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第22話

 「今日はとても疲れたわね」

 寝台の上にごろりと寝ころんだ夫に、読書中であったコーデリアは声をかける。

「今日の謁見?陛下は狸だったな。俺の素性を知っていると思ってはいたが、まさか知らないなんて芝居するとはね」

夫は寝返りを打ちコーデリアの方を向く。

「ふふふ、妃殿下は本気で驚いていらっしゃったけど」

「これで、後戻りはできない。コーデは本当にいいのか?この国を出たら・・・」

心配そう尋ねる夫の言葉にかぶせるように、コーデリアは返事をする。

「2人で話し合って決めたことですよ。たとえ戻れなくなったとしても、覚悟の上ですから」

「そうか。それでも心配なんだよ、コーデ」


 何度となく繰り返される会話から夫の気遣いが分かる・・・コーデリアは微笑むと、読んでいた本に意識を戻した。読んでいる本はラグナ=シークの文化や習慣について書かれた本である。少しでも頭に叩き込んで、生活に慣れたい。夫の側杖として生きていくのなら、足を引っ張りたくない。

 幾日か前に「これを読むといい」と夫がコーデリアに差し出してくれた本である。頁をめくっていくうちに本に集中する。

 すると、夫がコーデリアの持っていた本をすっと持ち上げて閉じてしまう。

「あ。まだ読んでいたいのに!」

「俺は放りっぱなしか?」

 不敵な笑みを浮かべた夫はあっという間にコーデリアを横抱きに抱え上げる。こうなっては読書はお預けである。

「もう!私は貴方の国でも、きちんとしたいから読んでいるのに」

「大丈夫、コーデは優秀かつ勤勉だから、すぐに馴染めるよ」

 膨れるコーデリアを、夫は軽くいなす。

「また、そんな簡単に言わないでください」

 最近では砕けた会話を交わせるようになり、コーデリアはこんなやり取りですら幸せに感じる。きっと、こういう会話で幸せをコーデリアが感じているなんて、夫は知らないだろう。


 夫によって、静かに寝台に沈められると、コーデリアの唇は抗議は認めないとばかりに、夫の唇に塞がれる。コーデリアは観念して夫に自分の身を預ける。こうして、コーデリアは夫により愛を注がれ、優しく甘美な時間を過ごした。



 優しく頬を撫でられて、コーデリアはそっと目を覚ます。

「おはよう」

 目覚めれば、朝の挨拶をする夫の黒い瞳が目の前にある。いまだに慣れないこの感じにコーデリアは顔を隠したくなる。恥ずかしさで頬に血が上るのが分かる、きっとコーデリアの顔は真っ赤に染まっているであろう。

「・・・おはようございます」

 夫から距離を取ろうとするも、コーデリアの細い腰を夫の逞しい腕がしっかりと添えられて動けない。

「あの、そろそろ起きて身支度をしなくては」

「まだ、朝も早い」

「でも・・・」

 口を開きかけたコーデリアの唇を夫の親指がそっと押さえる。

「まだ、起きるには早い。暁光が窓から差し込んできたばかりだろ。それに冷えるからもう少しこのままで」

 夫の親指がゆっくりとコーデリアの唇をなぞる。そして、上掛けをコーデリアの顔半分くらいまで引き上げる。

「それにコーデが早く起きたら、アビーも早朝から仕事しないといけないだろう」

 夫の言葉にコーデリアは首肯する。

「あっちに帰れば、ゆっくり出来なくなるだろうから、のんびりしよう」

「ふふ、束の間の休息ですね」

「まさにそうだ。それにしてもコーデは温かい、もう少しだけ休もう」

 コーデリアを引き寄せ、夫はコーデリアを自分の腕の中に閉じ込める。夫との距離が全くなくなり、夫の唇がコーデリアの額にあたる。心臓が高鳴り、コーデリアにとってもう一度寝ることは至難の業のように思えた。



 結局、夫のぬくもりに誘われ、再度眠ってしまったコーデリアはかなり遅い朝を迎えることになった。

夫はいつの間にか起床しており、コーデリアは起こしてくれなかった夫を少しだけ恨めしく思った。

 夫はキャリントン家にいた3頭の馬の内、愛馬以外の2頭を城の厩舎に預けるために出かけて行ったという。

「お見送りもしないで眠っているなんて、妻失格だわ・・・」

 居室を一緒に掃除しているアビーに思わず愚痴をこぼしてしまう。

「大丈夫ですよ、お嬢様。旦那様がお嬢様を起こさないようにとわたくし共に命じておりましたから」

 窓に嵌った玻璃を磨き上げるアビーは、コーデリアを安心させるように微笑む。

「あちらに行ったら、そんな粗相はできないわね。気を引き締めなくっちゃ」

 今まで使っていた鏡台を磨きながらコーデリアは自らに活を入れる

「それにしても、お嬢様。よかったですね」

「何が?」

「最近、お嬢様の表情が晴れやかです。旦那様とご結婚されてから思い悩んでいるようでしたので」

 アビーが差し出がましいことを申しました、と、あわてて謝罪の言葉を口にした。

「いいのよ。アビーは私の姉のような存在だから」

「お嬢様・・・」

「なんだかね、あの誘拐事件が転機だったのだと思うわ。辛いこともたくさんあったけれど、ジェラルドと色んなことを話せたわ」

「そうですか」

「ええ、ジェラルドのこと、少し知れたし。それに、ちょっと前にジェラルドの様子がおかしくてね。私、離婚を切り出されるのかもしれないって、不安だったのよ。それが、実は叔父様のことで悩んでいたことを知って、哀しいことだけど安心したの」

「お嬢様はそんなに悩んでいらっしゃたのですね」

 コーデリアは肩をすくめて、はにかむ。

「最初は勝手に決められた結婚だったのに、いざ一緒になってみると、とても愛おしい人になったのよ。初めて出会ったときにね、何か感じたのよ。この人は私の帰る場所っていうのかしら。」

 鏡台を磨いていた手を止めて、コーデリアは照れたように笑う。

「旦那様もお嬢様のことを大事になさっているのが分かります。きっと、同じように感じたのかもしれませんね」

 アビーもまた働いていた手を止めて、コーデリアの話をうなずきながら聞いている。

「そうだといいわね。・・・やだ、おしゃべりしてしまって、手が止まってしまったわね。ごめんなさい、アビー」

「いいえ、お嬢様の話が聞けて良かったです。それに掃除は私の仕事で、本来はお嬢様のお仕事ではありませんので謝罪の必要はございません」

 アビーはまた忙しそうに手を動かして、仕事に戻る。コーデリアもまた邪魔をしないように、黙々と作業を始めた。


---キャリントン家で過ごす時間は瞬く間に過ぎていった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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