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焼き入れ


 カインクムは、工房内を見回している。


 焼き入れを入れる時の土が、乾いた時にひび割れたりしない為に、何か使える物は無いかと探しているのだ。


 確実にこれを探しているといった感じではなく、何か代用品にならないか、考えつつ、一度みては考えて、また、別の何かを探すような感じで工房内を見回しては、移動して手に取ったり、指で触ったりしては考えては、次も同じようにしていた。


 考えがまとまらない、自分のイメージしている物では無い時の人の行動をしている。




 カインクムの表情は、どうしようかと思ってウロウロしているようだ。


 すると、金床の周りに立つとその床を凝視すると、棚の方に行くと袋の中の物を覗き込んだ。


 袋の中には、金属の小さな粒が入っている。


 それは、金床の周りに火花で散った金属粉を集めたものだった。


 すると、その粉を目の細かいフルイに掛けて細かな粉末を取り出す。


 それを少し土に混ぜてみるのだが、粒状の金属が土に混ざったような感じなので、なめらかさが無い。


 試しにレイビアに塗ってみるが、乾いた状態になると、やはり亀裂が走ってしまう。


(フルイに掛けて細かくとは思ったが、まだ、混ぜた金属が荒すぎるように思えるな。 もっと細かな金属粒子の物が必要なのかもしれない)


 何かないかと、また、考えるような顔付きで工房内を見渡していると、今度は、砥石を見つける。


(そうか、研ぎ粉は、砥石で擦った時に出た金属だから、今の金属粒よりもっと細かいはずだ。 まとまったら熱して素材として再利用を考えていた物がある。 乾燥させて容器に入れておいた物があったはずだ)


 それを思い出して、泥に混ぜてみる事にする。




 乾燥させてみると、表面のひび割れも無く乾かすことができた。


 剣に塗った泥が乾いても泥にひび割れが無くなったので、次は炎に当てて熱して焼き入れに入る事にする。


 カインクムは、泥を塗ったレイビアを炉の上に持っていき、いつものように赤く燃えたぎった炭の中に入れようとして止まった。


 燃えたぎる炭とレイビアを見比べて何かを考えている。


(焼き入れの温度は、どうなる。 泥を塗っているのだから、今までのように、剣の表面の色で判断はできない。 そうなると、泥の塗られて無い部分の色を見て確認するしか無いのか)


 何かを考えてから、炉の中にレイビアを入れる。


 吹い子を使って、レイビアの温度を徐々に上げていく。


 徐々に刀身の温度が上がっていくのを手元の泥の無い部分を見て確認している。




 刀身の温度は、柄の中に入る部分の色を確認する。


 刀身部分には泥が付いているので、刀身の温度は見ることができないので、泥を付けてない部分を見て刀身の温度を予測する。


 一度同じようなサイズのレイビアなら、見えている柄の部分の色と、焼き入れ度合いで熱過ぎなのか低すぎなのか確認が取れる。


 その結果を見て、本番の剣で行うのだ。




 温度は徐々に上がっていく、ゆっくり、ゆっくり、温度は上がる。


 柄に入る部分の熱し具合が丁度良い感じになる。


 その温度になったと感じると、その温度を維持するように吹い子の送風量を調整しながら、しばらく待つ。


 刀身の中央と表面の温度が均等になるようにするのだが、表面と中央の温度差を無くなったかを調べる方法は無いので、過去の経験から刀身の厚みを考えつつ、吹い子を使って刀身に炎をあてる。




 頃合いかと思うと、火の中からゆっくりと表面の土が落ちないように刃を出して、水の中に一気に入れる。


「ジューーーーーッ」


 熱せられて、赤くなっていた刃が水の中で一気に冷やされて、赤から鉄の色に変わる。


 刀身の熱が水によって一気に下がる。


 表面温度が下がると、刀身から出ていた泡が消えてくる。


 完全に泡が消えるが、人が触る事のできる温度になるまでにはも少し下げる必要があるので、もう暫く水の中に浸けておく。




 熱は、表面から下がるが、中心部は表面より遅く下がる。


 表面から泡が消えたといっても、水の沸点の100℃より低くなったというだけなので、人が金属に触れても火傷をしない温度の40℃以下にするにはもう少し掛かる。


 常温の水の中に高温の刀身を入れたのだ。


 水の温度は、刀身の熱を奪って水の温度は上がる。


 100℃以下になってから40℃以下にするには、水の沸点まで下げるより時間が掛かる。


 水の沸騰が終わった後も慎重に温度が下がるのを待つ。




 水から上げると、真っ直ぐだった刀身が反っている事が分かった。


 水の中に入れる前まで直剣だったが、水から出した剣は、綺麗な弧を描いた曲剣に変わっていた。薄く塗った刃側と、厚く塗った棟側の影響によって綺麗に弧をえがいた。


「これが、泥の厚みを変えて、焼き入れの時間を調整した結果なのか」


 剣を見てジューネスティーンの言っていた事が正しかった事を実感する。


 すると、カインクムは、レイビアの弧の感じに微妙に強く曲がった所と、弱く曲がったところがあることに気がついたのだろう。


 曲がり具合の違う場所を何度も見比べている。


(確か、後から泥を塗り足した部分があった。 ……。 そうか、泥の厚みによって、曲がりが変わるのか。 なら、これをうまく使えば、上手く剣の曲がり具合を調整できるな)


 レイビアの曲がり具合を考えつつ、先程、打った剣を見る。


(先端は、突く事もあるなら、曲がりは小さい方が良いな。 斬った時の事を考えれば、それ以外の部分は、曲がりを大きくする。 力は、中程からツバの部分に持たせるようにすれば、突く事も斬る事にも有効なのかもしれない)


 カインクムは、レイビアの曲がり具合を確認して考えをまとめている。


(だったら、剣の反りは、剣の幅か、その2倍程度が丁度いいのかもしれないな。 このレイビアの曲がり具合から、土の厚みを考えればいいのか)


 カインクムは、レイビアを置くと、先程の剣に泥を塗っていく。


 自分のイメージ通りの曲がりになるように、泥の厚みを調整しつつ、剣に泥を塗った。




 乾いた剣を炉に入れて温度を上げる。


 柄の部分の温度を見て、水の中に入れて焼き入れをする。


 レイビアで実験した事で、今度は、スムーズに焼き入れ作業が進んだ。




 焼入れが終わった剣は、先端部分は僅かに、中央や根元より曲がりが弱くなっている。


 その剣の曲がり方を見ているカインクムは、満足そうな笑みを浮かべていた。




 しかし、ジューネスティーンの簡単な説明でほぼ同じものを作ってしまったカインクムの腕も頭脳も超一流と言える。


 また、カインクムは運も持っていたようだ。


 帝国の土が粘土質だった事が、焼き入れの際の泥として良い素材だったのだが、その事に気がつくのは、遙さきの話になる。


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