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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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4章 戦士の休息(15)

 不良たちが、健斗と春香を追いかけていったのを見て。

 大吾が無言で草陰から飛び出し、彼らの方に向かっていった。夏希が同じことをしたのも、ほぼ同時だった。追われているのが幼なじみやライバルだからというのは関係ない。傷つくかもしれない人を目の前にして見過ごすことはできなかった。


 それでも相手は二十人以上だ。なんとか挑発して注意をこっちに向け、あとは逃げようとだけ思っていた。しかし、人目の付かない路地裏に入ったとき、夏希のそんな思いを知らない大吾は一気に不良たちの中に突っ込んでいった。


 馬鹿力の幼なじみならともかく、一般人がこの人数差で勝てるわけがない。そう思いながらも、やはり見過ごせずに夏希も加勢しに入った。


「ふん、この程度でイキがっていたわけか。弱い犬ほどよく吠えるとはこのことだな」


 そこで見たのは、涼しい顔で不良たちをなぎ倒していく大吾の姿だった。健斗のような我流喧嘩殺法ではなく、正拳突き、背負い投げ、小手返しなど、武術に則ったやり方でだ。


 夏希も飛び蹴りや腹にグーパンを入れたりなど、とりあえずダメージが高そうな技で応戦する。喧嘩の経験は殆どないが、日々の部活の練習で鍛えてはいる。単純な力比べではその辺の男子に負ける気はしていなかった。

 喧嘩を始めて五分も経つ頃には、死屍累々と言ってもいい光景がそこにできていた。


「ふぅー……」


 夏希は不良のパンチが掠った頬を袖で拭う。少し血が出ていたようで、袖に赤い線が付いた。そういえば口の中もちょっと切った気がする。百均で買った変装用の伊達メガネなど既にどこかに飛ばされ、壊れてしまっているだろう。血の気が混じった唾を吐き捨て、夏希はその場にへたり込む。


 怖かった。本末転倒だが、今すぐ幼なじみの元に向かって助けてほしいところだった。それでも夏希がへこたれず、倒されず戦えたのは、


「なんだ、もう終わりか。ゴミも拾えない上に力も弱いとはまったく使えない奴らだ」


 そこでぶつぶつ言っている男が、主に不良たちを倒しただけでなく手助けまでをしてくれたからだ。加勢に行ったつもりが助けられるとは、情けなく思えてくる。


「落ち込む必要はないぞ、秋篠くん。君もなかなかに強いではないか。武道でもやっていたのか? 何部だ、プロレス部か」

「女子バレー部よ。まあ、喧嘩ならアイツとたびたびするからそれかしらね」

「ほう、北野くんとか? 最後にしたのはいつだ」

「殴り合いなら二ヶ月くらい……ってそんなのはどうでもいいのよ」


 夏希は頭を振って意識を切り替える。そんな自分と幼なじみとの喧嘩事情を話すよりも、今はこの男に聞きたいことがあった。


「瀬戸海さん。あんたなんでこの人数を相手に突っ込んでいったのよ」

「何を言っている。アリの軍隊に恐れをなすブルドーザーなどありはしないだろう」


 真顔でそう言ってきた。そういうことを聞きたいんじゃないんだけど……と言う前に、


「あとはそうだな。個人的な感情面で言えば、どうしても許せなかったというのもある。正当な理由なく大事な生徒に危害を加えようとする、腐った輩をな」

「……大事な生徒」

「そうだ。冬宮くんも北野くんも、もちろん秋篠くんも我が校の誇る大事な生徒だからな。自分が出ることで確実に守ってやれるのなら、守ってやりたいのが人情というものだろう」

「……そう、分かったわ」


 大吾が自信満々に放った言葉を聞いて、夏希の疑念がほぼ確信に変わる。


(こいつ、ただのアホかと思ってたけど、そんなに悪いやつじゃ……)


「見ず知らずの他人なら知ったことではないがな! おい、そこの金髪。荒志野高校の仲間たち全員に伝えておけ。今後、佐倉坂高等学校の者に手出しすることがあればこの瀬戸海大吾が黙っていないとな」


(……やっぱそうでもないかしら)


 横たわる金髪の男の胸の辺りを踏みつけたのを見て、考えを改める。ほぼ確信は、所詮「ほぼ」であった。


「そうだ、そろそろ出てきてもいいぞ、風子くん」


 大吾は公園に置いてきたはずの女子生徒の名を呼ぶ。今の喧嘩にも参加はしていなかったようなのに、どこだろう? と夏希がキョロキョロ探し始めると、


「あっ、もういいんですかー! よいしょー!」

「うわぁっ!?」


 近くに転がっていたダンボールが吹き飛び、その下から風子が姿を現した。


「秋篠くんは見るのが初めてか? 風子くんはその小さい体を活かして隠密行動をするのが得意でな。まあ生徒会活動で使うこともないから、かくれんぼに有利なくらいであるが」


 それはどうでもいいが、いきなり飛び出すのは心臓に悪いのでやめてほしかった。衝撃でドキドキする胸を抑えながら、夏希は抗議の目で風子を見やる。


「大吾先輩! 見てください! わたしですね、そこの頭わるそーなやつが投げ捨てたタバコを拾ってきたんですよ! どうですか、えへん!」

「おおそうか、えらいぞ風子くん。今度また新しいモノを作ってやろう」


 風子は夏希を全く見ておらず、大吾に向かって胸を張っていた。大吾はその功績を讃えて風子の頭を撫でている。身長差や体格差もありまるで親子のようにしか見えなかったが、風子は満足しているように満面の笑みだった。


「そのタバコは後でしっかり然るべきところに捨てようか。さてさて、北野くんたちとも離れてしまったし、ひと暴れもして余計に腹が減った。風子くん、メシでも食いに行くか」


 大吾の言葉に「さんせーい!」喜び、風子は飛び跳ねる。正直、逃走ルートから健斗が大体どの辺りにいそうかという目星は付いていたが、今言う意味もない。自分も家でご飯でも食べようかと立ち上がったところで、


「秋篠くんも来ないか? 君も活躍してくれたからな。もちろん二人とも俺の奢りだ。ラーメンを食べたい気分だからお薦めの中華料理屋にでも案内してくれると嬉しいのだが」


 またこのアホは自分勝手なことを……と呆れてため息をつく。自分が奢りなどという言葉に飛びつくと思っているのだろうか。健斗と違って貧乏家庭というわけでもないのだ、女子高校生をそれだけで誘えると思ったら大間違いである。思い上がりも甚だしい。

 夏希はもう一度ため息をついて、思考を切り替えるようにもう一度頭を振り、


「表に出て、右に曲がれば、すぐ近くよ」


 大吾の提案に乗って、疲れた体を支えるようにゆっくりと足を進めた。

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