第7話
「お嬢様!膝をこんなにして!!」
アビーが薔薇の棘で傷ついた膝を手当てしながら、涙声でコーデリアに説教を繰り返す。
「ごめんなさい。膝をついたら、剪定した枝が落ちていたのよ」
寝室の長椅子に身を沈めてコーデリアは静かにアビーの手当てに身を任せていた。庭仕事を終えて、屋敷に戻ったコーデリアであったが、その両膝に血をにじませた姿を見た執事と侍女は顔を歪ませた。
「私たちだけではなく、旦那様もご心配なされます。もっと御身を大切になさってください」
「本当だ、コーデ。君はもっと自分を大切にしないと。心労で俺が禿げる」
声がした方にコーデリアが顔を向ければ、そこには少し怒ったような表情を浮かべたジェラルドが仁王立ちで立っていた。アビーが手当てをしていた手を休め、主の帰館に礼をしようとしたが、ジェラルドはそれを片手をあげて制す。アビーは目礼をしてそのまま怪我の手当てを続けた。
ジェラルドは静かにコーデリアのそばに歩み寄ると、そっと頬を指の背で撫でる。
「膝のけがは大丈夫なのか?」
夫の問いにコーデリアは無言で肯いた。
「それにしても痩せたな、食事を摂れと言ったのに」
ジェラルドはコーデリアを見つめて呟いた。
「ごめんなさい、食事がのどを通らなくて・・・それと、お迎えに上がらず申し訳ありません」
目を伏せてコーデリアはジェラルドに詫びた。アビーは手当てを終えると、あたりを片付けてそっと寝室から退室していた。
「迎えなんてどうでもいい。コーデ。こっちを見ろ」
夫の言葉にコーデリアはジェラルドの黒い瞳を見上げた。吸い込まれそうなほど黒く、強い意志を感じる瞳。久々に夫の目を見たような気がする。
ジェラルドはコーデリアの隣に腰を掛け、そのまま視線を絡みあわせる。
「ずいぶん元気がない。あの夜会で何があったのか、そろそろ話さないか?」
何となく想像はつくがとつぶやく夫の言葉にコーデリアは何も言えずに口をつぐんだ。
「・・・」
コーデリアはうつむく。
「噂を聞いたんだね、そうだろう?」
夫の質問にコーデリアは小さく首肯した。
「やはり、そうか。そういうことがあったらすぐに言うように言わなかったか?」
「言われました・・・あの、ジェラルドは私のひどい噂をご存じだったんですね」
「知ってたよ。コーデと出会う前から」
ジェラルドは大きな両手でコーデリアの頬を包んで、自分の方に向けた。
「だから、コーデ…君がこの噂にさらされないようにと思っていたんだけどね、この間の夜会でコーデが嫌な思いをしたのは俺のせいだ、本当にすまなかった」
「どうか謝らないでください!!ジェラルドのせいじゃない・・・覚悟が出来たって言ったのは私です。覚悟が足りなかったのです。結婚する前は平気だったんです、ひどい噂が流れていても」
ジェラルドに見つめられたコーデリアの瞳が揺れる。
「でも、夜会の日は違ったのです。ジェラルドの立場を悪くするのではと考えたら、自分にまつわる悪い噂がとても恐ろしくなりました」
ごめんなさい、とつぶやきながら自分の頬を包んでいる夫の大きな手の上にコーデリアは己の手を重ねる。
「そうか、コーデは妻として夫の立場を気にしたのだな。その辺も説明しておけばよかった。ますます、俺の落ち度だな。余計なことで君を煩わせてしまったね」
苦い笑いを浮かべて、ジェラルドは謝罪の気持ちを込めて小さく頭を下げた。
「いいかい、元傭兵の俺に大層な立場などあると思うか?だから俺の立場だとか気にすることなどない。コーデはコーデらしくいればいいのだ」
「私らしく」
「そうだ、君らしく。それから、あまり一人で悩むな。君の夫はそんなに信用ならないか?」
コーデリアは首を左右に振って、夫の言葉を否定した。
「信用しています。私なんかよりも大人ですし、経験も積んでいらっしゃる。でも今回の噂についてはご相談できませんでした。貴方の妻としてあるまじき噂ですもの」
「そうかもしれないが、これからは何かあったら何でも話してほしい。今回、君の様子がおかしいと、家の者も俺もすごく心配したのだ、約束してほしい」
ジェラルドの手の上に重なっていたコーデリアの小さな手を取り、コーデリアの両手を自分の掌に包み込む。そしてジェラルドの膝の上にコーデリアの手を引き寄せた。
「ええ、わかりました」
「男に相談するには憚りがあるようなことなら、アビーに相談するといい」
優しい声で諭されて、コーデリアは肯くしかなかった。そして、何でも相談しろというのなら、コーデリアが抱える夫婦の悩みを夫にぶつけてみる。
「ジェラルド、お言葉に甘えて聞きたいことがあります・・・噂をご存じだったのにかかわらず、なぜジェラルドは私と結婚したのですか?」
そう尋ねたコーデリアの声はかすかに震えていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
誤字・脱字等に気が付かれましたら、ご一報ください。




