5章 決戦 健斗VS大吾(1)
北野健斗の朝は遅い。
幼なじみが起こしに来ない日は、ゆっくりのっそりと目が覚める。寝ぼけ眼で若干ちらかった自室を見渡し、ぼーっとしたままカーテンを開け、朝日を浴びてやっと覚醒する。
瞼を開くと、素晴らしいほどの快晴だった。まだ春のはずなのに少しばかり暑いという感想すら湧いてくる。寝間着を脱ぎ捨て、制服に手を伸ばしながら昨日のことを思い出す。
確か路地裏でリンゴを食べたあと、一旦公園に戻ってから雑談を交わし、駅前で春香と解散した。まだ時間に余裕はあったのだが、今日は満足したとのことだ。健斗としても楽しかった一日であったため、頷いて改札をくぐる春香を見送った。
公園に寄ったのは結局不良たちが捨てたままのタバコを拾うためだったのだが、既になくなっていた。誰かが代わりに拾って捨てたようだ。
(世の中もまだまだ捨てたもんじゃねーなー)
老人のような感想を抱き、通学カバンと休日中に洗った体操着の袋を掴み、部屋を出て階段をドタドタと駆け足で降りる。一階に着くと、漂ってくる味噌汁の香り。思わず顔をほころばせ、健斗は居間に顔を出す。
「姉貴ぃー、いるかー」
「ケン、おはよう。今日もぐっすり寝てたみたいねー」
古ぼけたブラウン管テレビで古ぼけたビデオを再生していた姉が振り返り、笑いかけてくる。優しく、かつ気が強く、名前は北野真奈美という。既に大学は卒業し、どこかの研究所に勤めている。真奈美はただの姉というだけではなく、両親が借金を遺したあと、女手ひとつで健斗を育てくれている一番の恩人でもあった。
それを言うと弟の面倒を見るのは当然でしょ、と怒られるため、口には出さないのだが。
「おはよー。メシ出来てる?」
「とっくの昔にできてるわよ。早く手洗ってきなさい」
「うぃーっす」
欠伸混じりの返事を返し、言われた通りに洗面所に向かう。さっさと手を洗って歯を磨く。ヒビの入った鏡を見ながら歯ブラシを奥歯の方に届くように突っ込んでいると、いつもは通勤時間までビデオから目を話さない姉がこっちに歩いてくる気配を感じた。
トイレだろうかと思った健斗の予想は当たり、真奈美は洗面所の隣にあるトイレの扉を開ける。その時だった。真奈美は扉を開ける手をピタッと止めて、健斗に声をかける。
「あ、そうだ。今朝学校から電話来たんだけど」
健斗は口の中のモノを洗面台にペッと吐き出し、応える。
「へぇ、大学がどうしたんだ」
「アタシの方じゃなくて佐倉坂高校の方よ。まあアタシの母校でもあるけど」
「マジで? 何で起こしてくんなかったんだよ」
「夏希ちゃんがやるみたいにして起こされたいの? ってそうじゃなくて、今日は授業内容に変更があるらしくて」
ふぅん、と答える。台風が来たわけでもないのになんだろうか。まあ精々どれか一教科が入れ替わるくらいだろう。世界史の担当教師が最近体調不良だったようなのでそれかもしれない。体育だったらいいなぁと思いながら、健斗は水を口に含んだ。
「なんでも、午前中は全部授業がなくなって、代わりに体育館で全校集会だって」
(へえ、授業がなくなって、代わりに全校集会)
顎と頬を動かし、口の中の水を隅々まで行き渡らせる。屈んで洗面台にそれを吐き出したあと、健斗はやっと振り返って真奈美と顔を合わせた。
「……え?」
「ちゃんと伝えたからね。早く準備しなさい、遅れるわよ」
どうやら冗談を言っている様子では、ないようだ。




