アメルーミラが戻らなかった朝
夜が明け、日が昇り始めた。
アズミーシャは、ロビーのカウンターから、玄関に向かった。
玄関を開けて、外に出ると、左右を確認する。
アズミーシャは、ため息を吐いた。
(朝になっても、アメルーミラさんは、戻ってこない。 何かあったのだろうけど、一体、何が、・・・。)
アズミーシャは、最悪の事を考えていた。
それは、帝都には、良くある亜人誘拐の組織のことだ。
帝都には、亜人専用の奴隷売買組織が、商売として認められている。
大ツ・バール帝国は、この大陸で、唯一、亜人奴隷を認めている国であり、亜人の奴隷商も大手を振って商売を行なっている国である。
アズミーシャは、かなり、小さな時、物心がつくかつかないかの時期に、金糸雀亭のルイセル達の親に買われて、ルイセル達の妹のように育ってきた。
そして、ルイセル達の両親が死んで、ルイセル達が、路頭に迷いそうになり、自分達を奴隷商に売ってもらうようにと話していたところ、ジュエルイアンとヒュェルリーンのお陰で、この第9区画に、以前より大きな宿屋を任されたのだ。
インセント、ルイセル、アイセルの3人には、アズミーシャもだが、リアミーシャ、ミューミラ、イドディーンも、本当の兄弟のように育ってきたのだ。
4人は、その事もあり、両親の死によって、住んでいた宿屋も、借金のかたとして取られてしまい、路頭に迷ってしまったのだ。
そんな時に、亜人達の中で一番の歳上のアズミーシャは、自分達を奴隷として売ることを、ルイセルに話をした。
そのお金で、生活をするなり、新たに事業をするなり、お願いしたのだが、ルイセル達は、それを拒んだ。
4人の亜人は、とても小さな頃からルイセル達と兄弟のように育った事もあり、これ以上、家族を失いたくないという理由によって、アイセル、インセントも同意見として、拒絶された。
その窮地をジュエルイアンが助けたのだ。
ジュエルイアンとしたら、帝都で、イスカミューレン商会で、仕事をした際に利用していた、以前の金糸雀亭が、両親2人の死によって、子供達3人と兄弟同然に育っていた亜人奴隷の事を知り、第9区画の宿屋を任せることを考えたのだ。
ジュエルイアンは、ルイセル達を助けることで、ルイセル達の両親への恩を返すつもりで、話をしたのだろうが、ルイセル達兄妹と亜人達には、路頭に迷うところを救われたと思っているのだ。
亜人達にとっても、ジュエルイアンは、自分達を奴隷商に売られる寸前に助けてもらえた商人なのだ。
アズミーシャは、その時の事を思い出していたのだ。
(どうしよう、私は、奴隷商の事は覚えてないけど、あの時、ルイセルさん達に、私達を売る事を相談しただけでも、本当に悲しかったし、それに、とても、怖かったのよ。 ・・・。 もし、あずみーシャさんが、そんな事になっていたら、どうしたらいいの。)
そして、とても不安になっていた。
まだ、太陽が横から差し込む状況の中、アズミーシャは、前の大通りを見渡したが、夜が開けたばかりだった事もあり、誰も居なかった。
アズミーシャは、諦めて宿の中に入ろうとすると、ルイセルが、玄関に向かって歩いてきた。
ルイセルの視線は、アズミーシャから離れなかった。
「やっぱり、アメルーミラさんは、戻ってこなかったみたいだね。」
「はい。」
ルイセルは、深夜に聞いた、アメルーミラの事が、気になったのか、いつもより、早めに起きて、夜番のアズミーシャを気にかけていたようだ。
ルイセルの言葉に、アズミーシャは、ガッカリした様子で答えた。
「アズミーシャ、お前が、気にする事はないよ。 アメルーミラさんは、お客様だった人だから、お客様の都合で帰れなくなっただけだ。 それに、ここは、第9区画だからね。 帝都の中では、ここだけ、亜人に対する警備が厳重だ。 だから、きっと、亜人奴隷に攫われたとは思えない。 きっと、何か、緊急性の高い話があって、それで、慌てて、そっちに行ったんだよ。 だから、お前が気にする事はない。 あとは、私の仕事さ。」
ルイセルは、金糸雀亭の主人である。
何かあった時には、自分が表に立つのだと、ここに店を構えた時から思っていた事なのだ。
特に、今回のような案件では、ジューネスティーン達への説明などは、アズミーシャにさせるのではなく、金糸雀亭の代表として、主人であるルイセルが行うつもりでいたのだ。
「お前は、いつも通りの仕事をしたのよ。 誇れることよ。 だから、そんな顔をするんじゃない。 あとは、リアミーシャが来たら、交代して休んでね。 昨夜は、気を揉んでいたから、きっと、疲れているから、ゆっくりと、休むんだよ。」
「はい。」
アズミーシャは、アメルーミラの事が気になったようだが、ルイセルの言葉で、楽になったようだ。
返事も、さっきより、元気に返してきた。
ルイセルは、アズミーシャの様子が、戻ったのを見て、ホッとしたようだ。
そして、自分には自分の仕事が有ると思った様子で、玄関からカウンターの方に戻りつつ、階段の方を見ていた。
(まだ、夜が明けたばかりだから、もう少し後ね。 ジューネスティーンさん達が、起きてからになるわね。)
カウンターに入ると、アメルーミラの部屋の鍵が、戻っていることを、視線だけで確認すると、カウンターの奥に消えていった。




