2章 林の中の友達(4)
佐倉坂高等学校の北側は、少しばかり広い林に隣接している。外から見たら薄暗くてどこかじめじめしている様子が観測でき、普通の生徒は誰も立ち入ろうとしない。しかし、中に入ってみれば意外と居心地は悪くない……というのは健斗だけが知っていた。
何故入ったことがあるのか、という問いには、自分は自然が好きだからだ。と答えられる。いや、それは若干正確ではなく、正しくは自然の中で暮らしている友達が好きだからであった。健斗は平日の昼休み、教室で夏希と昼食を取ってからその友達に会いに行くことを日課としていた。
(昨日はあのバカ会長に邪魔されたから来れなかったけどな! クソッ)
悪態をつきながら、『危険 この先注意』と書かれた立て札を今日も元気にスルーして林に入る。待ち合わせ場所への道のりは勝手に舗装して、けもの道のようになっていた。健斗はここを『北野道』と呼んでいる。北野道の存在は、健斗の他には一回だけ無理矢理連れてきた夏希しか知らないはずだった。
(まあ夏希はあまりこういうとこ好きじゃないから全然来ないけど……な、っと)
北野道を通り抜け、少し開けた場所に出る。周りは木々に囲まれているが、この辺りは日差しがよく、真っ昼間ということもありぽかぽかと暖かい。
ここが健斗の目的地であった。定位置である丸太に腰を下ろし、周りに呼びかける。
「おーい来たぞー。でてこーい」
でてこーい、でてこーい……と自分の声が小さく木霊する。ちょっとだけ待っていると、ガサガサと草木が擦れ合う音がしたのち、「友達」が飛び出してきた。
「よく来たな! えーっと、ひーふーみー……今日は少なめか?」
健斗は目の前に現れたタヌキやリス、蛇などの小動物を数え上げる。
彼ら小動物が、自然に暮らしている健斗の友達であった。
タヌキ――健斗はたぬ坊と名付けている――が健斗のそばに寄ってきて、ぺしぺし、と足を叩いた。
「ははは、ごめんって。昨日はちょっと用事があってな」
たぬ坊の抗議に、健斗は頭を掻いて謝った。彼らと言葉は交わせないが、健斗には言いいことがなんとなく分かっていた。
「だからそう怒るなって、いつも土日の二日間開けたりしてるじゃねーか。……え? 御託はいいから早くメシよこせって? 分かってるよ、今日はパンくずを多めに……」
健斗はそう言って、何も持っていない右手を掲げた。
(……あれ? あれぇ?)
確かに、夏希に見送られながら教室を出るときは持っていた。ウキウキしながら廊下を歩いたときも持っていた記憶がある。だというのに、右手に袋が、ない。
(えーと、確か、靴を履き替えるときに置いて……そのときか!)
健斗が思い至ると同時に、たぬ坊からの抗議が激しくなる。リス一郎は「キュ?」と鳴き、まるで始業しても教室に先生が現れないときの学生のような表情をしていた。
「わ、わりぃ、忘れた。ちょっと取ってくるから、待って――」
健斗が立ち上がって道を戻ろうとした瞬間、ガサリ、という音が聞こえてくる。健斗は思わず足を止めた。
距離は確実に十メートル以内。音は下からではなく、それよりは上――健斗の背より低いくらいから聞こえてきた。つまりそこそこの大きさで、重さとしては四十五から五十キロくらいの生物か。方向からして、恐らく北野道を通ってこちらに来ている。
この開けた場所で遭遇できる、その条件を満たす動物は思い浮かばない。健斗は未知の感覚に心を揺さぶられながら、その生物の登場を待った。
「はぁっ、はぁ……北野さん、ここでしたか……」
「……冬宮!」
一瞬「おっぱい」と言いかけて飲み込んだ健斗は、現れた女子生徒の名を呼んだ。どうしてここにいるんだ? という疑問は出るが、疲れているようなのでまずは丸太まで誘導して、座らせる。
少し休むと、春香の呼吸は段々ゆっくりとしたものになっていき、落ち着いてくる。
「ふぅ、ありがとうございます、北野さん……」
「礼はいらねーよ。それより、なんでここにいるんだ、お前」
「あ、そうでした。あの、これっ!」
思い出したように、春香は手に提げていた袋を取り出す。それは見覚えのある……
「冬宮が拾ってくれたのか!」
「はい! あの、玄関口で北野さんを見かけて、置きっぱなしなのを見て、それで……」
春香から袋を受け取り、中身を確認する。健斗が用意したパンの耳がそのまま残っており、つまみ食いされた様子はない。
「ありがとな冬宮、届けてくれて!」
「いえいえ、お役に立てたのなら良かったです。……ところでそれ、食べるんですか?」
袋の中身を指して、春香が首を傾げた。この袋は透明なので、近くから一目見れば誰でもパンの耳だと分かる。春香がそう思うのも無理はなかった。
「いや、俺が食うんじゃなくてな。友達用のメシだ」
「え、友達ですか?」
春香はキョロキョロと周りを見渡し、どうやら人影を探しているようだ。しかし、健斗の友達を探すには少しばかり視点が高い。
「ちげーって、もっと下」
「下って……きゃぁっ!」
「おっと」
視線を提げた春香が急に飛び退いて、健斗の方に突っ込んでくる。健斗は春香の肩を両手で掴んでがっしりと受け止めた。
「へ、へへへっ、へび、ヘビ……!」
どうやらヘビ助が怖いようだ。そういえば夏希もヘビはちょっと苦手そうにしてたっけなぁ、などという感想が浮かぶ。
「大丈夫だ、怖くねえって」
「ひっ!」
耳元で囁くと、春香がビクッと跳ねた。肩に触れている手のひらから、その驚きがダイレクトに伝わってくる。
「あああっ、あのっ! 私、肩っ! そういうの! 苦手なので!」
動揺しているようで、顔が赤い。どうやらヘビが苦手なだけではないようだ。
健斗が手を離すと、春香は素早く健斗から離れた。その後、何かを躊躇した様子を見せ、そーっと丸太に座り直す。先程よりも、少し距離が置かれていた。
「すまん、嫌だったか」
「……嫌ってわけじゃ、ないですけど」
そこで言葉が途切れる。沈黙の後、春香は体を移動させ、健斗に近づいた。嫌われたわけではなさそうで、健斗は胸を撫で下ろす。




