婚約者
遂にこの日が来てしまった……。
「姫様は顔が整っているのですからそのような真顔はおやめください。人形のようです」
アイラに遠慮なく突っ込まれたので表情筋を動かし、口を尖らせて不満を表してみた。
「あ、それなら可愛らしいです」
「おい、駄目だからな。ちゃんとしなさい。あんな子供みたいなやつでも一応はこの国の王だ。一応は」
「分かってます」
支度に属性判定の儀式の時よりも二倍以上の時間をかかったから疲れているだけだ。
そんな偉い人の前で実際にこんな顔を出来るほど肝は座ってません。
ていうか、お父様の方が問題発言が目立ちますけど。
国王とはカイディンの父のリカルドと共に貴族院時代の同級生だとは以前に聞いた。
でも二回も一応は、って言うのはどうかと思う。
「皆様、馬車の用意は済んでおります。どうぞ、こちらに」
執事のイシュマに促され、私たちは城へと向かう。
ーー今日は婚約者である第一王子、エドワーズ・アレクサンダーとの顔合わせの日だった。
ーーーーーーーーーー
二度目の城だが今回は中に案内されることは無く、そのまま薔薇で囲まれた道を通らさせた。
しばらく歩けば開けた場所が見えてくる。
そこは木で囲まれ、真ん中に落ち着いた雰囲気の栗皮色のソファーとそれに合うテーブルが置かれていた。
椅子に座っている親子は共に輝かしい金色の髪に深い碧色の瞳の持ち主であり、どこぞの少女漫画の背景であるかのようなこの場所に違和感もなく溶け込んでいる。
「よく来たね。二人ともどうぞ座って」
ジェラルド王国の王、エドワーズ・シルブァリルが私たちを見つけるとパァァ、と効果音がつきそうなぐらい満面の笑みを向けてきた。
……犬みたい。仕草が洗練されているだけにゴールデン・レトリバーとか、そんな感じの犬っぽい。まぁ、犬の種類なんて全然知らないけど。
「こんなところがあったのか。知らなかったな」
「最近作らせたんだよ。秘密基地みたいでお気に入りなんだ」
無邪気に秘密基地と言う王様。……それでいいのか?
「ふむ。三人は少し離れたところにいてくれ。どうやら「消音」の魔方陣がひかれているみたいだ」
お父様はじぃーとテラス席を観察した後にイシュマとアイラ、それから護衛の騎士にそう声をかけた。
「流石ヴィルフ。まだ発動もしていないのに見破るとは。それじゃあ、早速発動してくれないかな?ちょっと必要な魔力量が多いんだよね」
国王って何歳なんだろう。おねだりのポーズが全く違和感がない。
「はぁ。私はこの後に仕事で魔力を使わなくてはいけないからな。レジーナ、近くに行って「消音」と唱えてくれ。そうすれば発動するから」
「分かりましたわ、お父様」
手持ちぶさただった私は役割を得て少し嬉しい。
国王達が座っている対面側にあるソファの後ろまで行き、魔力を動かす量を出来るだけ少なくすることだけを意識して術名を唱える。
「『消音』」
スッと魔力が引き出された感覚があるけど体に怠さを感じるほどではない。
良かった。成功したっぽい。よく考えたらまだ五回に一回ぐらいやらかすんだった。……成功して本当に良かった。
「……本当にシハーク家の令嬢か?」
安心してると、少年特有の高く、耳に響く声が聞こえてきた。
声の主は国王の隣に座っている少年。
「そうだよ。アレク、挨拶しなさい」
少年は立ち上がる。
「ジェラルド王国、第一王子アレクサンダーだ」
おおっ。これが王家の礼、何だろう、こう、カリスマ的な何かを感じる。
北澤さんには負けるけど。
うん、北澤さんに比べれば私と王子の礼などきっと変わらん。
「お初にお目にかかります。グレッシェル・レジーナと申します」
「へぇー、数週間前に比べれば随分と良くなったね。魔力量もその年で既に十分あるみたいだし、優秀だね」
感心したように国王が言う。
「私の娘だからな」
そのお言葉はとっても嬉しいけど鬼畜スケジュールを組まされた成果なだけだ。
それから、親同士の挨拶も終わったので私とお父様は席に座る。
「それにしてもついにヴィルフが親戚になるなんてねぇ」
「ああ。これ以上権力をつけてもいろいろと困るんだがな」
「僕としては今は力が欲しいから、グレッシェル家と縁を結べて嬉しいよ。全く、ここ最近魔物が活発化してきてるせいで他国からも狙われるし早いとこどうにかしないと」
「その度に姫達を他国に嫁に出すからジオルドは婚約を逃れてきたんだがな」
「逃れるなんて言い方はしないでよー」
「はぁ。結局はお前と親戚になるんだな。残念だ」
ちょっとそこのお二人さん。国の機密事項を次々とぶっこまないで。
あ、そのための「消音」の魔方陣か。
私たちからは周りの音は聞こえているから実感は湧かないけど多分、外には声が一切届いていない。
それなら安心、出来るかっ!
ヒロインと出会う前に婚約破棄してくれないかなぁ、とか考えてたのに既に手遅れになってる気がする。
せめて何も聞いてませんよ、とアピールをするためにアフタヌーンティの三段になっているケーキスタンドを物色する。
そこで一つのケーキを見つけた。
小さくて四角いが生クリームに赤い果実がのっているケーキ、そうショートケーキだ。
まさかこの世界で食べられるなんて!
興奮しながらそっとトングを手に取りショートケーキをとろうとしたが、当然ケーキが目の前から消えた。
ケーキの行方を辿れば王子の皿の上にたどり着く。
「あ、」
「なんだ?これは俺のだ」
「アレクサンダー王子、私にそのケーキを譲って頂けませんか?ずっと食べてみたかったのです」
「何故譲らなくてはならない?俺はこのお菓子が好きなんだ」
え、ということは、食べたことが?
「何回食べても飽きることがない逸品だ」
王子は満足げな表情をしている。
「……それも何回も」
沸々と怒りが湧いてくる。
しかし、駄々をこねる訳にはいかない。
王子は攻略対象者だ。
婚約者にはなってしまったが、死亡ルート回避のために良好な関係を築きたい。
――そう、思っていたのに。
「まぁ、王子あろうお方が心が狭いのね」
王子がフォークをショートケーキに伸ばし始めたのを見て我慢出来なかった。
「……なんだと?今なんて言った!?」
王子は顔を真っ赤にして怒鳴る。
予想以上の怒声に一瞬怯えてしまった。
一応、鳴り続けている理性の警告音のお蔭か「食べたいって言ってるでしょ!この俺様王子がっ!」という言葉はのみ込んだんだけど、やっぱりヤバかったか。
まぁ、王子という立場の彼に私みたいに嫌味を言う愚か者はいないだろう。
ええ、認めますとも。私は愚か者です。
だが、ショートケーキは未練がましく、謝罪の言葉が出てこない。
「レジーナはそんなにそのケーキが食べたいのか。買ってやるからちゃんとしなさい」
「……はい」
お父様の平坦だが、低い怒りを含んだ声を聞いてスゥーと頭が冷える。
「まぁまぁ、ヴィルフ。原因は子供らしい可愛いものなんだからそんなに怒らないの。どんなにお互いがいがみ合っていても婚約は確定してるしね」
国王の最後の一言は忠告のように聞こえたのは気のせいだろうか?
思わず俯く。
「と言ってもこのまま別れるのもねぇ。そうだ。僕たちは席を外すから後はお若いお二人で」
「なんだ、それは」
「平民が親が勧めた相手と食事会をするときの決まり文句らしいよ。一度言ってみたかったんだ」
「お前は全く、はぁ。レジーナ、少し離れた位置にいるからな。間違っても王子に危害は加えるなよ」
「はい」
二人は席をたち、アイラ達が待機している方へと歩いていった。
そうして、「消音」の魔方陣の中にいるのは私と王子の二人だけとなった。
ケーキ一つで怒るレジーナも悪いと思います。




