4章 戦士の休息(3)
ほとんど誰も通らないような階段の踊り場に連れて行かれて、健斗は一息つく。振り払うのは簡単なことだったが、林の中でパンくずを撒いた仲だ。無下にするのも忍びない。
「んで、こんなとこまで連れてきて何の用だ?」
春香は答えなかった。時折体をよじらせて、健斗の顔を見ては目を逸らす。怖がられることでもしただろうかと健斗は行いを顧みるが、特に思い当たる節はなかった。
「そういえば最近あの場所に来てないよな、リス一郎たちが心配してたぞ」
「リスちゃんたちが……ですか」
春香はまた健斗の顔を見て、しゅんと落ち込んだ。予想外の反応に健斗は焦る。
「リスちゃんたちだけじゃなくて、北野さんは……その……」
「……? 何が言いたいのか分かんねーけど、冬宮があいつらを好きになってくれたもんだと思ってたからさ、楽しみに待ってたんだが」
「待っててくれたんですか!」
今度はパッと表情を明るくして、食い気味に答えた。春香が何を考えているのか、健斗はますます分からなくなる。
「……あのですね、私、北野さんともっと仲良くなりたいなーって思うんです。深い意味はないんですけど! それだけの意味なんですけど!」
「マジか! そりゃありがてえな」
それを聞いて健斗は嬉しくなった。何故か春香自身に言い聞かせてるような言い方であるのが気になるが、そんなことは些細なものだ。
「あ、あの、ですから、もし、よかったらでいいんですが……」
春香は息を呑み、しっかりと健斗の目を見て、スマホを取り出した。
「ケータイの連絡先、交換しませんか!」
「すまん、俺ケータイとかそういうの持ってねえ」
「えっ?」
彼女は固まった。あまりにも予想外だったようで、頭が回っていないようだ。それも当然である。このご時世にパカパカする古いケータイすら持ってないのは健斗くらいのものだ。北野家にはそんな高いものを買う余裕はなかった。
「家の電話ならあるがそっちでいいか? まあ姉貴が出るかもしんねーけど」
「えっえっ、えっと」
「ダメか? んじゃ夏希に繋げて代わってもらうのは……いやもっとダメか。冬宮って夏希知ってたっけ?」
「知らないですけど……そうですか、夏希さん……」
予想外といったように焦っていた春香は、あからさまに機嫌が悪くなった。何故か健斗は自分が責められているような感覚を感じ、居心地が悪くなる。
その時だった。春香が持っているスマホがブーッと音を立てて振動する。
「ひっ、ちょっと失礼します」
春香は健斗に背を向け、今来たばかりのメッセージを確認し始めた。と思うといきなり振り返り、無理無理無理とでも言いたげな表情で健斗とスマホの間で視線を往復させる。
二、三度息を吐いたあと、意を決したように春香が口を開く。
「き、北野さん。映画に興味あったりしませんか?」
「映画? モノにもよるが、特には……」
「あの、友達からペアチケットもらいまして、これです」
スマホの画面を向けられて、健斗は内容を読んでいく。このタイトルには見覚えがあった。有名な俳優や監督が制作している恋愛映画で、確か前に夏希が見たがっていた記憶がある。同時に「ギフト送信者:SATOMIN」という字も見えたが、そちらは特に興味もないのでスルーした。
「だから、使わないのも勿体無いですし、一緒に見に行きませんか! 特に深い意味はないんですけど!」
健斗はピクリと反応する。今彼女は勿体無いと言った。勿体無いならば仕方がない。どうせ来週まで大吾との勝負はおあずけだ。思いっきり羽根を伸ばすのも悪くはないだろう。
「それなら行こうぜ! 時間とか決まってんのか?」
「いいんですか! やったっ、それじゃ十時に待ち合わせましょう! 次の日曜日に、佐倉坂駅前で!」
「オッケー、俺もその日は空いてる」
まあ大体暇なんだけどな、という言葉は胸にとどめておいた。喜ぶ春香を前に色々言うのは野暮というものだろう。飛んだり跳ねたりと若干喜びすぎな気がしないでもなかったが、それだけ映画を楽しみにしていたようだ。健斗は激しく揺れる胸にそっと目を向ける。
どうやら話はこれで終わりのようで、春香は健斗に「待ってますから!」と言い残して意気揚々と去っていった。そろそろホームルーム開始の鐘が鳴ってもおかしくないので、健斗も小走りで教室まで戻る。
「遅かったわね、プリント持って何してたのよ」
教室では幼なじみが半分ふてくされながら健斗を迎えた。そういえば夏希も何か自分に用があるような様子だったのを思い出す。
「届けて帰ってきただけだ。それより何か言ってなかったかお前」
「そうそう、次の日曜日って空いてる? 一緒に出かけ……」
「あー、ちょうど予定入ってその日は無理だ、スマン」
春香の顔を思い浮かべながら断ると、夏希は驚いた顔を見せる。
「予定って珍しいじゃない。山にでも行くの?」
「いや、冬宮に誘われてな。なんだっけ、前にお前が見たがっていた映画を……夏希?」
冬宮という人名が出た瞬間だろうか。夏希が一瞬にしてひどく不機嫌な顔に変わった。
「またあの子と……しかも映画……ふぅん、そう……」
「夏希? 急にどうしたお前」
「うっさいわね、よかったじゃない! 楽しんできたらいいと思うわ!」
そう言うなりそっぽを向いて、ふん! と荒々しく息を吐いた。予定が噛み合わなかったのがそんなに気に食わなかったのだろうか。それにしてはちょっと怒り過ぎだと思うが。
(まあ、虫の居所が悪い日ってのもあるよな)
そう結論づけ、健斗は授業の準備をし始めた。




