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エルフの騎士




 エクトルの説明で、オレリアさんがどういった人物なのかが把握できた。

 エクトルの友人。それが一番判りやすい例えだろう。


「本当にすまなかった。つい焦ってしまって……」


 先ほどまでとは別人のように、オレリアは大人しい。

 庭でいきなり勝負を仕掛けてきた時は、かなりおっかなかったんだけどな。


「それはもう大丈夫です。ですけど、どうしていきなり勝負なんかしようと思ったんですか?」


「そ、それは……」


 バツが悪そうに口をもごもごさせるオレリアさん。

 うーん。なんだかあまり追求しない方がいいのかもしれない。

 でも、理由くらい教えてくれないとこちらとしてはやられ損もいいところだ。


 エクトル低のリビングに、少しの沈黙が流れた。


 おれは先ほど淹れた紅茶をすすり、カップをテーブルに戻す。

 うん、美味しい。こっちの世界はご飯もお茶も美味しいな。


「エクトルの家は、もっと散らかっていた。これも、お前が片付けたのか?」


「はい。丁度、暇でしたので」


「むむ……。出来る女だな……」


 なんかオレリアさんが唸っている。

 ていうか出来る女ってなんだよ。ただの整理整頓だよ。


「部屋は僕もびっくりしたよ。ありがとう」


 ――よしよしよしよし。


 エクトルから頭撫でられた。ちょっと嬉しい。

 だが、オレリアからは鋭い視線が。

 どうも羨ましがっているようである。なんとなくわかる。女のカンである。


「エクトルは、そういう女が良いのか……?」


 唐突なオレリアの問いに、エクトルは呆気にとられたかのように瞬きした。


「私は剣と魔法くらいしか取り柄がない。家事はからっきしだ。掃除なんでしようものならさらに汚してしまう。洗濯もさっぱりだしな。だから、そんな私じゃ、お前の嫁に相応しくないのか? こんなガサツな女は嫌か……?」


「オレリア、それは違うよ。それに、何度も言っただろう? 君はエルフだ。でも僕はヒトなんだ。異種族間の結婚は掟に反する。それが世界のルールじゃないか」


「そうだ。だが、そんなものどうでもいいんだ。私はエクトルが好きだ。愛しているんだ。エルフがヒトに恋してはいけないことも知っている。でも、しょうがないじゃないか。好きになってしまったんだ! 私は、お前を!」


「……僕も、オレリアのことは好きだよ。でも、結婚は出来ない。君をはみ出し者になんかしたくないんだ。僕なんかよりもっと相応しい人がいるよ。君は強くて気高くて美しいんだから」


「またそう言って……。エクトルは卑怯だ……」


「オレリア……」


 見つめあう2人。

 その隣で様子を窺うおれ。

 うん、場違いだな。というかなんだこの修羅場は。

 禁断の恋ですか。おれには関係ないですよ。まったくもう。

 ドラマのワンシーンかと思ったぞこのやろー。


「エクトルも、強情だな」


「それは君もだろう?」


「ふ、違いない」


 お互い引きさがらず、でもお互いが信頼している。そんな感じに見える。そんじょそこらの付き合いではなさそうだ。

 このやり取りも、初めてではないのだろう。なんとなくわかる。それくらいは察せるつもりだ。


「あの、オレリアさんは、騎士なんですか?」


 話題を変えるべく、ちょっとだけ間を置いてからおれはオレリアさんに質問を投げかけた。


「その通りだ。私は神聖教会の聖騎士。エルクラーク支部所属だ」


「し、神聖教会……」


 あれ、どこかで聞いたことあるような。

 あ、思い出した。エクトルが言っていたんだ。確か、帝都は神聖教会の総本山だって。そして、おれを牢屋にぶち込んだ連中もその騎士団の一員であったはずだ。よく見ればその時の騎士と装いが似ている。


「どうした?」


「い、いえ、なんでもありません」


 やべー。まじやべー。

 魔族だってばれたらまた牢屋パターンじゃないだろうな。もうあの冷たい地面と薄暗い部屋は勘弁願いたいのですが。


「大丈夫だよ、マーハ」


 おれがおどおどしていたからだろう。エクトルはそう言ってきた。


「私が神聖教会の人間だと何かあるのか?」


「何でもないさ。ただ、お堅い人が多いからね。マーハが少しだけ畏まっちゃっただけだよ」


「そうか。別に気にすることはないんだがな」


「すみません……」


「なに、謝ることはない。我らの職務は一般市民を魔物の脅威から守ることだ。怖がる必要はないんだぞ?」


 どの口が言うんだ、と言い返したかったが、蒸し返すのも面倒なので頷いておいた。

 まあ、先ほどのことも、エクトルへの愛ゆえにってやつだったんだろうしな。洗濯とかしてたからおれがエクトルの女にでも見えたんだろう。雇われてはいるが、そういう関係ではない。勘違いはしないでもらいたいものだ。


「そろそろ夕飯時だね」


 そう言ったのはエクトルだ。


「そうだな。せっかくだ、一緒に食べよう」


「わかった。マーハも一緒でいいかな? 場所はいつものトコだよね?」


「うむ。しばらくエルクラークを離れていたんだ。久方ぶりの食事にはうってつけだろう。マーハもいることだしな」


「……食事、ですか?」


 どこかに食べに行くのだろうか。


「ああ。ちょっとボロいが、風情があって良い店があるんだ。マーハへのお詫びも兼ねて、今回は私が奢ろう」


「そんなに気を使わなくてもいい……と、言いたいけど、オレリアは言い出したらきかないからね。今回はお願いするよ」


「任せておけ」


 というわけで。

 オレリアさんの奢りで、夕食を食べに行くことになるのだった。

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