四回目ですね
朝の電車は、いつも同じ時間だ。
同じ車両、同じ位置。
ドアが閉まる直前、横に立った男が軽く会釈した。
「おはようございます」
反射的に、こちらも会釈する。
(……誰だっけ)
顔に見覚えはない。
でも、あちらは迷いがない。
知り合いの距離感だった。
次の駅で、男は降りた。
⸻
昼前。
社内の廊下で声をかけられる。
「さっきの件、ありがとうございました」
振り向く。
朝の男。
自然に笑っている。
「……え?」
思わず漏れた声に、男は少しだけ首をかしげた。
「資料、助かりました」
曖昧にうなずく。
(同じ会社?)
名札を見ようとした瞬間、電話が鳴り、男は去った。
⸻
仕事帰り。
スーパーでかごを持っていると、横から声。
「この時間、よく会いますね」
まただ。
男はヨーグルトを手にしている。
ごく普通の顔。
特徴がない。
「……そうでしたっけ」
「ええ」
にこり、と笑う。
「今日も、三回目ですね」
背中が冷える。
三回目?
電車と、会社と、今。
数えている。
こちらは、必死に思い出そうとしているのに。
「すみません、どちら様でしたっけ」
勇気を出して聞く。
男は一瞬だけ目を細めた。
「本当に?」
それだけ言って、レジへ向かった。
⸻
帰宅。
エレベーターを降りると、外に立っていた。
「お疲れさまです」
当然のように並ぶ。
廊下を歩く。
足音が重なる。
男は迷いなく進む。
そして、隣の部屋の前で止まった。
鍵を差し込む。
振り返る。
「最近、忘れること増えてません?」
喉がひくりと鳴る。
「今日も、三回目ですよ」
ドアが閉まる。
静寂。
⸻
自室に入り、鍵をかける。
チェーンもかける。
心臓の音がうるさい。
(気のせいだ)
そう言い聞かせながら、ゆっくりドアに近づく。
覗き窓に目を当てる。
廊下は暗い。
誰もいない。
ほっと息を吐いた、その瞬間。
視界いっぱいに、顔。
覗き窓の向こうから、こちらを覗いている。
目が合う。
男は、ゆっくり口だけで笑った。
唇が動く。
声は聞こえない。
「四回目ですね」




