アメルーミラが戻らない金糸雀亭
深夜、金糸雀亭の従業員である、ウサギの亜人であるアズミーシャは、ソワソワしていた。
それは、夜遅くに、宿の外に出たアメルーミラが、戻ってきてなかった事にある。
アメルーミラは、夕涼みに出ると言って、毎日、人が寝る頃になると、外に出る。
金糸雀亭に宿を取ってから、寝る前は、いつも、同じように外に出ていたので、金糸雀亭の従業員達も、それが、アメルーミラが、今まで、生きてきた時の日課だったのだろうと思い、いつの日からか、毎度の事と思っていた。
通常なら、30分ほどで、帰ってくるが、遅い時は、1時間ほど出ていることもあったので、何も、気にして無かったのだが、深夜になっても戻ってこなかったのだ。
夜勤をしているのは、金糸雀亭の亜人奴隷であるウサギの亜人である、アズミーシャだった。
アメルーミラが、夜に外に涼みに行くのは、金糸雀亭の従業員なら全員が知っている事だったので、アズミーシャも、いつもの通りだと思い、部屋の鍵だけを受け取って、戻るのを待っていた。
それが、いつまで経っても、アメルーミラは、戻ってこなかった。
アメルーミラが、金糸雀亭を出てから2時間を過ぎた頃、アズミーシャは、金糸雀亭の正面玄関の窓から、外を眺めてみたが、見える範囲には、アメルーミラは、見当たらなかった。
そして、玄関の扉を開いて、顔を出し、左右を見渡す。
星あかりの、金糸雀亭の前の通りには、人の姿は、どこにも無かった。
アズミーシャは、ウサギの亜人なので、夜に金糸雀亭の外に出る事はしないので、開いた扉の取手に手をかけたまま、周囲を見渡していたが、アメルーミラの姿は、見えなかったので、仕方無さそうに、中に入って、玄関を閉めた。
(どうしましょう。 アメルーミラさんが、戻ってこないのだけど。 ・・・。 もう少し待った方が、いいのかしら。)
アズミーシャは、いつもなら、戻ってきているアメルーミラの事が気になった。
そして、奥の従業員用の部屋で寝ている、金糸雀亭の主人であるルイセルに報告するべきか悩んでいた。
宿のカウンターに戻り、テーブルの下の棚に置いた、アメルーミラから受け取った、部屋の鍵を見た。
(アメルーミラさんも、亜人なのだから、夜は、亜人拐いの人も居るわ。 この第9区画は、少ないけど、そんな人達も、ゼロじゃないわ。 だって、帝都なのだから、・・・。)
アズミーシャは、どうしたら良いのかと思っているようだ。
椅子に座って、アメルーミラの部屋の鍵を見ていたかと思うと、立ち上がって、奥に行こうか悩んでいるようだった。
(もう、ルイセルさんも寝ているはずよね。 それにジューネスティーンさん達だって、寝ている時間だから、・・・。 どうしよう。)
アズミーシャは、カウンターの中の椅子と、奥に続く入口の前を行ったり来たりしていた。
すると、アズミーシャは、入口の向こう側に人が居る事に気がついた。
アズミーシャは、アメルーミラが帰ってこないことに気を取られていたので、突然、視界に人が入って、息を呑んだ。
その息を呑む音が、深夜の金糸雀亭のロビーに響いた。
その入口に居たのは、ルイセルの兄である、料理人のインセントだった。
「何かあったのか? 」
無口なインセントなのに、アズミーシャの様子が変だったこともあり、声をかけたようだ。
インセントは、ルイセルとアイセルの双子の兄であり、金糸雀亭の料理人をしている。
夜に用を足しに起きた時は、厨房の確認を行うのだが、今日は、ロビーの灯りが、通常より明るかったこともあり、気になって、覗きに来たのだった。
無口なインセントは、人見知りが強く、初めての人とは、中々話ができずにいた。
それを妹のアイセルが、フォローするように、食材の仕入れと、従業員への指示などを一手に担うとこで、インセントは、得意な料理を行うことができた。
ただ、インセントも、小さい頃から一緒だった、リアミーシャ、アズミーシャ、ミューミラと、イドディーンとは、話ができていた。
子供の頃、亡くなったインセント達の親が、子供だった、4人の亜人奴隷を購入してきて、自分達の子供であるインセントとルイセル、アイセルと同様に、兄弟のように育ててくれたのだ。
そのため、インセントも、アズミーシャが、小さな子供の頃からの付き合いなので、多少は、声を掛けられやすかったようだ。
「ああ、インセントさん。」
アズミーシャは、少し落ち着いたようだ。
「実は、ジューネスティーンさんのところの、アメルーミラさんが、外に出たまま、戻ってこないんです。 それで、ルイセルさんに相談しようかと思ったのですが、時間も時間ですし、どうしようかと思っていたんです。」
インセントは、アズミーシャの話を聞いて、少し考えるような仕草をしたが、直ぐに、アズミーシャを見た。
「分かった。 ちょっと待ってろ。」
そう言うと、奥に戻っていった。
しばらくすると、ルイセルが、眠そうな目を擦りつつ、奥の入口からカウンターの方に歩いてきた。
「どうしたの? 兄さんたら、私の事を無理やり起こして、直ぐにカウンターに行けだけだから、・・・。 何かあったの? 」
アズミーシャは、ルイセルの顔を見てホッとした表情を、ルイセルに向けた。
「ルイセルさん。」
ホッとしたことで、ルイセルの名前を呼んだところで、力が抜けたようになった。
今まで、アメルーミラの事を考えていて、心配をしていたので、体に力が入っていたのだが、ルイセルの顔を見て、気持ちが楽になったようだ。
「もう、兄さんたら、黙って、私の部屋に入ってきたのよ。 いくら、兄妹だからって、酷いと思わない。」
「すみません。 私が頼んだんです。」
「ふーん。 そうなの。」
アズミーシャは、兄弟喧嘩になってしまった場合、インセントの言葉数が少なくて、兄弟喧嘩が長引くことを嫌ったのだ。
なので、咄嗟に、自分がインセントにルイセルを起こしてもらうように頼んだと言ってしまったのだ。
「実は、アメルーミラさんが、戻ってこないんです。」
その一言を聞いて、ルイセルの眠気が、一気に引いたようだった。




