1. 欲しがり妹の憂鬱
「アニエス嬢、俺と踊っていただけませんか?」
「いや、私と」
「いや僕だ」
美しく着飾ったわたしの前に男たちが列をなす。皆、どこかの家の息子で貴族だ。
「皆様と順番に踊りますから、慌てないで」
にっこりと微笑んだわたしに、男たちがぽーっと顔を赤らめる。
それもそのはず。わたしは母譲りのストロベリーブロンドを受け継いだ可憐な容姿をしているのだから。
「アニエス嬢、今日のドレスはあなたの瞳のように美しい水色ですね」
「まあ、お上手ですわね」
わたしを囲んでいた内の一人に右手を取られる。
顔よし、エスコートよし。身分は……。
わたしは参加者リストを思い浮かべた。
「でも嬉しいです、オフレ子爵令息様」
「僕のことはどうかジェレミーと、アニエス嬢」
彼はきっとわたしの記憶力に感嘆したに違いない。
わたしに向けていた目を丸くすると、にっこりと微笑んだ。
「はい。ジェレミー様」
わたしは可憐に微笑んでみせながらも、内心ほくそ笑む。
(我が家よりも下の子爵家だけど、ジェレミー様は長男だから爵位を継がれるし、何といっても彼の仕事は文官! 安全かつ、安定のお仕事!!)
そんな彼に、子爵家夫人として相応しいアピールもできた。
(今度こそ、今度こそ結婚相手をゲットよおお!)
心の中でガッツポーズをしたわたしは、ジェレミー様とダンスフロアに出て一緒に踊った。
ダンスを終えたわたしたちは、飲み物を手に会話を楽しむ。
「アニエス嬢……美しいだけじゃなくて、君がこんなにも聡明だったなんて。また会ってくれるかい?」
「もちろんです、ジェレミー様」
「ああ……でも、君はこの後、他の男とも踊るんだろう? 嫌だな……」
わたしの左手を握りしめたまま、ジェレミー様が熱い瞳を向けてくる。
ジェレミー様は完全にわたしに落ちていた。でも、結婚に持ち込むには油断できない。
「ごめんなさい……他の方とも約束してしまいましたから」
うるると瞳を潤ませれば、ジェレミー様は「くっ」と悔しそうな声を漏らす。
(ふふふ。早くしないと、他の男に取られますよ?)
他の令息たちとも踊ることで、ジェレミー様は焦るに違いない。
「でもきっと、誰と踊ってもジェレミー様のことを思い浮かべてしまいますわ。こんなに素敵な方に出会ったの、初めてだもの」
決め台詞を上目遣いで囁けば、ジェレミー様にとどめを刺せた。
「ああ……アニエス嬢! 待っていてほしい! 絶対にまた会いに行くからね」
(はい、いただきました~!)
これは明日にでも、求婚の申し込みがセリエール伯爵家に届くんじゃないかしら。
わたしはジェレミー様に「絶対ですよ」と念を押して彼と別れた。
(うん。彼なら真面目だし、きっと堅実で幸せな家庭を築けるわ!)
ウキウキで次のダンス相手の所へと向かう途中、冷ややかな視線を感じる。
「……またセリエール伯爵家のご令嬢よ」
「あの地味なお姉様は滅多に社交界に顔を出さないというのに、妹の男遊びは相変わらずね」
「まあ、平民のくせに伯爵家の後妻に収まった母親の娘ですもの。男に媚びることがお得意のようよ」
「ほんと、ずうずうしいわね。下品だわ」
わざと聞こえるように悪口を言うのはお上品なのだろうか。しかし社交界とはこういう場なのだと、身に染みてわかっていた。
わたしはご令嬢たちににっこりと笑みを向ける。
「皆様のご結婚相手が見つからないのは、わたしがいるせいですわよねえ。申し訳ないですわあ」
「なっ……!?」
ご令嬢たちの眉が吊り上がるのを見て、ふふんと鼻で笑う。
「わたしが母に似て美人なばっかりに、ご令息たちの視線を独り占めしてしまっているんですもの。でも、人の悪口を言う暇がありましたら、もっとご自分を磨かれてはどうです?」
私は母のことを好きではないが、美人に産んでもらえたことだけには感謝だ。
この容姿を保てているうちに、最良の結婚相手を見つけなければいけない。
いつもならこんなご令嬢たちのひがみに付き合ってる時間ももったいないと思うのだけど、今日のわたしは余裕がある!
(今日は一番狙いだったジェレミー様と上手くいきそうだからね!)
ふふふとほくそ笑んでいたわたしは、一人の令嬢の動きに後れをとった。
「言わせておけば……! 顔だけの欲しがり妹が!」
令嬢が掲げているのはワインだ。
欲しがり妹とは、ご令嬢たちの間で呼ばれているわたしの不名誉な二つ名だが、今はそれどころじゃない。
(嘘、嘘! ドレスが汚れたら売れなくなっちゃう!)
慌てるも遅い。グラスから宙をまって赤い液体がわたしにめがけてくる。
(嫌——)
ばしゃり。
汚れる面積を減らそうと、その場で座り込んだわたしにワインがかか……らなかった。
「お、王弟殿下!?」
ワインをかけてきた令嬢が悲鳴とともにグラスを落とした。
ガシャンと響く音とともに立ち上がれば、わたしの目の前には白い騎士服姿の男性の背中が。
(げっ……参加されていたんだ)
私を庇ってくれた人は、この国の王弟にして近衛騎士団長の、エクトル・フォン・ブルーディア様だった。




