そいつは
廃墟の探索を一通りし、町に戻ろうとしているところだ。
雨はほとんど止んだ。
だが足元はぬかるんでいて、さっきは水たまりに足を突っ込んでしまった。
靴下も浸かってしまったので、グジュグジュとしていてとても気持ち悪い感触だ。はやく履き替えたいものだ。
「あなた、結局泣かなかったわね。期待していたのに。残念だわ」
こいつ、本気で僕が泣くことに期待していたのか…
「あんなので泣くわけないだろ。自殺の痕跡はない。何かに襲いかかられたわけでもなし。
ポルターガイストもなかった。
幽霊に出会っても、その姿は人と変わらないうえ君が退治してしまうし。
正直なところ、一番怖かったのはゴキブリだよ」
「まあ生き物の大群が密集しているのは私もあまり想像したくはないわね」
というか、野々崎は人の泣き顔を見て喜ぶような人物だっただろうか。
誰かの痴態を笑うようなことはなかった。自分の意見を持ち、しっかりと芯のある子だった。
授業では積極的に手をあげ、休み時間に先生に質問しにいっていた覚えがある。
学校行事には人一倍熱心に取り組み、クラス全体を引っ張っていくような委員長的な存在であった。
僕のイメージではかなり好印象なクラスメイトだったのだが。
だが、そんな充実した学校生活を送っていた彼女が何故家出なぞしているのだろうか。
ふと興味が湧いた。
「なあ、野々崎はなぜ家出をしようなんて思ったんだ?」
彼女は一瞬きょとん、という顔をしたが、すぐにああ、と合点がいったようで
「そういえば私からは言っていなかったわね。実は1週間前、両親が事故で亡くなって…」
辛そうに目を伏せた。
「聞いてすまなかった」
すぐさま彼女に向かって頭を下げた。
家出の理由が僕と似たり寄ったりだとでも思ったのか。
僕みたいな気楽な理由で家出するやつなんて圧倒的少数なんだぞ。
自責の念に苛まれる僕に、彼女は慌てたように両手をブンブンと振って言った。
「そんな本気に受け取らないで! 冗談よ。冗談。
表向きの理由としては『己の見聞を広めるため』って書いたけれど、実際は観光よ。観光。景色を見ることが趣味なのよ。私」
「そんなわかりづらい冗談を言うんじゃない!」
…だが先ほどのは無神経な質問だったのには違いない。今後、家出した子に会ったとしても、家出の理由を聞くのはやめよう。
「駅にいたら偶然葉波くんをみかけたから、どうせだったら二人で行動した方が楽しいかと思ってついてきたの」
「それはまた、傍迷惑な話だ」
「私と一緒に行動するのはそんなに嫌だったかしら」
「…そこまででもないけれど」
「正直なのは美徳よ」
どことなくご機嫌そうだ。
そうして適当に相槌をうちながらも、僕は考え続けていた。
観光のため、つまりは自分の趣味のために家出したというのだ。
なんだか僕のイメージする野々崎像に合致しない。あくまで僕の知っているのは表面上の彼女だったということなのか。
「………」
本日朝からの出来事を一つ一つ思い返してみた。
家を抜け出したこと。
駅で野々崎と出会ったこと。
道中の移動。
市役所でのこと。
廃墟での出来事。
そしてたった今わかったこと。
それらを総合的に考えて、ある結論が出た。
「もう一つ質問いいか?」
「ええ。…でもなぜそんなに離れているの?」
僕はそいつから5mほど距離を取っている。
そいつの問いには答えず、ゆっくりと深呼吸をして、僕はそいつに問いかけた。
「お前は誰だ?」
次回、推理が始まるので、よければ今までの話を読み返して伏線を回収していってください。
明日(11/25)の22時ごろに続きを投稿する予定です。
よろしくお願いします。




