2章 林の中の友達(5)
「でも、その、ヘビは、ちょっと……」
「大丈夫だって、ヘビ助はそうそう人を噛まねーよ。よく見りゃ怖くもないぞ」
「そうは言っても……ヘビ助?」
「俺が勝手に名付けてるだけなんだけどな。おーい、メシの時間だ。ちょっと来いよ」
袋からパンの耳を取り出し、ちぎってはそのあたりに撒く。たぬ坊やリス一郎たちはそれらに飛びつき、はむはむと食べ始めた。パンを食べられないはずのヘビ助も、皆と一緒にいる雰囲気を味わいたいのか、するすると近くに寄ってくる。
健斗はヘビ助に手を伸ばし、頭の上を優しく撫でた。
「ほら、可愛いもんだろ? こいつはここを撫でられるのが好きみたいでな」
「だ、大丈夫なんですか……?」
恐る恐る、といった様子で春香が聞いてくる。何を恐れることがあるのだろうか、自然に生きる同じ仲間だというのに。
「心配ねーって。触ってみるか?」
「い、いえ……」
「んー、じゃあこっちはどうだ。おーい、リス一郎ー」
確か夏希も哺乳類は大丈夫だったはず、だから平気だろう……と思いながら健斗はリス一郎に声をかける。反応して寄ってきた小動物を見て、春香が驚きの声を漏らす。
「このリスちゃん、人の言葉が分かるんですか?」
「おいおい、言葉が分かるわけねえだろ。何言いたいかが分かるだけだ」
「? それって同じことじゃ……」
理解してない春香に、分かってねえな、と健斗は言う。
「こいつらと話すときはな、耳と口じゃなくて、ハートを使うんだよ。言葉が通じなかったら心で理解すりゃいいんだ」
「……そう、なんですか?」
なおも首を傾げる春香だった。どうすれば理解してもらえるのか、健斗は考え込む。
「そうだな……『まだ何も言ってないけど、友達や家族の言いたいことがなんとなく分かる』ってときはないか?」
「あ、そういうのはありますね。お母さんが食事中にじっとし始めたら「春香、ちょっと醤油取って」って言いそうな気がします」
「それがハートで理解するってことだ。まあ平たく言えば、信頼するってところか?」
「なるほど……」
なんとなく納得がいったときのスッキリとした表情で、春香は感嘆を漏らす。そのまま足元のリス一郎に視線をやって、そっと手を伸ばした。
春香の手が触れると、リス一郎は楽しそうに笑う。もちろん、そんなことが見て取れるわけではないが、健斗の目にはそう映った。
「なんていいますか……こういうの、いいですね」
「だろ?」
自分の友達と春香が分かり合う瞬間を目の当たりにして、健斗は嬉しくなる。機嫌を良くして、もう一度パンくずを撒いた。今度は空からスズ五郎やメジロ七号たちも飛んできて、地面に落ちたパンくずをついばみ始める。
「わわっ、小鳥ちゃんも……!」
「こいつら、いっつもメシ配ってから出てくんだよなぁ……ったく欲張りどもめ」
配りすぎない程度に餌を投げ、健斗は食事をする彼らを眺めた。春香は既に小鳥たちとも戯れ始めている。早くも動物と触れ合う喜びを覚えたようだった。ヘビやカエルなどの爬虫類はまだ生理的に受け付けないようだが。
「北野さんって、よくここに来るんですか?」
「ああ、学校があるときは毎日な。昨日の昼休みは来れなかったけどな」
「昨日……」
ぼそっと呟いて、はっと何かに気付いたようだった。
「昨日は本当にすみませんでした、変なことで呼びつけてしまったり……」
「それで頭下げられてもなぁ。あのバカ……会長がやったことで、冬宮は悪くないだろ」
というか、と一息ついて。
「俺の方こそ悪かったな、あのあと大変だったろ、窓ガラスとか」
「いえいえ、それくらいは慣れてますから。それに、会長の暴走に比べれば……」
どうやら割れた窓ガラスの一枚や二枚、大したことではないようだった。さすがは生徒会副会長と言ったところだろうか。それにしても春香の声がどんどんか細くなっていく。ああいうことは、昨日が初めてではないらしい。
「さすがに学校に監禁施設があるのは見過ごせないので、昨日のうちにあのボタンは撤去させました。今後、生徒会室に何らかの用事がある場合でも、安心して来てください」
「それが普通だよなぁ」
「それが普通なんですけどね……」
大吾が異常なだけであるという認識をすり合わせる。大吾は、健斗が今まで出会ってきたどんな人間とも違っていた。誰よりも無駄に偉そうで、誰よりもバカで、言うなれば無根拠な自信の塊のような人間だった。
聞いた話によれば、一応しっかりと仕事はこなしているようだが、何であんな人格の持ち主が生徒会長なのか信じがたく、健斗は理解に苦しんだ。
「会長もまだ北野さんを諦めてはいなかったので、私はなるべく止められるよう頑張りますけど、気をつけてくださいね。多分、今日か明日にはまた接触を図ってくると思います」
「気をつけるったってなぁ……ずっとこの場所に逃げ込むわけにもいかねえし」
健斗にとってこの林の中は、いわゆるひとつの安息の地である。居心地が良すぎてつい昼寝してしまい、午後の授業に遅れたこともあるほどだ。春香には見つかってしまったが、それは油断して誰も近くにいないことの確認を怠ってしまったためであり、しばらくは同じミスをしないだろう。大吾にこの場所が見つからない自信はあった。




