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捨てた犬が立派になりすぎて帰ってきた。  作者: 道草家守


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24.おいで②終



 王都で与えられた家は一軒家だった。そこにバーニーと共に住むように命じられた。

 他にも使用人が二人ほどいるが、もちろん両方ともステラの監視役である。

 だがあからさまに敵意を見せるわけでもなく、淡々と仕事をこなしてくれるため、ステラはまったく気にならない。監視役にはバーニーも含まれているのだが、これは蛇足だろう。

 この処遇に決まるまで上層部はずいぶんと紛糾したようだが、ステラは内容を知らないので関係ない。

 ステラに必要なのは、バーニーを飼える環境なのだから。


 ステラに与えられた身分は、近衛騎士団付きの治癒師だ。

 主に騎士団内の人員の怪我を治していく。

 ステラがアヴァリスだったと知っているのは、団長であるブルクスと、幹部の数人だけだ。

 その中にはヴェルシュも入っている。意外と高い地位にいたのだな、とステラは感心したものだ。


 ただ騎士団から出された条件には、名前こそ「ステラ・オンブル」のままだが、元の容姿を偽らずにいること、というのが入っている。

 そうでないと餌の意味がないからだ。しかし意外にも、ステラをアヴァリスと結びつける者は騎士団内におらず、むしろ感謝された。


「こ、こんな美人な子がバーナードになんて捕まっちゃって……でもあいつが働いてくれるのはありがたい……!」


 と治療のときに泣かれる始末である。

 ステラが困惑していると、ヴェルシュが気まずげに答えてくれた。


「バーナードが『誰か』を探していたことは周知の事実だ。しかし、その、あいつが無口なせいで、それが『誰か』までは知られず、騎士団内では尾ひれが付いて『奴隷の頃に出会った初恋の人』を探していることになっていたんだ。忌ま忌ましいが、その噂のおかげでギリギリ……ほんとうにギリギリ、騎士団内の好感度が保たれていた面があってだな……」

「自力で気づいたあなたも訂正せずに放置していると」

「ひとまずお前は安全ということだ。とはいえ油断はするな」


 ヴェルシュの苦虫を噛みつぶしたような顔は見物だったが、その言葉にほんの少しだけほっとしたのも本当だ。

 ステラだって、誰彼構わず喧嘩を売りたいわけではない。平穏に過ごせるのならそれが一番良い。

 概ね悪くない滑り出しだった。




 今日の勤務を終えたステラは、護衛の騎士に送られて帰宅した。

 こちらは監視というより、純粋に優秀な治癒師を誘拐しようとする不届きな者がいるかららしい。


 治安、十年前とそんなに変わらないのでは? と密かに思ったのは秘密だ。


 帰ってきたステラは、使用人達に断り、一人で食事を作り始めた。

 今日はバーニーが討伐遠征から帰ってくる日だからだ。

 普段なら十分人間の振りができたことを褒めてやるだけなのだが、ステラと数日離れることを彼はひどく渋っていた。

 だからきちんと任務をこなせたらご褒美をあげる、と約束していたのだ。


 バーニーは散々悩んだあと、ステラの作ったものを二人きりで食べたいと言い出した。

 彼はステラと二人きりで暮らしていたシチュエーションが、大変気に入っていたらしい。

 表情は大して変わらないが、食事のときには使用人が控えるのを不満そうにしていたから、彼にとってはそれなりに気になることのようだ。

 その程度のご褒美でいいのならステラも楽だ。


「ただ、まあそろそろバリエーションは増やさないとね。新鮮味がなくなると制御がしにくくなるもの」


 今のところその兆候はないとはいえ、余裕があるうちに探っておくのも一興だ。

 ステラがビーフシチューの味見をしていると、台所の入り口にふらりと人が立つ。

 視界の端で揺れる赤い髪だけで、誰だかわかる。


「おかえり、バーニー」

「……ただいま、ご主人」


 立派な体躯に騎士の制服を纏うバーニーはたいそう見栄えがする。

 きちんと髪をなでつけ結び上げる彼は、王都でも結構人気が高く、しかもヴェルシュを手本に「騎士らしく」振る舞うようになってからは、さらに人気が高まったらしい。

 だが、こうして主人を見るなり纏う空気を緩める彼は、ステラだけのものである。

 そのことに満足したステラは、「ご飯にしましょう」とバーニーを促した。



 バーニーがこの一軒家に住むことになって、真っ先に買ったのは一人掛けのソファだった。 座面も背もたれもふかふかで、少しゆとりがあるそれにステラを座らせて、自分は床にひざまずくのがお気に入りらしい。

 だからステラが仕方なく選んだのは、毛足の長い柔らかいラグである。

 食事の片付けを終え、寝支度を整えたステラは、自室に置いてあるそのソファに座って、入り口で待つバーニーを見る。


「バーニー、お座り」


 バーニーはすぐに近づいてくるとラグの上に座り込む。

 ステラは彼を見下ろしながら問いかける。


「討伐はうまくいった?」

「ああ、全部倒してきた」

「人間のフリも?」

「ちゃんとしてきた。――ヴェルシュも及第点だと言っていた」


 ヴェルシュが言っているのなら間違いないだろう。

 ステラはにっこりと笑って、その赤い髪に指を通して撫でてやった。


「よくできました」

「……ん」


 すいすいと赤い髪を撫でてやったのだが、バーニーは顔を蕩けさせながらもどことなく不満そうだ。


「なに?」

「……ご主人は、ヴェルシュを気に入っているのか」


 思わぬことを言われて、ステラぱちぱちと瞬いた。

 感心したが素知らぬ顔で、小首をかしげた。


「あの人、素直でわかりやすいもの。気構えなくて良いのは確かね」

「あいつは、飼えないぞ」


 上目遣いでじっとこちらを見上げてくる目にあるのは、確かな嫉妬だ。 

 自分だけが特別な場所にいるという自負と同時に、地位を奪われる恐れを感じているのだろうか。


「私の行動に口出しするなんて、ずいぶんふてぶてしくなったこと」


 ステラが揶揄ってやると、腰に回された手に力が込められる。

 犬のままだったバーニーだが、しかし十年という歳月の中で、なにも芽生えなかった訳ではない。暗く歪んだ衝動を凝らせている。


 だがステラにとっては、好都合だ。

 感情が希薄なほうが、扱いづらい。ステラに対する様々な感情を持て余し、こうして縋ることしかできないなんて、可愛いではないか。


 だから、ステラは、腰に回された腕を軽く叩いた。


「バーニー、ベッドに運んで」

「……わかった」


 しぶしぶといった様子ではあったが、バーニーは丁寧にステラを抱き上げると、そっとベッドに下ろす。

 手慣れたものだと思いつつ、ステラはバーニーを見上げて両手を大きく広げてみせる。


「ほら、おいで」


 こちらに来てからも、よほど仕事がすれ違わない限り、ステラのベッドで眠るのが習慣になっていた。それを見越して、ステラのベッドは一回り以上大きいものにしてある。

 バーニーは従順に、するりと毛布の中に体を滑り込ませる。


 ステラがその手を取ると、バーニーは戸惑いを浮かべた。

 こちらから接触することはないから、意味をはかりかねている顔だ。

 ふうんと思ったステラは、わかりやすいように教えてあげた。


「言ってもわからないみたいだから。こんな風にねぎらうのは、可愛い犬だけよ」


 そのまま彼の手のひらに頬をよせ、そのまま胸に導いてやると、ようやくわかったのか、バーニーは明らかに硬直した。


「ご主人、そういう、意味では……」


 かすれた声で抵抗するが、あまりに弱々しくて、ステラはおかしさがこみ上げてくる。

 だから自分からバーニーに体を寄せて耳元に囁いてやった。


「私を抱き込むたびに、硬いものが当たっていたけど」

「っ!」


 反射的に体を離したバーニーだったが、ごくりとつばを飲んだ。

 その目には明らかな欲の熱が混じっている。


 ステラは何事も徹底する。飼い主になるからには、犬のケアも完璧にするのだ。

 不安になった犬が、万が一《《おいた》》を覚えるのはステラとしても許しがたい。

 だから自分が使える武器はすべて使うのである。

 この犬は、ステラのもの。ならすべての感情は、自分に向けてもらわなければいけないのだ。


 だが、バーニーは恐れるようにステラから後じさる。


「俺は、犬だから……大丈夫だから……」


 おそらく、以前彼の覚悟を試した出来事から、今回もステラが試していると思っているのだろう。

 まあ素直に信じられないのも無理はない。我が儘姫時代にも、形は違うがよくやった。


 なら、とステラはバーニーの頬を包むと、唇を重ねた。

 温かい唇を少しだけ食んでから離れると、バーニーのまん丸に見開かれた瞳と視線が絡んだ。


「本当にすごくがんばったときには、あげても良いわ。考えておいて」


 おやすみ、と言い置いて、ステラは彼に背を向けて布団に横になった。

 目をつぶると、あ、う、と情けない吐息が聞こえた。

 部屋を出ることも予想していたが、バーニーは今までと同じように隣に滑り込むと、ステラを抱き込んだ。

 二度と離したくないとでもいうように強く。


「がんばるから……、そのときは、また言ってくれ」 


 本当は今すぐにでも言っても良いのだが、ステラはよしておいた。

 はじめてした口づけが、思ったよりも心臓に悪かったもので。

 自分もまた「がんばる」必要があるようだとわかったステラは、すり寄ってくるいじらしい犬の頭を撫でてやったのだった。


 誰にも理解されずとも、これがステラと犬の関係なのだ。



〈終わり〉







ご愛読ありがとうございました!


ご主人に舞い戻ったステラと犬に戻れたバーニーのお話、いかがだったでしょうか。

久々の連載でしたが、毎回のように感想をくださったり、ここやってやりましたよ!という話にリアクションがとととっときてくださったり嬉しかったです。

誤字脱字については申し訳ない……とっても助かりました。

毎日読者さん、今日はどんな気持ちになってくれたかな?と見に行くのが楽しかったです。


もしよければこの下にある評価欄から評価をしていってくだされば嬉しいです。


また、こちらのお話は、11月8日に開催する文学フリマ東京43にて同人誌として頒布いたします。

頂いた誤字脱字を修正、加筆するほか、番外編も付ける予定です。


詳細は活動報告に掲載しています。

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ほんとにほんとに楽しんでくださってありがとうございました!




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― 新着の感想 ―
こんなに「犬」になれて良かったね!と人に対して思う日が来るとは思わなかったww折角死に物狂いでまともな感性を身につけた矢先に台無しにされたステラ嬢の不憫さと葛藤がとても良かった。強く生きて欲しい。しか…
こんな素晴らしいお話に巡り会えるのが、このサイトの有難い所です。ハッピーエンドでよかった。有難うございました。
完結おめでとうございます! もう少しふたりの行く末が見たいと思ったら同人誌になってなので買いました!!届くのを楽しみにしてます!
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