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鏡の王宮、眠る身体、動く身体 ーー体が動く間、別の名が呼ばれるーー  作者: 明日葉


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第106話 隔離と分別

住まいの話がひとまず落ち着いたあとも、誰ひとりとしてすぐには立ち上がらなかった。

世子は湯呑を静かに置き、場の空気を乱さぬまま、次の話へ移るように口を開く。


「では、先ほどの続きを聞こう」


その声音は穏やかだったが、先を見据えた響きをはっきりと帯びていた。


ヨリは新たな茶を準備し、冷め切った茶と交換した。


白俊は口元に薄い笑みを浮かべ、相手の出方を測るように座したままでいる。


「深い話いうことやな」


朴紘範が静かに言葉を継ぎ、無駄のない調子で問いを差し向けた。


「人の咳や息からうつるのが主だとすれば、次に病を広げぬためには何を急ぐべきでしょう?」


「隔てることやな」


白俊は迷うことなく答え、その判断にためらいはまるで見えなかった。


「ただし、熱が強うなる前にやるのが大事や」


尹怜が続けて問いを重ね、さらに細いところまで確かめようとする。


「まだ目立った症状が出ぬ者でも、同じ家で過ごした者はどう扱うべきか?」


「同じ屋根の下におった者は、原則として離した方がええ」


「熱も咳も出ておらぬ者でも?」


「うつすことはある」


白俊の返答は淡々としており、感情より先に結論だけを置く調子だった。


世子が静かに問いを差し挟み、場の流れを切らさず次へ進めていく。


「市はどうする?」


「閉じるか、人を減らすかやな」


「人が集まる場は?」


「止めるしかあらへん」


やり取りは短かったが、互いの答えには迷いがまるで見えなかった。


それでも、誰ひとりとして自分の立場や素性へ触れようとはしなかった。


尹怜が視線を少し落とし、次は生活の細部へと問いを移していく。


「衣服は、どう扱う?」


白俊の目がわずかに細くなり、問いの重さを測るような色を見せる。


「病の者のものと、元気な者のものをきっちり分ける」


「なぜ?」


「咳や痰のしぶきが付くからや」


白俊はその理由を、ことさら飾らずさらりと口にした。


「湿った布ほど残りやすい」


朴紘範が続けて問いを重ね、そこに運用の話を結びつけていく。


「洗う時も別にするのは、触れる機会を減らすためでしょうか」


「それもある」


白俊は頷き、まだ言葉の足りぬ部分を静かに補うように続けた。


「洗う者を決めることも大事やな」


世子が静かに問うと、話はさらに実際の場へと寄せられていった。


「水を使う場所も分けるべきか?」


「その方がええ」


白俊は即答し、そのまま理由も明快に差し出してみせる。


「ごちゃまぜにしたら、どこで広がったか分からんようになる」


世子はさらに問いを重ね、白俊の言葉の端を確かめるように見ていた。


「食器はどうだ?」


「衣服とはまた別に扱う」


「理由は?」


「口に触れるからや」


白俊は落ち着いた声のまま、次に取るべき手順まで揃えて答える。


「熱い湯で洗うて、よう乾かすことや」


尹怜がさらに問い、同じ場での扱いの危うさを押さえようとする。


「同じ桶でまとめて洗えばどうなる?」


「そこで移る道が増える」


短くはない時間が流れ、その言葉の意味を四人がそれぞれ噛みしめていた。


尹怜はその間を待ってから、さらに一段踏み込んだ問いを差し出す。


「食器を扱う者と衣服を扱う者を分けるのは、なぜそこまで必要なのか?」


「うつる道筋を混ぜへんためや」


白俊は湯呑を持ち上げ、その言葉をもっと単純な形へ置き換えてみせる。


「道が一本なら追いやすい」


朴紘範が問い返し、その比喩の先を確かめようとする。


「一本とは?」


「どこからどこへ移ったか、見つけやすいいうことや」


白俊はわずかに笑い、言葉の裏を残さぬようにさらに続けた。


「入り組ませたら、後から辿られへん」


世子が小さく頷き、その話を差配や見張りの話へ繋げていく。


「見張りと差配の話でもあるか?」


「せや」


白俊は肩をすくめ、医の話だけでは足りぬと示すように言葉を置いた。


「薬や診立てだけやない、回し方の話でもある」


しばらく言葉のない時間が流れ、その静けさの中で奇妙な緊張がさらに濃くなっていく。


尹怜が再び問い、今度は井戸と水そのものの扱いへ視線を移した。


「井戸の水は?」


「それが一番の元とは言い切れへん」


尹怜はそこで止まらず、なおも危うさの残る方へ言葉を押し進める。


「だが、水を通じて広がる恐れは消えぬ」


「せやから水を使う場所は分けるんや」


白俊は落ち着いて続け、運用の筋道を一つずつ言葉にしていった。


「病の者が使う桶と、元気な者が使う桶は別にする」


朴紘範がさらに問うと、細かな接触まで話が及んでいく。


「縄も、ですか?」


「触るもんは分けられるだけ分ける方がええ」


世子がその実行の難しさを見据え、次の問いを静かに置いた。


「そこまで徹底できるものか?」


「難しいやろな」


白俊はその難しさを素直に認めたうえで、なお指針の必要を崩さない。


「けど、やるべき形を示すことはできる」


世子がゆっくりと問い、民が実際に従うかどうかへ話を移した。


「民は従うだろうか」


「わけを与えたら動く」


白俊は答え、恐れだけでは人は正しく動かぬと知る者の調子で続ける。


「怖がらせるだけやなく、なぜそうするのか伝えることや」


尹怜の目がわずかに揺れ、その言葉の難しさを思ったのが見て取れた。


「その理屈が届かぬ者もおります」


「せやから歌にする」


白俊は笑い、理屈を覚えにくい者にも届く形を当然のように出してみせる。


「覚えやすいようにな」


世子が問うと、話は隔てて置くべき日数へ移っていった。


「隔てておく日数は?」


「十四日や」


「なぜ十四日?」


「重うなる者が出る日の限りを見たからや」


その答えは即答であり、迷いの入る隙がなかった。


やがて朴紘範が静かに尋ね、話は死に至る割合の見立てへと進む。


「亡くなる者の割合は、今のところどう見ていますか?」


「今ならまだ抑えられる」


朴紘範はさらに問い、その差を生むものへ視線を向けた。


「その違いを分けるものは」


「最初の手当やな」


世子が低く問うと、場の空気はさらに沈み込んでいく。


「広がればどうなる?」


その問いに対して、白俊は初めて顔から笑みを引かせた。


「診る者が足りへんようになる」


その一言は重く、誰の胸にもそのまま沈んでいくようだった。


「そこが一番きつい」


再び静かな時間が流れ、その間に誰も己の立場を明かそうとはしなかった。


だが、交わされている話の深さが尋常でないことだけは、全員が分かっている。


白俊は三人を順に見て、その場の奇妙な一致を面白がるように笑った。


「おもろいな」


世子が問い返すが、その声は相手を急かすものではなかった。


「何がだ?」


「立つ場所は違うのに、見てる先は同じや」


朴紘範が淡く笑い、その言葉を軽く受けながらも聞き逃さない。


「立つ場所、ですか」


「たとえ話や」


白俊は軽くごまかし、それ以上は自分から踏み込もうとしなかった。


夜は少しずつ深まり、話は尽きることなく次の論点へと流れていく。


衣服、食器、水場、隔てること、そして風を通すことへと話題は静かに広がった。


言葉は慎重に選ばれ、余計な飾りを削った核心だけがその場で交わされる。


互いの素性が明かされぬままでも、話の筋だけは鮮やかに噛み合っていた。


それでも、この場にいる四人がただの物好きではないことだけは、誰もがすでに理解していた。


世子が立ち上がり、今夜の話をそこで一度閉じる意思を示した。


「続きは、また」


「はいはい」


白俊は軽く手を振り、その場の重さを少しだけ薄めるように笑う。


世子が立ち上がったことで室内に静けさが戻る。

先ほどまでの応酬が余韻のように残った。


白俊は小さく呟き、まだ見えぬ次の一手を思い描くように目を細めた。


「さて」


(次は、どこまで踏み込んでくるんやろな)


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