夕食の時間
歩くこと数十分。
おれ達はメロウガーデンという名の酒場へやってきた。
木造建築の店で、すぐそばに小さな水路が流れている。
市内から多少離れてい静かだし、水路には水車も回っているし、エクトルが言っていた通り雰囲気はすごくいい。辺りは広葉樹が広がり、自然豊かな場所だ。
なんだか、すごく落ちつくなぁ。
エクトル邸の周辺も田園風景が広がり、遠くが見渡せる良い場所なんだけど、こっちもまた違った風情がある。まあ、どっちとも好きなんだけど。
「そういえば、マーハはお酒大丈夫なのか?」
メロウガーデンの入り口の前で、不意にオレリアさんがきいてきた。
「それはもう、全然大丈夫です」
お酒は前世の楽しみの1つですから。
毎日家に帰ってきては酒を飲む日々でしたからね。
社畜にもなれば、楽しみはそれくらいしかないのですよ。
「今日はただの夕食だし、あまり飲み過ぎるのはダメだからね」
と、エクトルが注意を促してくる。
飲み過ぎは明日の業務に響くと言いたいのだろう。さすがにそれくらいは弁えている。社畜を舐めないでもらいたい。休日の前夜以外にはちゃんと抑えておりましたとも。
「じゃあ行こうか」
メロウガーデンの店内に入ると、マスターと、数人のウェイトレスがいた。酒場ということだったが、なんだか静かな雰囲気だ。酒場と言うよりはバーって感じか。
適当な席に陣取り、エクトルがウェイトレスに注文をする。
どうやら、毎回お決まりのメニューがあるようだ。
ウェイトレスは注文を受け、厨房へ。
後は料理とお酒を待つだけだ。
「ここは葡萄酒が美味しいんだ。ステーキなんかと一緒に飲むと、最高なんだよ」
「葡萄酒ですか、いいですね」
ワインかー。
前世じゃ専らビールばっかりだったからな。たまにはワインもいいかもしれない。
それにしても、この世界では子供もお酒を飲んでいいのか。辺りを見ると、確かに小さな子がお酒っぽいものを飲んでいる。エクトルもオレリアさんも、この店の誰もが何も言わない所を見るに、そうなんだろうが。
「それで、そろそろちゃんと説明してもらおうかエクトル。マーハとはどういう関係なんだ?」
「マーハは僕の助手だよ。帝都で出会ったんだ」
「助手か。つまり、エクトル専属のってことなのか?」
「そうだね。だから、あの工房に一緒に住むことになったんだ」
「――なッ!?」
エクトルの発言で、オレリアさんの表情が凍りついた。
そらあかんでエクトルさんよ。さすがのおれでも、もうちょっとオブラートに包んだ言い方を選ぶと思うぞ。
「ど、どどどッ、同棲!?」
「うん、そうだよ。僕も、あの工房に1人だったから嬉しくてさ。まあまだ今日来たばかりなんだけどね」
――キッ!
何故かおれがオレリアさんから睨まれた。
おかしいな、失言をしたのはエクトルのはずなのに何故おれがヘイトを集めているんだ。
「助手は私では、ダメだったのか!?」
「いやだって君は神聖教会の人間だろう? 仕事もあるのに、僕だけに付き合わせるのはいかないよ。それに、オレリアは僕の助手なんかより、騎士をやってる方が似合ってる。正義感は強いし、武芸の腕も立つんだから」
「ぬぬぬぬぬ! そう言われたらもう言い返せないじゃないかーッ」
オレリアさんは頭を抱えて唸っていた。
しかし、どうもエクトルは天然入ってそうだ。これだけ好意を寄せた綺麗な女性がいるのに、ここまで真面目に返せるんだからなぁ。天然ジゴロとはこのことか。
「お、オレリア、トーン抑えてっ」
「す、すまない。ここでの騒ぎは御法度だったな。騎士である私がそれを破るわけにはいかないか」
素直に大人しくなるオレリアさん。
どちらも基本的には真面目な性格のようだ。
「2人とも仲が良いですよね。どういった経緯で知り合ったんですか?」
おれがそうきくと、オレリアさんが応えた。
「そうだな。出会いはまあ、今から5年くらい前だったかな。私がエルクラーク支部に配属になってからすぐだ。その時はまだエクトルも工匠になりたてでだったか」
「そうだね。なんだかすごく昔のことのようだけど」
「私が騎士の儀礼剣を折ってしまって困っていたところに、通りかかったエクトルが造り直してくれたんだったな。それが最初の出会いだったはずだ」
「5年前からの付き合いなんですね」
「その通りだ。それからもエクトルには色々と世話になっていてな。いつも助かっている」
「僕も助かってるよ。オレリアは腕も立つし、魔物の素材が必要な時は助けてくれるからね」
「なるほど、お互いさまって感じなんですね」
そうやって信頼関係を築いてきたのだろう。
エクトルが創作し、オレリアさんが素材採取の手伝いをする。
助け合いってやつだな。理想の関係だ。
「お待たせしました。葡萄酒です」
手慣れた手つきで葡萄酒入りの木製ジョッキを3つ、テーブルの上に置くウェイトレスさん。それからおれ達に一礼して、再び厨房へと戻って行った。
「それじゃ、新しい仲間に乾杯!」
エクトルの音頭に合わせ、ジョッキを突き上げる。
そして、一気に中身を飲む。
くぅー! なんだか久しぶりの酒だ。この身体になってからは初めてだな。色々あったけど、無事にこうやってお酒を飲めて良かった。全部エクトルのおかげだ。
「どう?」
「はい。美味しいです」
「それは良かった。ここは料理も最高だから、程々に期待していいと思うよ」
「そうなんですね。楽しみです」
酒が美味い店は料理も美味い。
これは生前でもあった法則だな。
何事も手を抜かない店だということか。
「まあ、飲み過ぎには注意だがな。私も、気付いたら飲み過ぎて大変なことになってしまったことがある。それ以来は、自粛するように心がけているんだ」
「飲み過ぎると後が大変ですもんね。オレリアさん同様わたしも気をつけます」
飲み過ぎはダメだとさっきエクトルにも言われたばかりだ。
まあ、ぼちぼち飲んでいれば大丈夫だろう。おれ自身のキャパは、割と丈夫な方だったし。一気飲みでもしない限りは、急に酒が回るなんてことはないはずだ。
「お待たせいたしました。こちらが料理になっております」
流れる手つきでテーブルに配膳していくウェイトレスさん。
ステーキのようで、鉄板の上で肉がじゅうじゅうしている。
この世界でも、基本的に食材は前世と同じようだ。
見た目も匂いも、瓜二つだし、間違いない。
「じゃ、食べようか」
「はい」
「うむ」
フォークで肉を刺し、口に運ぶ。
そして葡萄酒で流し込む。
至福である。神に感謝したいね。
「結構豪快な食べ方だね。ちょっと驚いたよ」
「そ、そうですか?」
やべ、今のおれは女の子だった。
まあ、ステーキ一切れ丸ごと一口で放り込み、さらに一気に葡萄酒を流し込むとか、確かに豪快だな。それがこんな女の子がしていたら異様に見えるのも仕方がない。
面倒だけど、この辺りも変えていかないといけないか。
不信感を抱かせるのもよくないしな。
「いいじゃないか。よく食べる子はよく育つものだぞ」
「それもそうだね。でも、オレリアは豪快に食べそうなのに反して優雅に食べるよね。そっちも意外だったよ」
「わ、私はこれでもエルフの端くれなんだぞ。それくらい普通だ」
言いつつ、オレリアさんは小さく切ったステーキをゆっくりと口に運んだ。おれとは違い、少しずつ上品に食べるようだ。それが女性としては当たり前なんだろうが、エクトルの言うとおりオレリアさんはなんだが豪快に食べそうに感じてしまう。
「エルフ族というのは、どういう種族なんですか?」
おれがそうオレリアさんにきくと、何故か目を丸くされた。
もしかして、この世界ではエルフがどんな存在か常識だったのだろうか。もしそうなら、地雷踏んでしまったことになるのだけど……。
「マーハがどんな境遇で育ったかは知らないが、エルフ族のことを知らないというのは意外だったな。でもまあ、田舎とかで生まれ育ったのなら詳しく知識を持たないというのも頷けるか」
「す、すみません……」
「なに、気にすることはないさ。これから知っていけばいいんだ」
「そう言って頂けるとありがたいです」
ふぅ、なんとかことなきをえたか。
エクトル以外の前で下手に無知は晒せないな。
「エルフ族というのは、一般的に神聖な種族とされているんだ。魔法が得意で、私を見てわかるとおり耳が尖がっている。数も少なく、同族以外との結婚は禁止されていてな。そのせいか数多くが里に籠って生活しているが、私のように世の中に出る者もいるということだ」
「どうして結婚は禁止されているんですか?」
「それは掟だからな。加え、ヒトとの間で子を為すことは禁忌とされている」
「禁忌……」
どうやら難しい理由がありそうだ。
エルフのこともある程度把握できたし、これくらいでいいか。
「ありがとうございました。おかげで、エルフ族がどのような種族なのかが判りました」
大方、予想通りではあった。
ただ、ヒトとの結婚や子づくりが禁止されているのは意外だった。ファンタジーモノの小説や漫画には、よくハーフエルフなる人物も登場する。そのせいで、普通にヒトとエルフは夫婦になれるものだと思っていた。
「オレリアはエルフだけど、剣も凄いんだよ。神聖教会エルクラーク支部の小隊長も任されているしね」
「そうなんですか?」
「ま、まあ一応な。でも別に褒められたことじゃないぞ? 教会にはもっと凄い人達が一杯いるからな。私なんかまだまだだ」
照れているのか、オレリアさんの頬は少し赤い。
しかしだ。こんないかにもくっころで美人なエルフの騎士に惚れられているのに、恋人にもなれないとはエクトルは可哀想だな。この2人ならビジュアル的にもお似合いだろうし、非常にもったいない。
それから、しばらくの間おれ達はまったりと歓談しながら夕食の時間を過ごした。
気付けばお酒の量も増え、気分は高揚。
この身体になってからというもの、お酒など飲む機会はなかった。それはつまり、自分のアルコールのキャパも変わっているということだ。
知らぬ間に、おれは意識が飛んでいて。
おれは目を覚ましてから自分が以前ほどお酒を飲めない身体になっていることに気付くのだった。




