第一次マレー半島沖海戦2
1941年12月17日マレー半島沖
「全巡洋艦及び駆逐艦、突撃開始!」
その命令が発せられると、まるで手綱を放した犬のように白波を蹴立てて敵に突入していく。
「敵との距離、27,000ヤード(約25,000m)!」
「インヴィンシブル、ロドニーは針路90度。インヴィンシブルの目標、敵1番艦。ロドニーの目標、敵2番艦。測的が終わり次第、各艦自由射撃」
ゆっくりとインヴィンシブルの艦首が右に振られ、それにロドニーが続く。
2隻の戦艦が回頭を終え、全ての主砲を左舷へ指向する。
「主砲いつでも撃てます!」
「カメンス・ファイア!」
インヴィンシブルの主砲が火を噴き、1トンを超える巨弾を叩き出す。
英国海軍自慢の主砲が放つ16インチ砲弾が敵に到達するまでの時間は約30秒。
長いようで短い時間が過ぎ、インヴィンシブルの艦橋に報告が飛び込む。
「ストラドリング(夾叉)!」
「よくやった!再装填が完了次第、斉射に移れ!」
初弾で夾叉を得たのは何分にも、射撃指揮レーダーによるところが大きい。
この巡洋戦艦インヴィンシブルと戦艦ロドニーに搭載された284型射撃指揮用レーダーが効果を発揮したのである。
そして、インヴィンシブルの主砲9門が吠え、敵艦隊の先頭を進む旧式戦艦に9発の16インチ砲弾が吸い込まれた。
その瞬間、今迄に見たことが無いほどの閃光が迸り、何かの破片が空高く飛ぶのが見えた。
敵1番艦の周囲を囲む水柱が消えた時、たった数秒前までそこにいたはずの敵艦の姿がなかった。
一瞬だけ、艦首と艦尾のようなものが見えたがそれもすぐに見えなくなる。
何が起こったかは明白である。
インヴィンシブルの16インチ砲弾が敵戦艦の主砲を易々と貫通し、主砲弾火薬庫にて爆発、その結果敵艦は文字通り木っ端微塵に消し飛んだのである。
まさかの出来事に唖然としていたインヴィンシブルの見張り員が慌てたように報告する。
「イセ・タイプと見られる敵戦艦轟沈!」
「よし!目標を敵3番艦に変更。測的始め!」
「敵艦発砲!」
「敵艦との距離は?」
「24,000ヤード(22,000m)です!」
「敵さん、焦ってるな」
「撃ち方用意よし!」
「ファイア!」
*
同日戦艦日向艦橋
「伊勢轟沈!」
「なにっ!」
信じられない思いで前方を見るが、目の前に存在していたはずの南遣艦隊旗艦の姿はそこには無かった。
「第六戦隊司令部より入電!『我、南遣艦隊ノ指揮ヲ取ル。第六戦隊ハ最大戦速ニテ敵ニ突入、日向ハ最大戦速ヲ維持シツツ現地点ヨリ敵ニ砲撃開始セヨ』以上であります!」
「分かった。取り舵いっぱい、急げ!」
敵に突入していく第六戦隊を尻目に日向は針路を変えつつ、敵に全主砲を向ける。
「主砲全門装填完了しました!」
「主砲、測的始め!目標、敵1番艦!」
主砲が旋回し、特異な主砲配置を持つ敵の1番艦に狙いを定める。
「撃ち方始め!」
日向に搭載されている六基の36センチ主砲の一番砲から巨大な轟音と共に36センチ主砲弾が飛び出す。
一刻も早く敵に命中弾を得なければ、そう焦る気持ちを抑えて敵艦を睨む。
「だんちゃーく!」
の報告があがるが敵への直撃弾は無い。
伊勢の仇を討つべく放たれた日向の第一射は、その全てが敵艦より手前の海域を虚しく奔騰させて終わったのだ。
後に第一次マレー沖海戦と呼ばれることになるこの戦いは、戦史家サミュエル・モリソンに『太平洋戦争中でもっとも混沌な戦いだった』と評される程、乱戦の様相を呈し始めていた。