、とは言わなかった。健斗が分かっていると思ったのだろう。事実として、健斗には誰が自分の代わりに主に戦っていたのか、見当がついていた。
その男の顔を浮かべながら、体育館の中に入る。いつも通りの内装だと思いきや、壁一面に縦に長い柵のようなものが貼り付けられている。先週には確実になかったものだ。いつの間に付けたんだろう、と思いながら二年B組の列に並ぶ。
周りを見渡していると、奇妙なことに気付いた。普段なら横の壁あたりに並んでいる教師たちが見当たらない。整列を促す学年主任も、学校行事でいつも司会を務める教頭も、話が長い校長も誰一人として。
これはおかしいと感じているのは健斗だけではないようで、心なしか生徒たちの私語もいつもより多い。
「……何か変じゃない?」
「ああ。ってか、ホントに全校集会あるのか? いたずら電話じゃねーだろうな」
「いたずら電話ではないわよ。あんたケータイないから知らないでしょうけど、ちゃんと学校の正式なメアドから連絡きたもの」
「なんだそれ、今知った。ってかそういう報せがメールで来るもんなんだな」
初耳であった。そう言われたところでやはり必要性は感じないが、便利そうである。
「あんたも持てば変わるわよ、スマホじゃなくても」
「そういうナウいものは持てねーの知ってて言ってんだろ。まあ姉貴は中古のやつ持ってるが……いや、今はそうじゃなくて」
全校集会が……と言おうとしたとき、その声は響いた。
「おはよう諸君! 朝っぱらから元気なことだ! 感心感心!」
スピーカーを通したノイズ混じりの声が前から聞こえてくる。勢い良く正面に向き直ると、ステージの袖から中央に向かって、瀬戸海大吾が歩いているところだった。
「また瀬戸海会長?」
「今度は一体なんだ?」
生徒たちがざわめく。たびたび聞こえてくる言葉は、まるで健斗の思いを代弁しているかのようであった。大吾はそんな生徒たちを眺め見て、腰に手を当てて頷いた。
「なーに、そう身構えなくてもいいだろう。今日は少し話したいことと、やりたいことがあってだな。それを見てもらいたく集まってもらったのだ。……ああ、立ちっぱなしというのも何だ。着座してくれ」
言われて、まだ立っていた生徒が体育座りになる。健斗もゆっくりと足を崩そうとして、
「北野健斗くん! 君は立っていてくれ!」
ピタッ、と足を止め、大吾を見上げる。彼の視線は、一寸の狂いもなく健斗を射抜いていた。この人数の中で正確に健斗を見つけ出すとは、なかなかの視力と観察眼である。
この前の中庭のときより多い、全校生徒の視線が健斗に注がれる。健斗はそれを気にしてはいられなかった。それより大事なことが頭に浮かぶ。大吾が健斗を呼ぶ理由など、今は一つしかない。
「瀬戸海! 俺を名指しするってことは、三本目の準備ができたんだな!」
「もちろんだ! 来週にはできると言っただろう。見くびってもらっては困る!」
大吾は自信満々に言う。健斗はグッと拳を握った。これでやっと、決着を着けることができる。鬱陶しいやつから解放される。そう思うとふつふつとやる気が湧いてくる。
先週の中庭での勝負のことは、全校生徒に知れ渡っているのだろう。疑問どころか、開催を喜ぶ声がところどころから発せられる。「二年、今度は負けるなよー!」というような声はあまり聞きたいものではなかったが。
脳裏によぎる降参の瞬間を頭から追い出して、健斗は大吾を睨みつける。
「よく授業中止なんて大それたことできたな! どんな手を使ったんだ!」
「なに、熱意を持って交渉しただけだ。教員たちは分かってくれたさ。そんなことはどうでもいい、勝負内容を今から発表する! 道具を持ってきてくれ!」
大吾が大きく手を振り上げると。袖から春香と里美が出てくる。そういえば、近くの列を見ても彼女たちの姿が見えなかった。今まで大吾の横で待機していたようだ。
大吾の両脇に立った彼女たちはそれぞれ手に何かを持っていた。春香の方は、何やら白い塊のようなものを幾つか。里美の方は、何やら黒くて長い棒。
それを見て、誰かが呟いた。
「……スポーツチャンバラ?」




