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新たな家族

結局ジオルドの母であり、お父様ヴィルフリートの妻であるローズディアナ様にお会いするのは私がお父様を説得してから3日後となった。

お父様が忙しくなかなか家にいないこと、ローズディアナ様の体調の関係だ。


さて、私は今リビングでお父様と一緒にジオルド様を待っている最中なのだがひたすらに薔薇の刺繍が施されたテーブルクロスと睨み合ってる。

何故って?目の前に怒りの彫刻があるから顔を上げられないからです。


そう、お父様の機嫌はすこぶるよろしくない。

眉にシワをよせて口をハの字に結んでいる。顔の彫りが濃く端正な顔だけに恐怖しか感じない。

名をつけるなら冷酷の彫刻とかだろうか。


そこに執事長のイシュマがお茶を運んできてくれた。


「旦那様、レジーナお嬢様が怯えていらっしゃいます。緊張されていらっしゃるのでしょうがもう少しお顔を和らげて下さい」

「……分かってる」


なんと。緊張していたらしい。それはそれで申し訳なく思ってきた。やはり私が首を突っ込むべきことでは無かったかもしれない。


今度はアイラがお茶菓子を持ってきた。私に給仕する際にボソッと囁いていく。


「姫様、弱気になってはいけませんよ。姫様はもっと自信を持って下さいませ」

「ええ。努力するわ」


アイラはぐっ、と応援のガッツポーズを残して下がっていった。




待つこと10分。ジオルド様が来た。


「お待たせいたしました。お父様、レジーナ」


ジオルド様はあの張り付けた笑みだ。それぞれのポーカーフェイスに違いがありすぎる。


「ああ、行こう」


ローズディアナ様は本棟ではなく別棟にいるとのことだ。

ローズディアナ様がそこがいいと望んだらしい。


本棟から別棟までは距離があるので何か話さないといけないわけで。


「レジーナ、今日はいい天気だな。ジオルドにも言ってくれないか?その、近くにいるレジーナの方が声がよく聞こえるだろう」


お父様とジオルドは廊下の端と端を歩いている。

私はその真ん中を歩く。

どちらかに寄る勇気などございません。

とはいえ、廊下の幅は広いが所詮は廊下。聞こえていないはずがない。


「ジオルド様。ヴィルフリート様が今日はいい天気だな、と」

「ああ、うん。そうですね、とお父様に言ってくれる?」

「ジオルド様が、そうですね、だそうです。私の返事は今日は雨ですけど?です」


どしゃ降りでは無いものの梅雨入りした最近ではしとしととした雨が多い。

決していい天気ではない。


その後も絵に書いたような世間話を私を通じて行っているうちに目的の場所に着いた。


さて、これ誰が扉を開けるんだろう?私とか言わないでほしい。

だがそこは大人。お父様がガラッと開けた。



そこは質素なお部屋だった。必要最低限しか物がないような、部屋。


窓際の大きなベットの上に上半身を起こしている女性がいた。

彼女を一言で表すなら白、だ。髪は銀髪とぎりぎり言えるだろうか。

肌は白を通り越して青白い。

骨が浮き出るほど痩せた体をより一層痛々しく見せた。



彼女は私たち三人を見てピクッと頬を動かす。


「ヴィル、フリート、様、どうして?」


虚ろな目をしながら呟いたその言葉は嗄れていた。


「すまない。来るな、と言われていたが会いたくて来てしまった」

「え?」


驚いた声をあげたのはジオルドだった。


「い、いや。来ないで。どこかに行って」


小さな子供のようにローズディアナ様は首をいやいやと振る。


「こんなに痩せてしまった君をもう放っておけない。君ににとって私は政略結婚の相手でただ気をつかうだけの人間かもしれない。でも私はディアナ、君を愛しているんだ」

「うそ」

「嘘じゃない。愛してる」


思っていることをそのまま伝えるように言ったのは私だがここまであけすけに告白するとは。

からかえる雰囲気では無いだけにきまりが悪い。


「待って下さい!それじゃあお父様はどうしてお母様に会いに行こうとしなかったんですか!?」

「ジオルド、ちがうの。私が来ないでって言ったの」

「どうして!?」

「だって私もヴィルフリート様を愛しているんですもの。だから死にいく私がヴィルフリート様をとらえたくは無かったの。ヴィルフリート様は優しいから」


悲しそうに息子に微笑むローズディアナ様にジオルドは呆然とした様子だった。


今までお父様(ヴィルフリート様)が病にかかったローズディアナ様のことを面倒くさがっているとでも思っていたのかもしれない。

それが違ったのだ。混乱もするだろう。


「そんなの気にしなくていいんだ。だって私たちは夫婦だ。気疲れして病が悪化するから来るな、などという言葉は信じるべきでは無かったんだな」

「ヴィルフリート様、……うっ!ゴホッ」

「「お母様/ディアナ!」」


ローズディアナ様は突然咳き込む。胸元を抑えて苦しそうだ。

症状が悪化したのかもしれない。

私は咄嗟に駆け寄り、昨日ジオルドから教えてもらったばかりの魔術を唱えた。


「『治癒(ヒール)』」


ぽわぁと光がローズディアナ様をつつむ。

超初級光属性魔術だ。切り傷や火傷なら完全に直せるが酷い風邪とかだったら軽減させるだけになってしまう。


ましてや公爵家であるお父様は優秀な光属性を使える魔術師を呼べたはずだ。彼らにも直せなかった病気。

だけど魔力を一度に大量に使う私の魔術は効果があったようだ。


ローズディアナ様の顔色がみるみるよくなる。咳も止まった。


「え?体が楽だわ。今のはヒールよね?全然私には効果がないはずなのに」

「私の一回の魔術に使う魔力の量はおかしいらしくて」

「レジーナ、勝手に魔術は使わないと約束したよね?……でもお母様は楽になったみたい。ありがとう」


ジオルドに少し怒られてしまった。

うっ、ごめんなさい。でも、苦しそうなローズディアナ様を助けたかったの。


ショボくれているとローズディアナ様からの視線を感じた。


「えっと、その子は?」

「ああ、私の娘だ」


ローズディアナ様を癒した私をヴィルフリート様は頭を撫でながら自慢げに紹介した。

ローズディアナ様の顔が凍りつく。


「……あなたの子ですか。いえ、私には何も言う資格はありません。ただ先程の私への気持ちは嘘だったのですね」


ちょっ、ちょっと待って!

お父様!だからちゃんと説明してねって言ったのに!ジロッとお父様を睨む。


お父様は慌て出した。どうやらローズディアナ様の気持ちを聞いて舞い上がっていたようだ。


「いや、違う!レジーナは全属性持ちで貴重だから公爵令嬢として育てろ、と王命なんだ」

「お父様、レジーナの前でなんてことを言うんですか?」 


お父様の言葉にちょっとだけ落ち込んでたらジオルド様が今度はお父様を睨んでくれた。


「どういう?あ、レジーナ、違うんだ。最初は王命だったが今はレジーナだから娘にしたいと思っている」


ふふっと笑ったのはローズディアナ様だった。


「分かりました。それにしてもヴィルフリート様がこんなに可愛らしい方だったなんて。ふふっ」

「僕もびっくりしてます。お父様は鉄の仮面だと思っていたので」


妻と息子に言われ放題だな。

でも、お父様は意外と抜けているよ。


「幻滅したか?」

「いいえ。惚れ直しました」


ローズディアナ様は部屋に入ってきた時は暗い顔だったが『治癒(ヒール)』で体が軽くなると同時に気分も軽くなったみたい。


花が咲くような笑顔は可愛らしくとても貴族院を卒業したばかりの息子がいるとは思えない。

貴族院は16歳までだからジオルドは16歳か17歳か。


「ジオルド、すまない。今まで父親として厳しくすることしか出来なかった」

「え、いえ。その、僕も好き勝手やっていたので」


お父様に謝られてジオルドはしじろもどろになる。


「本当は貴族院を卒業した時に言うつもりだったが遅くなったな。ジオルド、立派な魔術師になったな」

「…っ。ありがとうございます」


ジオルドは泣きそうな顔になった。

お父様が少しだけ伸ばしかけた手を止めたのはさすがにもう大きい息子の頭を撫でるのは躊躇したのか、はたまた、まだ距離があるせいなのか。


お父様は頭を撫でるのが好きだからもっとジオルドと仲良くなって、いつかジオルドの頭をなでられるといいね。


そんなことを考えているとお父様が私の方を向き頭を下げた。……ええっ!?


「レジーナ、お願いがあるんだ。ディアナを病気から直すのを手伝ってほしい。レジーナは光属性を持っているだけでなくその魔力量だ。『ヒール』だけでもこれだけ効果があるんだ。レジーナなら直せるかもしれない。どうか頼む」

「ヴィルフリート様。子供にそのようなこと」


ローズディアナ様はは私に向かってやんわりと首を横に振った。無理をしなくていいというように。

人一人の命は重い。

それでも私はこの家の家族になりたかった。


「ローズディアナ様。突然来た私がおごまがしいことだと思いますが私を娘として認めていただけないでしょうか?」 

「何を言ってるの?当然でしょう。ヴィルフリート様の娘は私の娘です。ヴィルフリート様をここに連れてきてくれてありがとう」


嬉しかった。今まで二人の母にお礼を言われたことなんてあった?

優しい目。アイラがヒナを想う時のあの目が私に向けられている。

ようやくこの家の家族になれた気がした。


「ありがとうございます。ローズディアナ様、いいえお母様。私はお母様の病気を治してみせます。だって家族を助けるのは当然でしょう」

「っ、ありがとう!」


絶対にお母様を治すんだ。


「レジーナ、その、この前は悪かった。僕のこともお兄様と呼んでくれるか?」


ジオルドの目が潤んでいるのは見なかったことにしてあげよう。

ただ、さんざん甘い言葉を囁いてきたジオルドのその言葉が少し可笑しくて笑ってしまった。


「ええ。お兄様」


新しい家族とともに私の新たな生活が始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 家族の和解が尊い。 レジーナも本当の家族になれて良かった まだまだ先は長いけどバッドエンドなんて殴り飛ばせ!
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