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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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3章 中庭の攻防(3)

「もしかして、あの中にアホ……じゃなかった、瀬戸海さんが?」

「ええそうです。……アホ?」

「いえなんでも」


 白々しく夏希がすっとぼける。彼女の大吾に対する印象は、昨日一日で百八十度変わってしまっていた。健斗も同意しかできないので、口を挟まない。

 何にせよ、大吾がすぐ近くにいるなら好都合だ。こんな時間に生徒会室にいるはずはないし、大吾がいる教室も知らないので、最悪の場合放課後まで待たなければいけないかと覚悟してたところだ。

 夏希と一緒に中庭に入ると、散らばっている数十人の生徒が一斉にある方向を向いている。そこには大吾の姿があった。何かの上に乗っているようで、ここからでもよく見える。

 おい、てめえ! と叫ぼうとした健斗だったが、その前に大吾が言葉を発した。


「諸君! 朝も早いというのによく集まってくれたな! 俺は嬉しいぞ!」


 マイクを通して、大吾の声が中庭に響く。中庭はコの字型の校舎に囲まれているので、きっと校舎内の生徒にも届いたのだろう。なんだなんだ? と興味深そうに窓を開けて覗き込んでくる生徒も見られた。どうやらこの集会らしきものは今始まったばかりらしい。


「目的を話す前に、一つ問おう。……君たちは佐倉坂改造計画を覚えているか!」


 なんだっけ。アレだろ学校を変えたいとか。あぁーそういえば。といったような声が聞こえてきた。半年前といえば、生徒会総選挙の時期である。健斗はそれを覚えてはいなかったが、昨日夏希に聞かされたばかりだ。どんなものだったかは分かっていた。


「アルバイト規定、服装規定、頭髪規定……これらの理想ばかりで中身のない校則の撤廃や変更を始め、手洗い場への芳香剤の設置や部活動備品購入枠の拡大、その他苦情への対応など不満点の改善。俺たちのやってきたことはきっと記憶に新しいことだろう! 新生徒会発足から現在まで、よりよい学校生活に向けての議論を始め、学校から追加予算を引き出し、俺たちはやると言ったことを実現させてきた!」


 パチパチパチ……と激しい拍手が聞こえる。「よくやった!」などの褒め言葉も飛ばされており、多くの生徒たちにしっかりと実感があるようだ。


「それでも、予算をどうしても確保できず、歯がゆい思いをした者もいるだろう」


 うんうん、と頷く人が見受けられる。大吾は拳を突き上げて、


「もちろんそれで妥協したはずもない。俺たちが理想とする学園生活には程遠い! だから交渉に交渉を重ね、その結果、ついに今年度の予算大幅アップを確約させた! これで俺たちの活動に不自由はないも同然だ! 環境の改善や設備投資だけでなく、文化祭や球技大会などに次ぐ新たな行事の計画も予定している。是非楽しみにしてもらいたい!」


「おおー!」と大きな歓声が沸き起こり、「よくやった瀬戸海!」「先輩、素敵ー!」との叫びも上がる。そこまで関心がなさそうだった層も雰囲気に飲まれてか、大きく拍手を鳴らしている。


 健斗は、素直に感心していた。あんなことしか言っていなかった大吾が、今は生徒たちの支持を受け、嬉しそうに弁舌を振るっている。一瞬尊敬しかけるが、自分への対応を思い出してその気を失わせる。凄いことに変わりはないが、それと昨日のことはまた別だ。

 大吾の演説はまだ続く。


「しかしだ、俺の任期もあと半年。それが終われば、せっかく変わりかけていたこの学校も逆戻りするかもしれない。外からのプレッシャーに負けず、常識に囚われない。そんな人間が必要なのだ!」


「やめないで!」「次も会長やってくれ!」といった声も出るが、大吾は首を横に振る。


「そういうわけにもいかん。能力や理念は継承させ、次世代へ繋げなければ意味がない。しかし俺の指示で動いてくれた副会長以下の生徒会役員も、ずっと俺のように振る舞わせるには負担が大きい。どうしたものだろうかと、俺はずっと考えていた」


 しかぁし! と大吾は声を張り上げる。 そうだ、と健斗は思い出した。大吾の言葉を聞くためにこんなところにいるのではないのだ。目的は大吾を問い詰めることである。腰を低くして観衆の間を通り抜け、できるだけ前へ、大吾に近づこうと進む。


「ついに俺は見つけ出したのだ! 次を託せる人間を! 今日君たちに集まってもらったのは、彼を紹介するためだ! その名も、北野健――」

「待てコラァああああああああ!」


 健斗は観衆の前に出て、叫んだ。朝礼台の上に立つ大吾と、その後ろに並んでいる春香たち生徒会の面々、そして生徒の目が一斉に健斗に向けられる。誰だあれ、いや知らない。そんな声が聞こえてくる。「北野じゃん。アイツ、なんで会長と……」と言っているのは恐らく昨年か今年のクラスメイトだろう。そんなものは健斗自身が知りたかった。


「いつ誰がどこでそんなことを了承した! そんな話は一切聞いてねえ! よく分からん情報流しやがって……撤回しろ撤回!」

「このように北野くんは非常に勢いのある二年生だ! 俺の調べでは昨年度の成績も百六十人中十二位となかなかによく、頭も悪くは――」

「その長ったらしい口上を今すぐやめろって言ってんだよ! そのよく回る口をクソ詰めて塞がれてえのか!」


 マイクに負けない声量で、健斗は全力で抗議する。大吾は健斗に目を向けて、


「なに、君が俺に負ければ同じことだ。昨日しっかり約束を交わしあっただろう」

「後継者なんて話はひとっつも聞いてねえ。勝手に人を指名してんじゃねーよ、俺の何を知ってるってんだ」

「知らないさ。知るはずもない。……それだけ君に期待しているということだ」


 大吾は、健斗に笑いかけた。それはいつものような自信満々のニヤニヤ笑いではなく、家族を迎えるかのような優しい目をした微笑みだった。健斗は思わず、言葉に詰まる。

 その隙を逃さず、大吾は再び生徒たちに目を向ける。


「ご覧の通りだ。このままでは来年度の話どころではない。だから俺は彼を生徒会に引き入れるため、三本勝負を申し込んだ。その一本目は本日の放課後、この中庭でやることになる。内容はその時まで秘密だが、期待しておいてくれ。以上だ!」


 大吾は一歩引いてから生徒に向かって一礼をし、ひょいと壇上から降りる。そのまま生徒会役員を引き連れ、校舎内へと向かっていった。


「おい待て、まだ話は……」

「話すことなど何もない。君の目に映っているのが事実だ」

「はあ? 何言ってんだかさっぱり……」


 肩でも掴んで振り返らせようとした矢先、健斗と大吾の間に複数の人影が割り込んだ。


「佐倉坂青春新聞です! 瀬戸海会長との勝負への意気込みなどを……」

「そんなもん受けねえって言ってんだろ! おいそこのデブ、フラッシュを焚くな!」


 邪魔な男たちを避けようと横に跳ぶが、後ろから勢い良く肩を掴まれて止められる。


「なんだお前、邪魔すんな……って夏希か」

「健斗。追いかけるのもいいけど、そろそろ始業時間よ」

「そうか……チッ、うまいこと逃げやがって」


 ぞろぞろと生徒たちが校舎内に向かうのを見て、さすがにこれではどうしようもないかと諦める。大吾がああ言うということは、口ではなく勝敗で語れということだろうか。


(上等だ、やってやろーじゃねーか)


 突き刺さる視線と、自分への「面白そうなヤツだな」「何アレ、口も悪いし……サイテー」といった賛否別れる評価に無視を決め込んで、健斗はひとり闘志を燃やす。自分を後継者と言った手前、無残に敗北でもすれば格好がつかないだろう。そんなことをして楽しいわけではないが、少しはスカッとするかな、と健斗は思った。


「そこの女子生徒、失礼ですが、北野健斗との関係は!?」

「ただの幼なじみよ。……ってあたし着替えたいんだけど! 邪魔しないで!」

「我々には真実を報道する使命が――」


 そのためにも、まずはしつこすぎるジャーナリストどもを止めるのが先決である。


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