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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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3章 中庭の攻防(2)

 絶対負けねえとか、勝って絶対に謝らせるとか、意気込んだのはいいものの。


(勝負の内容も分からないのに、何言ったってしゃーねーよなぁ)


 そんなことを考えながら、北野健斗は「行ってきます」と家を出た。

 たまに一緒に登校する幼なじみはここにはいない。つまりは一人きりでの登校である。当然、気持ちよく寝ているところを強制的に起こされることもないので、家を出る時間は夏希がいるときよりもだいぶ遅い。


 勝負が待ちきれずに、目が冴えて眠れなかった――といったことは特にないが、それでも眠いものは眠く、健斗は大きく腕を伸ばして風を浴びた。


「あー、いい朝だなぁー……」


 珍しく雲ひとつもない青空を見る。太陽が明るく健斗を照らし、胸の奥から活力が湧いてくるようだった。この様子だと雨も来なさそうだ。

 歩いているうちに、だんだんと同じ学校の制服を来た青年や、スーツのサラリーマン、私服の大学生などが増えていき、道が賑やかになってくる。ちょっと騒がしすぎないか? とも思うが、夏希といるときを思い返すと大概自分の声も騒がしい。人のことを言えた立場ではなかった。


 その夏希は、今日は女子バレーボール部の朝練があるため先に登校しているはずである。本人談だが、どうやら夏希は部の中では巧い方であるらしい。そのため先輩やコーチから期待されているようで、若きエースとして一年生の時から度々試合にも出ていた。

 健斗もよくおんぼろ自転車を漕いで試合会場まで応援に行っていた。赤を基調として黄色のラインが入ったユニフォームを身に着けた夏希に「来なくていいって言ったでしょ」と言われた覚えもあったが、友人の活躍を見届けること以上に大事なことはないだろう。


 もっとも、「声が大きすぎて迷惑」と夏希本人に会場からつまみ出され、最後まで見届けられないこともあったが。

 女子バレー部の練習は基本的に体育館内だけで完結する。もちろん朝練も同様であり、少なくとも健斗は試合会場と体育館以外で、赤と黄色のユニフォームを見たことがない。

 だからたった今、地平線の先からユニフォームを着た幼なじみが急いで走っているのをこの目で見たとしても、健斗がまず自分の目を疑うのは仕方のないことであった。


「……夏希? おーい、夏希ー!」


 あの背丈、あの髪の長さ、あの服、あの顔、あの胸のなさ。間違いなく秋篠夏希であった。健斗の視力は二・〇を超えている。見間違えるはずもない。

 健斗の無駄に大きい声が届いたのか、夏希らしき人影が「健斗ー!」と叫ぶ。それが自分の名前であることを確認して、彼女を迎えるべく走り出した。

 合流はすぐだった。互いに走るスピードを緩め、ちょうどいい距離で足を止める。


「やっと会えた……ケータイないんだから、もっと、早くっ、学校に、来なさいよ……」


 口ぶりは普段と変わらないが、夏希は中腰になって両手を膝についている。呼吸も浅く、相当急いで走ってきたようだ。健斗はポケットからしっかりと折りたたまれているハンカチを取り出し、とりあえずこれで汗を拭け、と渡す。

 相変わらずシミひとつない白い肌が目に眩しく、たまに袖口や首元の辺りからユニフォームの下の肌がチラチラと見えて覗き込みたくなるが、観察している暇はなさそうだ。


「どうしたんだよ、そんなに急いで。何かあったのか」

「そのこと、なんだけど……練習終わったから外に出てみれば、校門の辺りで新聞部がね」


 夏希の手に握られていた、一枚のチラシ大の紙を受け取る。一度握りつぶしたような痕がありクシャクシャだったが、読む分には問題なさそうだ。

 健斗はまず、一番大きい見出しに目を通す。


「『生徒会長 後継者に二年B組の北野健斗を指名』……はぁ!?」


 まったく聞いてない話しかそこには書いておらず、撮った覚えのない自分のバストアップ写真まである。唯一見覚えがあるのは「本日の放課後、瀬戸海会長は中庭にて北野健斗と生徒会入りを賭けた勝負を行う予定」というものだけだった。


「どういうことだ、これ!」

「あたしも知らないわよ! とりあえず戻って話を聞くしかないわ!」

「そうだな、その新聞部ってのはまだいるのか?」

「ええ、まだ沢山それと同じ新聞を持ってるはずだから……」

「じゃあそいつらに話を聞くか!」


 健斗は学校に向かって走り出した。夏希も並走するが、すぐにスピードが落ちて少しずつ距離が離れていく。考えてみれば、夏希が走ってきたのはジョギングのような体力を長持ちさせるものではなく、ほぼ全力疾走に近い。疲れているというのに再びその速さで学校にまで戻るのはいささか無理があるようだった。


(俺なら平気だが……夏希は俺じゃねえしな)


 明らかに全力の半分の速さも出せてない夏希を待つのももどかしく、健斗はその場に足を止めてしゃがんだ。手を後ろに出し、顔だけ振り向く。


「乗れ、夏希。俺が走る」

「いいから、あんたは早く……」

「うるせえ、お前を置いていけるか!」


 夏希は迷った様子だが、それは数瞬だった。健斗の手に脚を乗せ、首に手を回す。

 がっしりしつつも柔らかい感触を楽しむことも忘れて健斗は走る。たった五十キロにも満たない重りだ、健斗にとってほとんど苦ではない。


「……ちょっと、見られてるんだけど」

「知るかそんなん、気にしなきゃいいだろ」


 信号もないので全速力で駆け抜ける。校門はすぐに見えてきて、確かに何かを配っているような人影があった。


「号外! 号外だよー! 佐倉坂青春新聞、号外だよー!」

「あいつか!」

「そうね、間違いないわ」


 メガネをかけた細身の男子だ。道行く生徒や、先生にまで先ほどの新聞を手渡している。健斗は夏希を背中から降ろして、その男子へと詰め寄った。


「佐倉坂青春新聞いかがですかー! そこの男子、どうですか一部……って」


 メガネ男子は健斗を視認して、目を丸くする。


「北野健斗じゃないですか! いやあちょうどよかった、あなた本人にも話を聞きたいと思ってまして! どうですか昼休み、取材に」

「誰が応じるか! それよりもこの記事はどういうことだ、俺は知らねえぞこんなこと!」


 該当箇所を指し、写真を撮った覚えもねえ、と付け足す。しかし、メガネ男子はだからどうしたんですか、とでも言いたげな表情だ。


「そうは言われましても、我々新聞部は情報をもとに記事を編集しただけですので……。気になるのなら、直接聞いてみてはいかがですか?」


 誰に、と健斗が言う前に彼は奥を示す。何やら中庭の方に人だかりができている。


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