1.みつけた①
目立ってはいけない。記憶に残ってはいけない。存在を知られてはいけない。
でなければ――……。
「なあ、ステラちゃん今日の帰りは何時?」
ぶしつけな質問に、ステラは内心のうんざりとした気持ちを押し殺した。
今ステラがいるのは、勤めている病院の施術室だ。
治療魔法をかけ終えた後に、そんなふうに誘われたのだった。
冒険者らしい、筋肉質で日に焼けた男はにやにやと――おそらくは魅力的に見えるだろうという自信に満ちた顔でいる。
「すみません、次の患者さんが待っていますから……」
「カイロスだよ。治療のお礼にさ、食事をおごらせてよ。王都帰りの料理人が営業してるレストランがあるんだ。肉料理がおいしいんだよ」
(呼びたくないのがわからないのかしら)
ステラがやんわりと断ろうとしても、男、カイロスは邪険にされているのがわかっていないのか、あえて無視しているのか動こうとしない。
そもそも治療師であるステラがかり出されるほどではない傷なのに、軽度の傷を負っては、ステラを指名してごねているのだ。
だから迷惑だと思いながら、ステラは感情を押し殺して、淡々と返すしかないのだ。
「私は勤務中ですので」
「だから終業時間を聞いてるんじゃないか。いつも地味な身なりしてるけどさ、きっと服も化粧も変えたら見られるようになると思うんだよ。な、俺のために着飾っておいでよ」
あまつさえ、三つ編みにひとくくりにしているステラの茶色の髪に触れてきたのだ。
無断で触れてくる神経に怖じ気立ち、ついこぼしてしまった。
「無礼ですわよ、その下品な口を閉じられたら?」
「うん? なにか言った」
「あ、いえ……」
カイロスが問い返してくるのに、ステラははっと我に返って焦った。
そのとき、施術室の扉が叩かれ、向こう側から呼びかけられた。
「オンブルさん、治療は終わったか! カイロスさんの処置が難しそうだったら手伝いに行くよ!」
院長のジラルドだ。さすがに、決まり悪くなったのか、カイロスと呼ばれた男はもごもごと言い訳をしつつ、施術室から出ていった。
息を吐いたステラは、扉の間から顔を覗かせる白鬚の院長ジラルドにお礼を込めて頭を下げる。
「大丈夫かい?」
「なんとか。回してくださいと言ったのは私ですから」
この治療院は治療魔法が使える人間がステラと院長しかいない。にもかかわらず魔物の討伐が活発になっていて冒険者達がどっと押し寄せてくるのだ。患者のえり好みなどしていられなかった。
それを一番わかっているだろうジラルドも申し訳なさそうにする。
「すまんね、せっかくこんな辺境の治療院に勤めてくれる貴重な治療師だっていうのに。目に余るようなら、ギルドに抗議するから」
「いえ! 必要ありません! 雇っていただいただけで十分ですから!」
騒動になれば、目立ってしまう。その一心でステラが断ると、ジラルドはますます眉尻を下げる。
「そうかい? 君に辞められるのは困るんだがね」
一応は引き下がり、次の患者を診察しに戻っていったジラルドにほっとしつつ、ステラは付けペンを持つと、診察票に必要事項を手早く書き込んでいく。
ようやくみつけた安住の地なのだ。このままできる限り長く世話になりたい。
と、閉まり損ねている扉の向こうから待合室にいる患者達の会話が聞こえた。
「なあ! アヴァリスの次男が殺されたらしいぜ!」
ステラは付けペンに含ませたインクを診察票に落としてしまった。
これで書き直しだが、ステラの意識は待合室の会話に意識が集中する。
どうやら話しているのは、待合室をたまり場代わりにしている近所の老人達のようだ。
「悪辣貴族アヴァリス伯爵家か、次男坊っていうと、当時は十二、三歳だったか? だが、いっぱしに奴隷の女を痛めつけさせるのがたいそうお気に入りだったというやつだろう? むしろ今まで生きてたのかい?」
「まだ幼いってんで温情で教会に入れられたんだよ。教会の場所も秘匿されてたけど、当時めちゃくちゃにされた奴隷達が執念で見つけ出したらしい。死体はもう見るに堪えない姿だったそうだ」
老人達の口ぶりには、侮蔑とおぞましさと同時に、隠し切れない好奇心が覗いている。
「まあ、それだけ酷いことをしてたんだろ? 話では教会に入った後も、態度は一向に改められなかったらしいからな。性根なんてそうそう変わらないんだろう。さすが十年経っても色あせない悪行が山のように出てくる、アヴァリス家だぜ」
「ところで、他に誰が残っていたか?」
男の片方が何気なく聞いてきて、ステラは、無意識にペンを握りしめる。
緊張と不安で、じっとりと手に汗を感じる。
「首魁の当主は一度入ったら二度と出られない地下監獄に入れられて、死ねも狂えもせずに叫び続けているのにはざまあみろと思ったもんだが」
「確か、長男は国家反逆罪で真っ先に処刑されていて、妻は愛人に毒を盛られて顔が爛れて死んだんだったか。あと残っているのは、上級使用人が何人かと――ああそうだ、娘が一人残っていなかったか?」
心臓がどくんっと強く鳴った。
どくどくどく、と耳元にまで聞こえるほど脈動するそれを、ステラは必死に押さえる。
(大丈夫……大丈夫よ……ただの世間話だから……)
ステラの様子などつゆ知らず、老人達は噂話に興じている。
「ああそうだ! エレストレーヤだったか。戒律の厳しい修道院に入れられたんだったな。銀髪のまれに見る美少女だと有名だったが、親譲りのキツい性格で、奴隷をそのまんま犬と扱って、床で喰わせたり四つん這いにさせて鞭を打ったりいじめ抜いていたんだったか」
「ついたあだ名が犬狂い姫だ。どうせ次男と一緒で性根は変わんないだろうさ。どっかで殺されてんじゃないかね」
「違いない! 名前通り星になることすら贅沢だからな」
笑い合う老人達に、ステラは青ざめる。
汚れた診察票をぐしゃりと丸める。胸にあるのは、たった一つの決意だ。
(絶対、死にたくない)
ステラ・オンブル。本名エレストレーヤ・アヴァリス。
十年前、幾多の悪逆の末に断罪された、犯罪貴族アヴァリス家の末娘。
目立ってはいけない。記憶に残ってはいけない。存在を知られてはいけない。
でなければ――……殺されるのだから。
毎日18時に投稿いたします。よろしくお願いいたします!




