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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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4章 戦士の休息(14)

「……こねえな、撒けたか」

「……逃げ切れたんですか?」


 訊ねてくる春香に、健斗は頷く。あれから何分か走り抜けて、ビル街の路地の裏に健斗たちは身を潜めていた。


「これでいいだろ? 冬宮」


 健斗は腕の中の春香を見る。先に手を出されたので何人かは蹴り倒したが、本格的な喧嘩をすることなくやり過ごせた。タバコを拾わせることはできなかったが、おそらく納得してくれるだろう。そう思いながら春香に聞いたのだが。


「……あ、あの、それより……」


 顔が赤い。春香を抱えて走り回ったのは自分なので、疲れているはずはないのだが。


「……下ろしてくれませんか?」

「ん、ああそうか」


 そういえばずっと抱えたままだ。健斗は春香の言う通りに、足を地面につけさせるように傾けてしゃがむ。降ろして気付いたが、春香の体はふにふにと柔らかく、触り心地は悪くなかった。春香の香りが自分の腕から漂うような感じさえしてくる。その感覚に健斗はなぜか照れくささを覚え、気を発散させるように頭を掻いた。


「ふぅー……」


 春香はゆっくり息をついて、ぐいっと伸びる。そして自分の持ってきた荷物に不足がないか確かめてから、健斗に向き直った。


「また助けられちゃいましたね」

「また、とは言っても今回は俺が巻き込んだようなもんだけどな。すまなかった」

「いえ、ルールを守るのは当たり前のことですから。北野さんが謝ることじゃないです」


 健斗としてもそう言ってくれると助かった。普通に食事してたのに余計なことしてどうしてくれると言われたらどうしようかと思ってたが、どうやらそれは杞憂らしい。


「それに、あの……かっこよかったです」


 頬を染めて、春香が言う。そんなことを言われて、健斗は再び照れくさくなった。


「そ、そうか? それならよかった」

「お礼、しなきゃですね」

「礼はいいっつーの。というか、逃げきれたのは俺だけの力じゃ」

「そういうわけにもいかないです」


 春香はちょっとむすっとしたような表情で言ってくる。と思うと、「あっそうです」と呟いて、自身のバッグを漁り始める。


「リンゴ、まだ残ってましたよね。食べましょう」


 春香は弁当箱を取り出した。どうやらその中にリンゴを入れていたようだ。彼女の手際の良さに、さすがは生徒会副会長だなどと場違いな感想を抱く。


「そうだな。忘れないうちに食うか」

「はい! その、あ、あーん……」


 春香がそっと口元にリンゴを一切れ差し出してくる。口元にということは、手を使わないで食べろということだろうか。


(冬宮そんなに重くなかったし、俺の腕にそんな気を遣ってくれなくてもいいんだが)


 とはいえ、気遣ってくれること自体はありがたかった。疲れてるのは事実なので、たまにはそういうのに甘えてもいいだろうと健斗は大人しく口を開ける。


「あ、その……目を閉じてください」

 注文が多いな、と思いながら大人しく従う。そのままじっと待つ。が、数秒経っても何も口に突っ込まれる気配がない。疑問に思い、健斗が目を開けようとしたところで。


「し、失礼しますっ」


 そんな呟きとともに、頬に柔らかい感触が触れた。次いで口にリンゴが突っ込まれる。

 リンゴの方は美味しいのは分かる。だが頬への感触はなんだろうか?

 健斗が目を開けると、春香は笑顔を浮かべていた。にこにこと朗らかで、一点の曇りもない。健斗は咀嚼したリンゴを飲み込んで、春香に訊ねる。


「……なあ、今俺の頬になんか当たったような気がしたんだが」

「なんのことですか?」

「いや、だから俺の頬になんかしなかったかって」

「私には分かりません」

「そうか? いやでも」

「リンゴ美味しいですか? まだ残ってますから食べましょうっ。あ、もう目は閉じなくてもいいですよ!」


 どうやら本当に知らないらしい。そんなはずはないが、自分の気のせいだったようだ。


(まあ、リンゴうめーし、別にいいか……)


 小さな納得より、メシが大事である。健斗は差し出されたリンゴに口をつけた。


(ったく、バレバレなんだよ、あいつら)


 夏希と大吾に、あとで礼を言わなきゃなぁ……と思いながら。


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