第8話
誤字修正しました。
ご連絡ありがとうございます。
「その話は長くなりそうだから、飯の後に話そう」
ジェラルドは両手でコーデリアの頭を荒っぽく撫で、一風呂浴びてこようといい残して寝室から去って行った。一人部屋に残されたコーデリアは茫然とする。勇気を振り絞って夫に投げかけた質問は軽く棚上げされてしまった。
質問の返答が怖い---
食事を終えて、寝室に戻ったコーデリアはまんじりとせずに夫を待っていた。本を読んでも頭に入ってこない。コーデリアの質問に夫が間髪入れずに答えてくれていたら、こんなに不安でもどかしい思いをせずに良いものを。コーデリアは寝台に身を投げ出した。
(ジェラルドの匂いがする・・・)
上掛けをコーデリアの懐に引き寄せて、力強く抱きしめる。噂が恐ろしいと思ったのは何も彼のためだけではない、コーデリアは夫との生活が壊れるのが恐ろしかったのだと今あらためて思う。
寝台の上でじっと考えていた時---寝室のドアノブが回される。その瞬間、寝台の上で正座をし、背筋を伸ばした状態で夫を迎え入れる。夫は部屋に入るなり、
「さてと、さっきの話の続きだ」
とコーデリアが待つ寝台に腰を掛け、かしこまって座っているコーデリアの肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。引き寄せられた勢いでコーデリアは夫の胸に顔をうずめる形になってしまった。ジェラルドが思いのほか強くコーデリアを抱き寄せていて、慌てて夫の胸の中から逃れようとするもかなわなかった。
「コーデ、しばらくこのままで話を聞いて」
存外優しい声で夫にささやかれて、コーデリアは「はい」と答えるしかなかった。
長い話になると夫は前置きして、
「それにはまず結婚することになった経緯からだ」
そういうと、夫はコーデリアに語りだした。夫はもともと国々を転々とする傭兵であり、王国南に接する国境での隣国との衝突における兵力として雇われたという。国王自らが雇い主であったため、悪い話ではないとジェラルドは傭兵仲間と共に国境に駆けつけて戦闘に参加した。そこで、その働きが国王の目にとまった。
国王はなんとかしてジェラルドを自分のそばに置きたいと思案し、その結果貴族の娘と結婚させ領地と爵位を与えることで束縛しようと考えた。その結婚相手として白羽の矢が立ったのがコーデリアである。亡き父の領地と爵位を守り慎ましやかに生活を営んでいたうえに、20歳という結婚適齢期を少し過ぎたコーデリアは結婚相手として最高の条件だったらしい。
「金で雇われる傭兵などと娘を結婚させたい貴族連中はいないからな」
夫は自嘲気味に笑う。
しかし、当のジェラルドはディルク王国に残る気もなく、王の申し出についてものらりくらりと躱していた。ところが、ジェラルドを傍に置きたかった国王は内々に結婚話を進めて、ジェラルドには半ばだまし討ちのような形で両者の顔合わせの場を整えてしまった。既成事実を作ることによりジェラルドを囲い込んだのだ、そしてそれは成功した。
コーデリアの後見であったバロウズ卿は王命である結婚に喜び、コーデリアとジェラルドが顔合わせをする前にこの結婚話を承諾していたらしい。
これで王命による結婚を断ってしまえば、コーデリアは貴族の女性として傷がつく。20歳という年齢もあり、この好機を逃せばますます縁遠くなるだろう。国王と己の駆け引きに利用されたコーデリアに対して、自責の念を感じ、ジェラルドはコーデリアとの結婚を受け入れた。
ところが、得体の知れぬ傭兵が国王のそば近くに仕えることを良しとしない貴族たちは、こぞってコーデリアの悪い噂をジェラルドに吹き込んだ。
「それなのに、なぜ私と結婚を?」
それだけ悪い噂を聞きこんだのなら、結婚など忌避したくなるだろう。
「傭兵としての勘だ」
自分の腕の中に納まるコーデリアを見て、ジェラルドは優しく微笑む。
顔合わせをした時のコーデリアの印象が噂されているそれとまったく重ならなかった。傭兵で各国を転々とし、いろんな人間を見てきた。その経験をジェラルドは信じた。実際に二言三言言葉を交わしただけであったが、コーデリアの碧玉のような瞳は理知的に輝き、話せば穏やかで控えめな言葉を紡いでいた。噂に聞く悪女とは到底思えなかった。
自分の人の見る目は曇っていないと信じれば、この結婚を断る理由がなかったのだとジェラルドは少し腕の力を込めて、コーデリアを抱きしめる。
そして、ジェラルドの勘は鈍ることはなく、むしろ冴えわたっていた。結婚してコーデリアの生活を見れば、花を愛で、鳥のさえずりと共に唄い、家の者に対して公平に接しており、決して尊大にふるまうことはなかった。その姿は噂に聞く彼女とは大きくかけ離れていた。何故、コーデリアに伴侶がいなかったのか不思議なくらいだったと、ジェラルドは言う。
(でも、私たちの間に夫婦生活はない・・・)
その問いを口に出すべきなのかコーデリアは頭を悩ませていた。とても繊細な問題であるし、このような恥ずかしいことを聞いてよいものなのか考えてしまう。今までの夫の言葉を信じるのであればコーデリアに対して、嫌悪感を抱いている様子はない。
「だから、コーデ。人のうわさなど俺は気にしていないということだ。他に心配事はあるか?」
夫がコーデリアの顔を覗き込んで聞いてくる。今が好機だ。夫に呆れられるかもしれないが、ここで聞かねば、ずっと悩んだままだ。コーデリアは深く息を吸って、夫の目を見据えた。
「ジェラルドは私を妻だと思ってくださってるのですか?私たちは夫婦関係がないのに」
消え入りそうに言うと、コーデリアはその目を伏せた。きっと夫は呆れている。はしたない妻だと思われている。コーデリアの瞳はひどく不安そうに揺れた。
「・・・すまぬ。それでコーデは悩んでいた?」
夫の言葉にコーデリアは小さく頷いた。寝室に沈黙が訪れた。
「実は今・・・厄介事を抱えていてな。それが片付いたら、きちんと話す。それまでその件は待ってくれないか?」
沈黙を破ってジェラルドは口を開いた。その夫の真剣な様子にコーデリアは首肯するしかなかった。
夫の様子がおかしかったのはその「厄介事」が原因なのだと、コーデリアは直感的に知る。ただ、コーデリアもその「厄介事」とやらに巻き込まれることになるなんて、この時は思いもよらなかった。
少し長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
誤字・脱字等気づかれましたら、ご一報ください。




