CASE12.Q3正直者ハ誰?
「第…3、問?」
唐突すぎる『開始合図』。
誰もが言葉を失う。
呆然とする紫月の手からフラスコが滑り落ちた。
派手な音を立てて散らばったそれに、否応なく思考を引き戻される。
「どういう…事?」
金弥と六美は動ける状態ではない。
四郎は金弥を止血している。
火野と紫月にも動きは無かった。
だとすれば…
「…俺、だよ…」
日向のベッドサイドに座っていた秀水が顔を上げた。
可愛らしい表情からは想像も付かない程、冷たい目が5人を捉える。
「俺さ、聞いちゃったんだよね…お前らが俺達を『ダウト』しようって話してる所…」
「でも、それは…」
「一緒に行動する気がないなら、だろ?そんな理由で簡単に人を切れるお前らを…正直怖いと思った」
秀水の右手には、くしゃくしゃになった白い紙が握られている。
赤くなる程握り締めた手は小さく震えていた。
「俺は…お前らみたいに頭良かったり、運動出来たりしないし…背だって低いしよ…」
「…そんな卑下た事言うなよ」
四郎の言葉に秀水は目を見開く。
その目に滲むのは『怒り』だ。
「お前は…何時もそうだ…何食わないツラして人を傷付ける…!」
「お前は被害妄想が激しすぎるんだ!」
「違う…!!」
秀水の声が張り上げられる。
「そうやって…四郎は何時も俺を見下してる…!!俺のコンプレックスを平気で抉る…!」
「俺が、何時…そんな…」
「『チワワ』なんてあだ名…俺が喜んで呼ばれてると…本気で思ってるのか…?だとしたらお前は本当に救い様が無い『大馬鹿』だ!!」
秀水が握り締めていた紙を開いた。
四郎へそれを突き付ける。
「第3問、この中で一番『正直』なのは誰…?」
抑揚を付けない声で四郎が紙に書かれた文字を読み上げる。
秀水が口元を歪めて笑った。
「『馬鹿』が付くほど『正直』なお前にぴったりな問題だよな…?」
「秀水君…!!」
紫月が思わず声をあげた。
しかし秀水は何の反応もしない。
四郎も何も言わず、秀水の冷たい表情をただじっと見詰めていた。
このままではきっと『ダウト』されるのは四郎だろう。
何か言えば変わるのだろうか?
何を言えば変わるのだろうか?
考えても思いつかなかった。
下手な言葉は却って『刺激』になり兼ねない。
先程の六美の様に。
それが過る為か、紫月も火野もそれ以上に踏み込めなかった。
『お前ってさぁ、オンナノコみたいな顔だよなぁ』
『は…?』
『体格とかもさ…ちっさくて可愛い…』
下品な笑い方。
それすら見慣れてしまった自分に、秀水は嫌気がさしていた。
外見の所為で昔から男に言い寄られやすかったから、こんな事も一度や二度じゃない。
とは言え、秀水も体格は小さいが歴とした男だ。
押し倒されようものなら、金的に蹴りを入れるくらいの心積もりはあった。
しかし今回は相手が悪かった。
秀水が属していたのは『バスケ部』。
大体は体格が良く、高身長の人間ばかりだ。
秀水のような小柄な人間の方が少ない。
目の前にいるこの男は、そんなバスケ部の中でも特に体格が良い。
押し倒されて両手足を押さえ込まれれば、何も出来ない。
『くっそ…離せよ!!変態!!』
悔し紛れに暴言を吐きつけるが、それでこの状況が変わる訳もない。
自分の恵まれ無い体格を、心底恨めしく思ったその時…
『痛ッ!!』
急にその男が頭を押さえて蹲った。
静かな体育館にバスケットボールが跳ねる音が響く。
視界の端に映る、赤いラインが入ったバスケットシューズが印象的だった。
『男、襲って…良い趣味ですね?セーンパイ。』
『…ッ!?四郎…お前、帰ったんじゃ…』
『知りませんでした?俺、いっつも自主練してるンすよ。』
高1だったその頃から既に四郎はレギュラーメンバーで。
普段余裕ぶっていた彼が、自主練していた事に秀水は驚いた。
しかしそれと同時に、酷く自分が情けなく感じた。
『馬鹿やってないでセンパイも練習した方が良いんじゃないスか?』
『…ちっ…』
悔しげに顔をしかめて、その男は体育館から出ていった。
秀水は乱れたジャージをそそくさと直す。
出来れば、何も見なかった事にして立ち去って欲しかった。
しかし、四郎はそんな秀水の心情を知ってか知らないのか数メートル程離れた隣に腰を下ろしたのだ。
『お前さぁ…いっつもこんな事されてンの?』
『…頻繁にじゃ…ない。…けど、少なくは無いと思う…』
『ふぅん…可愛いってのも…考えモンだなぁ』
バスケットシューズのラインと同じくらい、赤く染められた髪の毛を弄りながら四郎が呟く。
四郎は、何もかもが秀水とは違う人間だった。
『目、潤んでる。』
『…ッ!』
『『チワワ』みてー』
ははっ、と人好きがする笑顔を四郎は浮かべた。
悪気は、きっと無い。
でも悪気が無い言葉の方が残酷だ、と秀水は思った。
それは裏を返せば、本心を語っているという事だから。
男じゃ無いみたいに小柄で。
女みたいに大きな目で。
大型犬に襲われたように、目を潤ませている。
自分のコンプレックス全てを詰め込んだあだ名を秀水に与えたのだ。
『じゃあな、チワワちゃん』
その瞬間から。
秀水にとって、四郎は最も苦手な人物となった。
その恵まれた体格や運動神経を羨望すると同時に、思ったままを口にする無神経さが許せなかった。
しかし、面と向かって揉め事を起こしたいと思う程、秀水も四郎を知っている訳ではない。
このまま、ただのクラブメイトとして過ごせば何時かはこの苛立ちも消える。
そうやって、卒業までの時を過ごすつもりだった。
なのに、運命は時に残酷だ。
望めば復讐出来る。
チャンスとも試練とも取れる、今のこの状況を創り上げたのだから。
『解答時間デス!コールシテ下サイ!』
「良いぜ…?『ダウト』しろよ?何が入ってたかは知らねぇけどよ」
「…五寸釘と金槌だ…」
「また悪趣味そうだ…打ち込む場所が頭とかじゃなきゃ良いな…」
金弥の止血を火野と交代すると四郎は立ち上がった。
何か言いたげな火野と紫月を制すると、そのまま秀水の前まで進む。
「ほら。ちゃんと指差して言え。」
「…ッ、」
「秀水…!根性見せろよ!!」
叱責され秀水は震える指を真っ直ぐ四郎へ向ける。
「…ダ、…『ダウト』!!…木ヶ山四郎…!!」
『『ダウト』、木ヶ山四郎。受理シマシタ。審議シマス。』
『ダウト』した秀水の方が、明らかに動揺していた。
四郎は微動だにせず、じっと審議の結果を待っている。
ややあって、『声』が再び響いた。
『正解!第3問クリアー!』
三度現れた黒子たちに押さえ付けられる四郎を、秀水は相変わらず震えながら見詰めていた。