剣作りの最終行程
カインクムの剣も焼き入れによって、弧を描くことができたので、工程も最終段階に入る。
残っているのは、焼き戻しと、砥ぎの工程、それと柄と鞘を作る事となる。
まずは、焼き戻しの工程に入る。
焼入れだけ終わらせてしまうと、刃こぼれの原因になるので、強靭な刃にするには必要な工程になる。
先程の焼き入れの時には、熱せられた鉄の色で判断するが、今度は低い温度で行う為、鉄の焼けた色で判断することは出来ない。
表面の温度を確認する為に蒸発する水、と言っても、布に含ませた水の蒸発の度合いで温度を測る。
熱ければ蒸発は早く、緩ければ蒸発は遅くなる。
焼き戻しの工程で、この温度の見極めが重要になるが、師匠に教えられるた内容を長年の感覚を頼りに温度を見極めて、水の中に入れる必要がある。
「ジューッ!」
焼き入れの時よりは短い蒸発が起こる。
温度が下がったのを見極めて、水の中から剣を取り出す。
綺麗に弧を描く曲剣に、カインクムは目をうっとりとさせ、出来栄えに見惚れている。
だが、ここまでは良かったと思っているのだろうが、その顔には僅かではあるが、不安が残っているように見える。
「これが、あんちゃんが言っていた剣と言えるかどうかは判らないが、あんちゃんの剣にこれで一歩近づいたと思う事にしよう」
この後の砥ぎと、剣を収める鞘の製作が待っており、実際に使ってみて思ったような斬れ味が出るのか、それを見極めるまでは、終わりにはならないのだ。
ただ、カインクムは、この大陸において、新たな技法による剣が、ジューネスティーン以外に作れるようになった2人目である。
この方法で作る剣、ジューネスティーンがこの世界に公開した人が、カインクムとエルメjアーナの親娘2人という事になる。
カインクムは、剣に見惚れているが、これではまだ、剣にならない。
剣は、これから研いで刃を入れる。
剣の研ぎは、表面の状況によって研ぐ方法が変わってくる。
切先から手元迄の凹凸が小さければ目の細かい砥石を使うが、最初は、目の粗い砥石やヤスリを使う。
刃渡り80センチも有る刃を綺麗に砥ぐのは至難の技で有る。
カインクムは木の角材を用意しておいた。
その角材に置くと、出ている面の表面を平らにする為ヤスリで刃や背の部分、切先を擦っていく。
凹凸が無くなれば、ひっくり返して反対の面もヤスリで表面を平らにする。
荒研ぎが完了して、刃を確認する。
今度は刃を持って、砥石に刃を擦るようにする。
刃は、切先から徐々に手元迄を砥石の上で擦りながら移動させる。
研ぎ具合は、指で刃の側面から刃に指を擦る事で確認が取れる。
どんなに硬い素材であっても、0.1ミリ以下の刃先は研いでいる力でわずかに砥石とは反対側に反るように曲がる。
砥石の反対側に目に見えない程度に捲れ上がる鉄、研いだ時のバリの状況を指先を当てて鎬から刃先に向かって
指で撫でて刃先の僅かな引っ掛かりを確認する。
刃が鋭いと研いだ反対の面に出るバリの具合で刃の状態が分かる。
完全に研げた状態なら、背から刃に向かって指で触ると、その引っかかりで研ぎの具合が分かる。
よく研げた状態なら、ザラッとした金属のラインを触ったような感じになるが、研ぎが甘ければ、刃の面とさほど変わらず、何も引っかからない。
良い研ぎの場合は、自分の指紋が引っ掛かる。
その引っ掛かり方も、滑らかだったり、厚く感じたりしている時は、まだ、先端が鋭利にはなってない。
鋭利に研ぎ澄まされた時は、指紋が持って行かれるような感覚になる。
最終段階の完成直前の剣の刃が作られていく様は、剣に命を与えるような、そんな感覚さえも与えてくれるのだ。
ただ、それは、研ぎの最終段階となってからなので、今は、表面を平らにして、刃として機能させる為の前段階になる。
その感覚になるまで、砥ぎの工程は続く。
また、刃を光にかざして見る。
刃に沿って反射する光が見える場合は、研ぎが甘いので刃先が光って見えるが、研ぎ澄まされたヤイバなら、光の反射が人の目には判らない。
そして、側面の刃から峰にかけての波紋を見て、改めて軽く反った斬る為に作られた剣の美しさを実感すると、その光の変化量を楽しみながら、研いでは、その輝きをカインクムは楽しむように確認する。
刃の先端が、光の度合いでは確認が出来なくなれば、指先の感覚だけを頼りに、刃のバリを確認していく。
納得がいく研ぎ味になったところでバリを落とす。
最後に鏡面仕上げを行う。
鏡面仕上げに使うのは砥石ではなく、大型の獣の皮を使う。
人程度の皮の厚みはたかが知れているが、大型の獣は、皮の厚みが厚く1cm以上の厚みの有る物もいる。
その獣の皮を砥石の大きさに切った物を使う。
砥石ではどうしても荒さが目立つのだが、獣の皮で擦るとその荒さを取り除いてくれる。
徐々に表面を磨くと自分の顔が写せるようになる。
自分の顔の写り具合を確認しながら何度も同じように切先から柄の方までゆっくりと移動させながら仕上げていく。
納得のいく研ぎ具合になったので、砥石の研ぎ粉で濡れた刀を軽く布で拭き取り研ぎ粉を取り除くと、新しい布を用意して刀に付いた水分を取り除く。
何度も布をずらして乾いた部分で水分を拭き取る。
乾き具合を確認してから柄と鐔を取り付けに入る。
柄と刀の固定用の穴をあけて、鐔の取り付けに専用の金具で柄を取り付けた時に固定できるようにする。
実用に耐える為に柄と鍔と刀はグラ付かないようにする必要がある。
柄に開ける刀の中心は可能な限り密着できるように、刀の中心(柄の中に入る部分)の厚みに合わせて柄をキリで穴を開ける。
刀の中心の長さが、20センチ程有るのでそれ以上の深さをキリで開けて形を整えていく。
少し狭い位の穴が空いたので、そこへ鐔や固定用の金具を付けて刀の中心を柄に差し込む。
鐔が固定された事を確認すると、柄の中に入ってしまった目釘孔の位置は大凡分かっているので、その位置を狙って、細めのキリで穴を開ける。
目釘孔を通って穴が開くと徐々に大きなキリで穴を大きくしていく。
目釘孔と同じサイズの穴が柄に空いたので、そこに目釘孔と同じ大きさの棒を差し込んで柄に固定する。
刀として振る事が出来るところまできた。
刀を収める鞘は、2枚の薄い角材に刃を当てて刀の形に沿って削る。
剣の表と裏を当てて二つ用意する。
剣にそって削った薄い角材を重ねては剣を出し入れして剣と鞘の当たり具合を確認しながら作る。
曲刀なので、曲がり具合が微妙に異なっている事もあり、通常より少し広めに削る。
内側が自分の考えていたようになり納得すると、鞘の外側を削る。
外側を必要最小限にする事で、重量や装備した際に動きに影響を及ぼさないようにする為で有る。
荒削りで剣の形に合わせて鞘の外側をノコギリ等で軽く削り、2枚の板を重ね合わせて接着剤で貼り合わせる。
貼り合わせた後は、暫くそのまま接着剤が乾くのを待ち、乾燥してから鞘の外観を整える。
形を整え、表面を塗料で塗り、鞘の接着剤が取れても平気なように鞘の貼り合わせを保護する為の飾りや腰に取り付ける為の金具を付ける。
完成した曲刀を鞘から抜いて、抜き具合、剣の表面の状態を確かめると元に戻す。
とりあえずジューネスティーンの言っていた剣を自分なりに作った物が完成した。
後は、誰かに試し斬りをしてもらうのみだが、近いうちに試し斬りをしてくれる人物も現れるのを待つだけだ。
ただ、それも直ぐに現れる事になる。




